第197話 更なる侵攻計画
※今回は新川恭一目線の話です。
「シンカワ卿、少しお時間をいただけませんか?」
銃器の改良の件で国軍の施設を訪れた時に、廊下で見知らぬ男性に声を掛けられた。
年齢は四十代ぐらいで、国軍の階級章の見方を良く知らないのだが、かなりの高官であるのは間違いない。
「構いませんよ。こちらの打ち合わせは終わりましたので……えっと」
「あぁ、失礼。私は第五軍団長を務めているイエリオ・ダニングです。叙勲の時にご挨拶したのですが……」
「申し訳ありません、あの日は一度にたくさんの方から御挨拶いただいたもので……」
「あぁ、構いませんよ。私も興味のある人の顔しか覚えてませんから」
家名があるということは軍人であり貴族でもあるのだろう、立ち居振る舞いに育ちの良さが透けて見える。
イエリオに誘われて、談話室の奥まった席に腰を下ろした。
お茶と一緒に、ナッツを使った菓子が運ばれてきた。
ナッツやドライフルーツを水飴で固めたものらしい。
ナッツの香ばしさ、水飴の甘さ、ドライフルーツの酸味が渾然となって美味い。
「私は、このコシーが好きでね、子供じみていると思うのだが、ここに来ると必ずたのんでしまうんだ。まだ子供の頃に、軍の高官だった祖父に連れられて来て、初めて食べた時から病み付きなんだよ」
イエリオは、コリコリとコシーを噛み砕きながら目を細め、ゆっくりと茶を味わっている。
なかなか本題に入らないが、貴族様というのはこんなものなんだろう、俺もコシーと茶の組み合わせを楽しむことにした。
「シンカワ卿は、こことは違う世界から来たと聞いたのだが、そちらの世界でも頻繁に戦が行われていたのかね?」
「自分の住んでいた国では七十年以上戦らしい戦は行われていませんでしたが、他の地域では様々な争いが起こっていましたね」
「ほう、それは国と国が領土を争うような戦いなのかね?」
「そうした戦いもありましたが、国の内部での権力闘争であったり、地下の鉱物資源の利権を巡る争いだったり、理由は様々です」
イエリオは、小さく頷きながら俺の話に耳を傾けている。
「そうした戦いの中には、海や大きな川を挟んだ戦いは無かったかね?」
「多くは陸上での戦いですが、地域によっては海や川を挟んだ戦いもありました」
「ほぅ、その場合、どういった攻防になるのだね?」
イエリオが少し身を乗り出した感じからして、どうやらこれが本題のようだ。
「そうですねぇ……」
「何か我々に知らせては不味いことでもあるのかね?」
「いえ、そういう訳ではないのですが、自分達がいた世界とこちらの世界では文明の発展の仕方が少々異なっているので……」
「ほう、例えばどんな風に違うのかね?」
「まず、自分達の暮らしていた世界には魔法が存在していませんでした」
「なんと、それは本当かね?」
「本当です。魔法が使えないからこそ、銃という兵器が発展してきたのです」
「おぉ、なるほど……」
俺たちが暮らしていた世界には魔法が無かったという情報は広まっていないようで、それでも銃が出来た経緯を話すとイエリオは納得したようだ。
「それと、魔法が無かったために、科学技術が進歩していて、空を飛ぶ機械が存在していました」
「空を飛ぶ? それは本当かね?」
「本当です。一度に数百人を乗せて、海を越えて遥か遠くの国まで飛んで行っていました」
「なんと……想像もつかないな」
「なので、海や川を越える戦は、そうした空を飛ぶ機械を中心にして行われていました」
「そうか……それでは余り参考にはならないか……」
イエリオは、飛行機の話を聞いて表情を曇らせた。
「あの……川を越える戦とは、もしやユーレフェルトに攻め込むということですか?」
「うむ、その通りだ。今のところ戦闘は中断しているが、和平交渉が成立した訳ではない。つまり、ユーレフェルトが攻め込んでくる可能性もあるし、状況によってはこちらから攻め込む可能性もあるということだ」
先の戦で、フルメリンタはユーレフェルトの三分の一の領土を切り取ることに成功した。
それも半年に満たない短い期間でだ。
フルメリンタが勝利した理由はいくつもあるのだろうが、その中でも一番効果を発揮したのは俺と三森が開発に関わった銃と大砲、それに爆薬だ。
まだユーレフェルトには、銃も火薬も存在していない。
だとすれば、フルメリンタが大きなアドバンテージを握った状態が続いているということだ。
それをフルメリンタの国王や宰相が見逃すはずがない。
当然、川を越えて攻め入る方策を練っていて、その担当がイエリオという訳だ。
「海や川を越える戦に限らず、自分達の世界では空からの攻撃が主力になっていましたが、同時に陸上の戦力も重視されていました」
「では、兵士を送り込む方法があるのだね?」
「上陸用の船がありましたが、おそらくフルメリンタにも同じ様なものはあると思います」
兵士や戦車などを載せて接岸する上陸用舟艇は、こちらの世界では馬車を載せる艀とか渡し舟と呼ばれているものだ。
「なるほど、艀か……」
「通常の大きさでは一度に大量の戦力を送り込むのは難しいので、大型の艀を建造するか、数を用意するしかないでしょう」
「なるほど、大型の艀を用意して、一度に大量の人員物資を送り込むのか」
「艀の上でも銃は使えますし、先に上陸地点を砲撃で制圧しておけば、より安全に上陸できると思います」
「おぉ、そうか、先の戦の勝敗を決したと言われている川を越える攻撃だな。そうか、そうか……その手があったか」
イエリオは、満足気な笑みを浮かべて何度も頷いてみせた。
俺たちにとっては、銃撃や砲撃は当り前の攻撃手段だが、まだこちらでは通常の攻撃としては組み込まれていないのだろう。
砲撃に関しては、あるいは攻城兵器としては認知されているかもしれないが、遠距離攻撃の手段としては認知されていないのかもしれない。
「大型の艀、川を越えての攻撃……確かに、その方法ならば安全に人員を送り込めそうだ」
「そうですね。ただ、先の戦では、戦が始まる以前に民心がユーレフェルトから離れてしまっていたように感じました。ユーレフェルトの兵士と一緒に国を守るというよりも、率先してフルメリンタの軍勢を迎え入れるような雰囲気がありました。逆に、民衆が反発して抵抗するようですと、順調に軍を進めるのは難しくなると思います」
「正に、その通りだ。先の戦では、民心の攪乱が上手くいったのも勝利の大きな要因だ。そして、今現在もユーレフェルトでは攪乱行為が続けられている。攻め込むとしたら、その作戦が浸透し、ユーレフェルトの屋台骨が腐った時だろう」
どうやらフルメリンタは、ユーレフェルトの更なる切り崩しを画策しているらしい。
銃の改良を行っている部門には、そうした話は伝わってきていないが、もしかすると俺にだけ伝わっていないだけで、他の者達は承知しているのかもしれない。
「もし、ユーレフェルトに攻め込むとなった場合、先の戦いと同じぐらい兵力が投入されるのでしょうか?」
「まだそこまで詳しい作戦が作られている訳ではないが、川を越えて攻め込むということは、ユーレフェルトの王都まで攻め込む気概を持ってあたらねばならない。ということは、先の戦以上の人員や物資が投入されることになるであろう」
先の戦いで大きく領土を切り取ったことで、国境線が大きく西に動いたことになる。
実際、これまでの国境と現在の国境を比べると、ユーレフェルトの王都までの距離は三分の一程度になっているはずだ。
銃撃と砲撃を使って、一気に王都まで迫り、集中砲火を浴びせてしまえば王城を落とせてしまうのではないか。
海野たちは既に王都を離れているという話だが、さっさとこっちに来た方が良いのではないか。
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