第204話 七人の方針
「では、再会を祝して、乾杯!」
「乾杯!」
我が家のリビングには、海野和美、菊井亜夢、蓮沼涼子、富井多恵、新川恭一、三森拓真、生き残ったクラスメイトが顔を揃えている。
海野さん達がフルメリンタの王都ファルジーニに到着してから三日目、ようやく全員が顔を揃えられた。
ちなみに、俺と海野さんの間に生まれた和斗は、隣りの部屋に寝かせてある。
自分の子供という実感が湧かないのでは……などと心配していたが、初めて抱いた瞬間に涙が溢れて止まらなくなってしまった。
自分でも理由は分からないが、こちらの世界に来てからクラスメイトを失ったという知らせばかりを聞かされてきたから、新しい命の誕生に感動したのだろう。
同時に、これからは決して失わない、増やしていくのだと決意した。
「こちらの世界に召喚されてから、二年近い月日が流れて、三十七人いたクラスメイトは七人になっちまった」
「おいおい、霧風。湿っぽい話は無しにしようぜ」
「分かってるよ、新川。でも俺は、ここにいるみんなを絶対に失いたくない。そのためにも、力を合わせて、強かに生き残っていかないと駄目だと思うんだ」
「その通りだと思う」
真っ先に俺の言葉に賛成してくれたのは、富井さんだった。
「ぶっちゃけ、召喚された頃のあたしらって考え甘すぎたよね。それを、嫌ってほど思い知らされたし、ここから先は利用できるものは何だって利用して、自分達の足元を固めていかないと駄目だと思う」
戦争奴隷として、筆舌に尽くしがたい思いをしながらも生き残った富井さんの言葉には重みが感じられた。
「今は、俺の転移魔法を使った施術は特別なものだけど、それがこの先何年も、何十年も特別だとは限らない。ここで施術を始めた頃には、高額な料金に負い目みたいなものを感じていたけど、今はガッチリ稼いで今後のための資金として残しているところなんだ」
「今後の資金って、何をするつもりなんだ?」
「丁度質問したから言う訳じゃないけど、三森、牛丼屋の計画は一旦中止にしてくれ」
「うぇぇぇ、何でだよ!」
「王都がここから引っ越す可能性がある」
「マジかよ……って、どこに移るんだ?」
「以前、ユーレフェルトとの国境だった中州を中心とした地域らしい」
俺の言葉を聞いて、新川、三森、そして富井さんは苦い表情を浮かべた。
あの場所は、三人にとっては良い思い出の無い場所だからだろう。
「霧風、その話って確定なの?」
「宰相ユド・ランジャールから計画していると聞かされた段階」
「そっか……」
俺の答えを聞いて、富井さんは考えを巡らせ始めた。
そんな富井さんの様子をチラリと見ながら、海野さんが訊ねて来た。
「今後のための資金って、新しい王都で何かをするつもりなの?」
「うん、まだ漠然とした感じだけど、俺たちのためのマンションを建てようかと考えてるんだ」
「マンション?」
「というか、俺や海野さんのためのサロンとか、富井さんや三森が開店を模索している店を集めた商業区画と、プライベートな住居区画を合わせたような建物が作れないかと思ってるんだ」
「てことは、俺たちは開業資金を節約できるってか?」
「そういう事だ。この先、俺たちが生き残っていくには、日本の知識を結集するしかないと思ってる。新川や三森は火薬と銃の知識で状況を引っくり返したし、海野さんたちはエステという発想で身の安全を確保してきた。文明の発展度合いから考えても、日本の知識は必ず役に立つし、俺たちの未来を支えてくれるはずだ」
家電品とか、エンジンやモーターなどの動力が発展するには時間が掛かるだろうし、それまでの間は俺たちの必要性は無くならないはずだ。
「でもよぉ、こっちの連中の習熟度っていうか、取り入れて自分達の物にする力ってハンパないぞ」
新川たちは、銃や火薬がドンドン改良されていく様子を間近で見続けてきたから、発展が自分達の知識を簡単に上回っていく危機感を覚えているようだ。
「だとしても、完成形は俺たちの頭の中にしか無いんだし、情報として提供できる物は、まだまだ沢山あるよ」
「そうかもしれないけど、俺達だって専門知識を持ってる訳じゃないからな」
「新川が言いたいことは分かるよ。だからこそ、早いうちに俺達の足下を固める必要があるんじゃないか?」
「まぁな……てか、王都の引っ越しって、いつぐらいになりそうなんだ?」
「そんなに簡単には出来ないだろう……とは思うけど、ユーレフェルトの全土を掌握して、城が出来上がれば動くんじゃないか?」
「それじゃあ、案外早く動くことになるかもしれないぞ」
新川が聞いている情報では、秋の田んぼの借り入れが終わり次第、ユーレフェルトへの侵攻が行われるようだ。
「連発式の銃と銃弾は、ジャンジャン生産されているし、その精度は上がり続けているようだ」
新川の言葉を引き取って、三森が続ける。
「俺が聞いた話では、南と東の両面から攻め込むらしいz」
「南? 船で兵士w運ぶのか?」
「いや、いくつかの貴族には、もう声を掛けているし密約も取り交わされているみたいだ」
「新川と三森の見立てだと、ユーレフェルトが降伏するのは何時頃になりそうだ?」
二人で顔を見合わせた後、先に新川が予想を発表した。
「俺は、来年の今頃にはユーレフェルトという国は無くなっていると思う」
「俺も新川の意見に賛成だけど、時期はもっと前倒しになると思うぞ」
三森が言うには、この前の戦ではまだフルメリンタも銃や大砲の扱いに慣れておらず、銃弾が不足する場面があったそうだ。
銃や大砲の運用については三森も意見を求められているそうで、計画通りに進められるならば、前回を遥かに上回る戦果が期待できるらしい。
「次に戦が始まるなら、たぶんフルメリンタの軍は無人の野をいくような感じになると思うぞ」
「でも、ユーレフェルトの全土を掌握するとなると、前回の倍の領地を攻め落とさないと駄目だぜ。そんなに簡単にいくかな?」
「あぁ、そう言えば……」
手を挙げて話し始めたのは蓮沼さんだ。
「あたしたちがオルネラス領にいる頃に、独立を阻止しようとエーベルヴァイン公爵が軍を率いてきたけど、一日で全滅したって話だよ」
「あれっ? エーベルヴァイン公爵って、ワイバーンにやられて死んだんじゃないの?」
「その息子で、オウレス……だっけか?」
「あー、ハイハイ、俺もフルメリンタに来る直前に会ったわ。あのバカ息子なら一日でやられても不思議じゃないね」
俺がフルメリンタに引渡される前に、ザレッティーノ伯爵など当時の第二王子派と面談した様子を話すと、みんなオウレスの軍勢が全滅したことに納得していた。
蓮沼さんの話によれば、フルメリンタの軍隊が待ち伏せしている所に突っ込んできて、砲撃と銃撃によって、あっさりと全滅させられたらしい。
あの時の馬鹿っぷりを思い返すと、当然だと思ってしまう。
「霧風、フルメリンタがユーレフェルトを攻めるなら、俺と三森は積極的に関わって功績を作った方が良いのか?」
「さっさと攻め滅ぼしてしまう……ってこと?」
「まぁ、そうなるな」
今の状況を考えれば、ユーレフェルトが滅ばされるのは時間の問題なんだろうが、それでも俺は元の第一王子派に匿われてきた恩がある。
フルメリンタに引渡されて十分に恩は返したとも言えるが、それでも、第一王子アルベリクの妹で、次の国王になるブリジットや母親のシャルレーヌを滅ぼすと考えると躊躇してしまう。
「でもよ、霧風だって時間の問題だと思ってるんだろう? だったら、俺らが功績を上げて、その上で助命の歎願とかした方が現実的じゃね?」
「なるほど……そう言われると、そうかもしれないな」
この日、俺たちは七人で協力して確固たる生活基盤を築くことと、フルメリンタのユーレフェルト侵攻に協力する方針を固めた。
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