第201話 三人娘の決断

※今回は海野和美目線の話です。


 光属性魔法を使ったエステの施術方法の伝授に目途が立った。

 私に弟子入りしているマリーニは、生真面目だが少々不器用なところがある。


 魔法を使うにはイメージが大切なのだが、マリーニは細胞を活性化させるイメージを上手く描けずにいた。

 私と同様の施術を行うと、たしかに肌は綺麗になるのだが、細かい傷が修復される感じで、若返るのとは少し違いを感じてしまう仕上がりとなってしまっていた。


 魔力のコントロールも繊細さに欠けていて、それ故に無駄な魔力を使っているように感じられた。

 もう少し、若返るというイメージを具体的に掴んで、魔力の制御を細かく行えるようになれば、私と同様の施術が出来るようになると思うのだが……そのあと一歩が進まなかった。


 マリーニに転機が訪れたのは、意外な切っ掛けからだった。

 それは、私の出産だ。


 出産直後は、当然施術の教育なんて出来る訳がないので、マリーニは私の身の回りの世話を手伝ってくれていた。

 この時、マリーニは初めて赤ちゃんと親しく接したそうだ。


 姉と兄しかいなかったマリーニは、赤ん坊の世話をした経験が無かったそうで、初めて生まれたての肌に触れ、その柔らかさ、肌理の細かさを知ったらしい。


「カズミ様、この肌を目指せば良いのですね」

「そうよ。そこを目指して施術を行っても、改善させられる幅には限界があるわ。だから、結果を考えるのではなく、赤ん坊の肌を想像して施術を行うことが重要なの」

「はい! わたし、ようやく少し分ったような気がします」


 仕上がりのイメージは赤ん坊の肌、魔力の浸透は保湿用のオイルを肌の表面に広げる感じで行うようになると、マリーニの腕前は一気に上がった。

 不器用でも、マッサージの力加減などを知り合いに頼んで、何度も何度も練習させて貰っていた努力が、一つの切っ掛けから大きく花開いた形だ。


 そして、地道な努力を続けてきたから、一度コツを掴んでしまうと揺らがない。

 どっしりとした土台の上に築かれた技術だから、迷うことが無いのだ。


 薄く魔力を広げるコントロールを体得したおかげで、それまで心配されていた魔力不足も解消した。

 平均よりは少なめに感じるが、早々に魔力切れを起こしていたのは、魔力の制御が雑で無駄に使っている分が多すぎたからだ。


 繊細に、少ない魔力を効率良く使えるようになると、マリーニは一日施術を続けさせても魔力切れを起こさなくなった。

 まだ細胞とか新陳代謝に関するイメージは固まっていないようだが、それでも実用には十分に耐えられるレベルにはある。


 あとは、色々な年代や肌に触れて、経験を重ねていくしかないだろう。

 オルネラス侯爵夫人にも、マリーニの上達ぶりは認めてもらえたので、これでようやくフルメリンタに行く準備が整った形だ。


 あとは、涼子と亜夢が、どのような判断を下すかだ……。

 二人も、水属性魔法を使ったリンパマッサージの伝授を終えている。


 あとは、私たちの気持ち次第なのだ。

 フルメリンタ行きの話は、とにかく弟子の育成が終わるまで封印すると二人と決めている。


 私が最後になってしまったが、弟子の育成が終わったので、夕食の後で二人に時間を作ってもらった。


「言い出しっぺだから、私から気持ちを言うわね。私は、一日でも早くフルメリンタに行きたいと思っている。だって、赤ん坊の頃を見せてあげないと」

「とか言って、夜泣きの大変さを霧風にも味わわせてやるためでしょ」

「へへぇ……バレたか」


 霧風と私の間に生まれた子供は『和斗』と名付けた。

 海野和美の和と、霧風優斗の斗を合わせた形だ。


 少々安直だとは思ったけれど、二人の結晶だからこれで良いのだ。

 ただ、和斗はちょっと夜泣き癖があって、昼間は比較的大人しく眠ってくれているのだが、夜になるとグズって私を困らせてくれる。


 もうちょっとだけ長い時間眠っていてくれると有難いのだが、夜中に度々起こされるので、昼間に起きているのが辛い。

 生活リズムを変えようと努力しているのだが、なかなか上手くいかない。


 だから、和斗が大きくなる前に、まだ夜中グズっているうちに、霧風君と対面させたいと思っている。


「涼子は、どうなの?」

「私も、行ってもいいと思ってる。オルネラス侯爵家の人達が信用出来ないって訳じゃないけど、やっぱり日本の仲間とは近くにいた方が良い気がするんだよね」


 先日、フルメリンタの霧風君から手紙が届いた。

 そこには、一度戦争奴隷に落ちた後に生き残った、新川君、三森君が名誉子爵に任命せれて、三森君は富井さんと交際を始めたと書かれていた。


 霧風君を含めた四人は、これからフルメリンタの王都ファルジーニで暮らしていく覚悟を決めたそうだ。

 フルメリンタでは、異世界から来た人達の価値を認め、協力して発展する道を選んだらしい。


 それは、新川君と三森君が伝えた、火薬、鉄砲、大砲が先日までのユーレフェルトとの戦いで大きな役割を果たしたからだそうだ。


「私たちは、私たちで価値を示せているから、今こうして貴族の人達からも優しくしてもらえているんだし、それはフルメリンタに行っても可能だと思う。それに、やっぱり同じ日本から来たみんなが近くにいてくれた方が心強いよ」


 霧風君からの手紙の内容は、涼子にも伝えてあるので、こうした反応になるだろうと予想はしていた。

 ただ、問題は亜夢だ。


 今も涼子の話を聞きながら、眉間に皺を寄せて浮かない表情をしている。

 亜夢は、戦争奴隷として命を落とした入船瑞希と仲が良かったから、フルメリンタに対して良い印象を持っていない。


「亜夢は、どうしたい?」

「私は、フルメリンタには行きたくない。瑞希を殺した連中なんかと仲良くできないよ!」


 ずっとフルメリンタ行きの結論を先送りにしてきたけど、やっぱり亜夢の気持ちを変えるのは難しそうだ。

 ここで亜夢とは別れなければならないのだろうか。


 亜夢を説得する言葉を探しあぐねていたら、涼子が口を開いた。


「ねぇ、亜夢。試しに一度行ってみない?」

「えっ? フルメリンタに?」

「うん、実際に戦争奴隷になって、その後フルメリンタの王都で暮らすって決めた三人に話を聞いてみたい。特に富井さんには、実際何があったのか……教えてくれないかもしれないけど聞いてみたい」

「聞いてみて、それでもフルメリンタが嫌だったら?」

「その時は、あたしが一緒に戻ってきてあげるよ。亜夢を一人には出来ないからね」

「涼子……」


 涼子がフニャっと笑ってみせると、亜夢の瞳が潤んだ。


「それにさ、子供を抱えた和美に一人旅なんてさせられないよ。あたしたちが無事に生きて来られたのは、和美がエステのアイデアを考えてくれたからじゃん」

「涼子……」


 ヤバい、私の涙腺も崩壊寸前だ。


「結局、私たちはフルメリンタがどんな国なのか、話に聞いているだけで自分達の目では見ていないじゃん。だからさ、一度見てから決めても良いのかなぁ……って思ったんだ」

「分った、涼子がそこまで行ってくれるなら、あたしもフルメリンタに行ってみる。でも、でも……本当に駄目だったら、あたしはここに戻って来たい。ユーレフェルトの王都も嫌っ」


 亜夢の気持ちも良く分かる。

 結局、私たちは、こちらの生活に順応しようと思いつつも、上手く順応出来ていないのだと思う。


 フルメリンタの王都ファルジーニが、私達にとって暮らしやすい場所なのか分からないが、我慢をして暮らすのではなく、納得して暮らせる場所であってほしい。


「じゃあ、行ってみようか。私も霧風君がだらしなくなってたら、愛想尽かして戻って来ちゃうかも」

「いやいや、それは無いと思うよねぇ……亜夢」

「うんうん、涼子の言う通り。和美、霧風君の手紙読みながらポーっとしてるもんね」

「うっそ! そんなことは……あるんだ?」


 涼子と亜夢にニヤニヤ笑いを浮かべられて、普段の自分の行動を思い起こしてみる。

 確かに、ポーっとしていたことがあったかもしれない。


「ふんぎゃぁ! ふんぎゃぁ! ふんぎゃぁ!」

「ほらほら、かー君が呼んでるよ」

「いっけない、もうミルクの時間か。じゃあ、フルメリンタに行くって方向でいい?」

「いいよ」

「まぁ、涼子に免じて行ってやるか」


 一時はどうなるかと思ったけど、涼子のおかげで助かった。

 でも、これもまたフルメリンタに行くまで問題を先送りにした形だけど、それでも私は霧風君に会えるのが嬉しい。


 和斗を見て、どんな反応するのかなぁ……。

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