第199話 人材

 新川に発破を掛けられて、宰相ユド・ランジャールに面会するつもりだったのだが、酒が残っていて起きられなかった。

 口当たりが良くてスイスイ飲めてしまうが、アルコール度数が高くて後になってドーンと酔いが回ってくる。


 デレンデレンになった所で飲むのを止めていれば、まだ救いがあったのだろうが、どうやらそこから更に新川と競うように飲んでしまったらしい。

 その結果が猛烈な二日酔いだ。


 おはようのキスをしうとしたアラセリが、スン……という感じでジト目になり、キスも拒否られてしまったのだから相当酒臭いのだろう。

 俺と同様にデレデレに酔っぱらった新川は、帰れないので泊めてやったらしいのだが、朝になると姿が見えないのでアラセリとハラさんで探し回ったそうだ。


 捜索の結果、新川はトイレで便器に顔を突っ込み、下半身は尻丸出しの状態で発見されたらしい。

 これからは、尻出し子爵と呼んでやろう。


 結局、この日は宰相との面談は諦めた。

 こんな酒臭い、頭まともに働いていない状態で、あの宰相ユド・ランジャールと面談するなんて自殺行為だ。


 別に宰相には現在進行形で利用されているようなものだし、俺を破滅させることは、むしろ宰相にとってマイナスに働く。

 だから宰相が俺の敵に回る可能性は少ないから大丈夫だ……なんて甘い考えは抱くべきではない。


 こっちの世界に来てから、嫌というほど思い知らされてきた。

 こちらの世界で平穏に暮らしたければ、常に自分の価値を証明し続けないといけないのだ。


 昼食を済ませた新川尻出し子爵が、ヨロヨロと帰っていった後、アラセリにコッテリとお説教を食らった。


「たまの深酒くらいは仕方ないですけど、いくらなんでも飲み過ぎ、酔い過ぎ。ユート、ちゃんと昨晩のこと全部覚えてる?」

「いいえ、記憶が飛んでます」

「ファルジーニは比較的治安が良いけれど、外ではあんな飲み方は絶対にしたら駄目だからね」

「はい、申し訳ございません。反省しております」

「本当に、ユートはユート自身が思っているよりも、ずっと有名人なのよ」

「それは実感無いんだよねぇ……」

「以前、タエが言ってたでしょ、ユートを悪く言ってる人も居るって」


 俺の治療が貴族と金持ち限定みたいな形になってしまっていることで、一部の庶民からは反感を買っているらしい。

 日本みたいにネットとか週刊誌とかで写真が広まるみたいなことは無いので、顔を知られる心配は少ないのだが、それでも名前を聞いて絡んでくる奴がいないとも限らない。


 確かに、外でグデングデンに酔っぱらって、互いの名前を大声で呼びながら飲み続けていたら、逆恨みしている奴にブスリ……なんて事になりかねない。

 それとか、酔っぱらっている同士で、売り言葉に買い言葉……みたいな感じで殴り合いとかになる場合もあるだろう。


 相手の打ちどころが悪くて……なんて事になっても、名誉侯爵なんて地位があるから平民相手ならば罪に問われない可能性もあるが、そうなれば民衆から恨みを買うことになるだろう。


「しばらく酒は控えるよ」

「それがいいわね」

「酒は控えるけど、アラセリを控えるつもりはないからね」

「しょうがないわねぇ……」


 うん、俺はしょうがない男なのだ。


「でも、シンカワ卿の話を聞くと、カズミたちには早くフルメリンタに移ってもらった方が良いと感じるわ」

「やっぱり?」

「ユートの友人たちを使い捨てにするような形で戦争の切っ掛けに使ったり、ワイバーン討伐の最大の功労者であるユートを簡単にフルメリンタへ引渡したりした段階で、ユーレフェルトという国は終焉への道を辿り始めたんだと思うの」

「じゃあ、アラセリは、フルメリンタに侵攻されてユーレフェルトという国は消えてしまうと思っているの?」

「たぶん……それも遠からぬ将来、五年持てば良い方かもしれないわ」


 平和な日本で生まれ育った俺にとって、国が他の国に寄って滅ぼされてしまうといった状況は歴史の教科書で学ぶ話だ。

 でも、今のフルメリンタやユーレフェルトは、言ってみれば日本の戦国時代みたいなもので、天下布武を掲げた織田信長のように、フルメリンタの国王レンテリオがユーレフェルトを切り崩し、占領したって不思議ではないのだ。


 その歴史の教科書に載って過去の出来事と、今のユーレフェルトの状況を見比べれば、アラセリが遠くない将来に滅亡すると考えるのは妥当だと思う。


「とにかく、海野さんたちを一日でも早く引き取ろう」

「そうね、今のユートには三人を養うだけの財力もあるし、シンカワ卿やミモリ卿、タエもいるのだから早くファルジーニに来た方がいいわ」

「問題は、どうやって連れて来るか……だよなぁ」


 海野さんたちを連れて来るどころか、連絡を取り合うことすらままならない。

 日本だった電話一本、メール一通、アプリのメッセージなどで瞬時に連絡が可能だが、現状は出した手紙が無事に届くか、届いたとして返事がいつ戻ってくるかも分からない。


 最近知った情報を知らせようにも、向こうに到着するころには鮮度の落ちた情報になっている可能性がある。


「僕が直接迎えに行く……のは駄目だよね?」

「駄目に決まっているでしょ。それこそ宰相ユドの許可なんて下りないだろうし、ユートの身を危うくする行為だわ」

「だよね、現実的ではないよね。だとしたら、現実的な手段としては……人を雇う?」

「そうなるけど、信用の置ける人物じゃないと任せられないわよね?」

「うん、金銭的な問題は大丈夫だと思うし、以前のように敵対国に乗り込む訳じゃないから、国の暗部に属する人間みたいな特別な能力は必要ない。ただし、腕の立つ人間じゃないと駄目だし、信用の置けない人物なんてもっての他だよ」


 そこまで話して、アラセリが渋い表情になっているのに気付いた。

 別に海野さんに嫉妬している訳ではなくて、今の俺には無理だと思っている顔だ。


「人を雇おう……」

「ユート、今から信用の置ける人物を雇うのは……」

「うん、海野さんの件だけじゃなくて、この先俺がこの国で生きていくには、色々と補助をしてくれる信用の置ける人物が必要だって改めて分かったんだ」

「そうね、ユートが今の仕事をしている分には必要無い人材なのかもしれないけど、フルメリンタの貴族社会で生き残っていくには、有能な片腕が必要だと思うわ」

「信用なんて一朝一夕に得られものではないし、年月を掛けて築いていく必要があるのも分かっている。問題は、どんな人物を雇えば良いのか……」


 新川や三森が平民のままだったら、まとめて雇い入れても良かったのだろうが、二人とも名誉子爵に任命されてしまった。


「どこかの商家に紹介してもらうとか?」

「特定の商家と結びつきを持つことになるけど……それに、商家が育てた人物だと、その商家に恩を感じているだろうし」

「そっか……てことは、最初から人材を育てないといけないのか」

「ユート、孤児院から子供を引き取るというのは?」

「孤児院か……うん、なるほど……」


 確かに孤児院育ちの子供ならば、後ろ盾は孤児院だから大丈夫……なんだろうか。


「アラセリ、この国の孤児院って、何処が運営してるんだ? 国? それとも教会とか?」

「それは分からないわ、後でハラさんに聞いてみる」

「うん、でも孤児院の子供を引き取るってアイデアは悪くない。慈善事業に力を入れれば、市民からの悪評も薄まるかもしれないしね」

「そうね、ちょっと考えてみましょう」


 家の仕事はハラさんに仕込んでもらえば良いし、武術はアラセリに手ほどきさせればいい。

 あれっ、俺は何を教えれば良いんだろう。


 まぁ、読み書き計算ぐらいは教えられるだろう。

 アラセリに子供が出来る可能性は低いし、海野さんとの子供の遊び相手とか、護衛にするような人材も用意しておいた方が良いだろう。


 海野さんの件は、やはり宰相ユドに頼むしかなさそうなので、何か近代知識チート出来るような物でも考えておくか。

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