第198話 友との酒
一日の施術を終えて患者である令嬢を笑顔で送り出した。
今日施術を行ったのは、フルメリンタの隣国カルマダーレの伯爵令嬢だ。
俺が『蒼闇の呪い』の痣を消すようになって、フルメリンタとカルマダーレの間には交換留学生の制度が出来た。
これは、痣を消す施術のついでに、貴族の若い世代が互いの国を知って友好を深めていこうという建前のもとに、人質を交換している形なのだ。
そもそもの狙いは、フルメリンタが西の隣国ユーレフェルトと戦争をしている間、東の隣国カルマダーレに攻め込まれないための策略だ。
元々フルメリンタとカルマダーレは友好的な関係にあったので、そうした心配は必要無かったのかもしれないが、ユーレフェルトとの戦争に専念できたのも確かだ。
二つの国の友好関係を築くための施術でもあるので、俺の役割も楽ではない。
相手は貴族の令嬢や子息だから、平民よりは贅沢に育っている。
当然プライドも高いし、大切にされるのが当り前と思って育って来た子供ばかりだ。
そうした、いうなれば面倒くさい相手の機嫌を損ねないように、完璧な施術を行わなければならないし、それに加えて退屈させないようにしなければならない。
そこまでやる必要は無いのかもしれないが、この施術は俺の存在意義を国王や宰相に示すためのものでもある。
料金に見合った、あるいはそれ以上の成果を出すべきだと考えている。
まぁ、男子にはワイバーン討伐の様子や剣術の師であるマウローニ様の話をすれば、いくらでも間を繋げるのだが、女子の相手は本当に疲れる。
こんな時に海野さん達がいてくれたら……なんて考えてしまうことも少なくない。
カルマダーレの伯爵令嬢が乗った馬車を見送って、ほっと一息つくと、ブラブラと新川が歩いて来るのが見えた。
休み以外の日に顔を出すのは珍しいが、手に酒瓶を下げているのをみると、一杯やろうという魂胆なのだろう。
幸い、明日は俺の施術も休みなので、少々飲み過ぎても大丈夫だが……アラセリには怒られそうだ。
「よぅ、霧風。今日の仕事は終わったのか?」
「あぁ、たった今、隣国の伯爵令嬢がお帰りになったところだ」
「箱入りの伯爵令嬢の柔肌を思うままにしてたって訳だ」
「いや、そうかもしれないけど、言い方ぁ!」
「ふはははは……俺も一仕事終えてきたところだから一杯やろうぜ」
「酒持参とは飲む気満々じゃん」
「まぁな……」
「今日は三森は一緒じゃなかったのか?」
「あぁ、今日は別々の仕事だった」
「そっか、まぁ上がってくれ」
「邪魔するよ」
ハウスメイドのハラさんに、急で悪いけど夕食を一人分増やしてもらえるように頼み、新川をリビングに案内した。
「しっかし、いい家だな」
「どこかの貴族の隠居所だったらしい」
「あぁ、なるほど……それで凝った造りになってるのか」
「そうそう、庭とかも小川があったり凝りまくってる」
「東京にいたら絶対に住めなかっただろう」
「だよな、東京でこれと同じ屋敷を手に入れるには数億、下手したら十億以上するんじゃね?」
「するだろうな、俺らじゃ宝くじでも当たらないと絶対に無理だな」
庭に面したソファーに座って話をしていると、アラセリがツマミとカップを持って来てくれた。
「いらっしゃいませ、シンカワ卿」
「お邪魔してます、アラセリさん」
「どうぞ、ごゆっくりしていってくださいね」
「ありがとうございます」
アラセリはハラさんの手伝いをするのか、キッチンへ歩いていった。
「まぁ、一杯やろうぜ、霧風」
「おぅ、新川卿って呼ばれるのには慣れたか?」
「いやぁ、まだ変な気分だな。そういうものだと納得させてる段階だ」
互いに酒を注ぎ合って、カップを掲げる。
「召喚組の平穏を願って……」
「新川に可愛い嫁さんが見つかるように……」
「手前……まぁ、その通りだ」
「乾杯」
「乾杯」
フルメリンタでは様々な酒が売られていて、アルコール度数もピンキリだ。
調子に乗って一気飲みなんかして、度数の高い酒だと大変な思いをするので、慎重に口を付ける。
チラリと視線を向けると、新川も恐る恐る口を付けていた。
新川の持って来た酒は、ワインとブランデーの中間ぐらいの酒だった。
口当たりは良いが度数はかなり高そうだから、一番悪酔いしそうなタイプだ。
「なんだよ、新川。味をみて買ってきたんじゃないのか?」
「いや、これ貰いものだから……でも美味いな」
「あぁ、美味いけど、結構強いぞ」
「確かに、これは連れの女を酔わせて、いかがわしい事をするための酒か?」
「新川、そういう発想は良くないぞ、嫌らしいことを考えてると女に逃げられるぞ」
「馬鹿、例えだ、例え! 何も俺がやるって言ってねぇだろう」
「それならいいけど、ムラムラして犯罪に走ったりするなよ」
「しねぇよ。てか、溜まりすぎたら娼館にでもいって発散してくるさ」
俺はアラセリと毎晩のように愛し合っているから、ムラムラして犯罪……なんて心配は無いけど、あっさりと娼館で発散してくるなんて言う新川は、俺よりも少し大人な感じがする。
「ところで、今日は何か用事があるのか?」
「まぁ、あると言えばあるかな……」
「おっ、とうとう気になる女でも出来たのか?」
「はぁぁ……ちょっと、その手の話題から離れろ」
「てことは、マジな話か?」
「ちょっと、ある筋から聞いたんだが、フルメリンタはユーレフェルトに対して更なる侵攻を考えているらしいぞ」
「えっ、マジで?」
気楽な話でもしに来たのかと思いきや、新川の口から出て来たのはマジな話だった。
「この前の戦いで、コルド川の東側を占領したじゃんか」
「あぁ、ザックリした計算だけど、これでフルメリンタはユーレフェルトの倍の国土を持つ国になったんだろう?」
「そうそう、それと同時に国境線が大きく西に動いたことになるんだよ」
「そうか、これまでは例の中州があった所だもんな」
「そうそう、そうなると、国境からユーレフェルトの王都までの距離が、これまでよりも格段に短くなってるんだよ」
「そうか……確かに……」
新川に言われるまでは、領土が広がったことばかりに目がいっていたが、確かに国境線から王都までの距離はぐっと縮まっている。
「フルメリンタは大砲もあるし、銃もあるし、火薬による爆破もできる。対するユーレフェルトはと言えば、未だに内輪でウダウダ揉めてるらしい」
「ヤバいじゃん。まじで国王か宰相がゴーサインだしたら、あっさり王城落とされちまうんじゃね?」
「だろう? そう思うだろう?」
「えっ、違うの?」
「いや、違わないよ。今は占領したコルド川の東岸地域の平定に力を割いているけど、そっちの地盤が固まれば、間違いなく侵攻するだろう」
「でも、さすがにユーレフェルトも王都を簡単に明け渡さないだろう」
いくら腐っても一つの国の王都、王城を簡単に明け渡すとは思えないし、相当な抵抗があると考えるべきだろう。
「どうかな……フルメリンタは今もユーレフェルトを攪乱させる工作を行ってるみたいだぞ」
「あぁ、宰相ユドならやりそう……てか、絶対にやってるな」
「だろう? だとしたら、海野たちは大丈夫なのか?」
「うん、この前、こっちに早く来た方が良いって手紙を書いたところだ」
「おぅ、てか届くのか?」
「うーん……宰相経由だから届くと思うし、こちらに来る手筈を進めてくれているって話だ」
「宰相が?」
「あぁ、というか、海野さん達がいるオルネラス侯爵領はユーレフェルトからの独立が認められて、既にフルメリンタとの往来が再開されてるって話だよ」
「そうなの? だったら早く来た方が良いんじゃね?」
「まぁ、そうなんだけど……海野さんが子供を産んだばかりなんで……」
少し照れくさいが、海野さんが出産したことを新川に告げた。
「えっ……それって、まさか?」
「たぶん……」
「おぉぉぉ……霧風、パパか! おめでとう!」
「ありがとう……てか、まだ全然実感無いんだけどね」
「そうか、出産直後じゃ動けないか……でも、可能なら早く引き取った方がいいぞ」
「いや、オルネラス領にいるなら……」
「そこって、コルド川の西側だよな? だったら安全だとは言い難いんじゃないのか?」
「ヤバいかな?」
「地理的には安全とは言い難いだろうな」
「そっか……かと言って、俺が迎えに行く訳にもいかないし……」
「宰相に頼んでみたらどうだ?」
「んー……あんまり借りを作るのは……」
「馬鹿、そんな事を言ってる場合じゃないだろう」
「そうだな、うん、明日にでも城に行ってみるよ」
「おぅ、そうしろ、そうしろ、そして飲め、飲め、この新米パパめ!」
「あぁ、パパになっと実感するためにも、早く我が子を抱けるように頼んでくよ」
懸念が無くなった訳ではないが、目出度い、目出度いと勧めてくる新川に乗せられて、度数の高い酒なのを忘れて飲み過ぎてしまった。
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