第193話 策士

 フルメリンタには、盤略と呼ばれる将棋と双六を足して二で割ったようなゲームがある。

 将棋のように盤上の駒を動かして戦うのだが、サイコロを振って出た目によって天候など条件に変化が加わる。


 将棋よりも運による要素が多く加わるので、ゲーム性が高く、一局が終わるまでの時間は総じて短い。

 盤略は戦争を模したゲームでもあるので、貴族の男子は嗜みとして子供の頃から親しむのが一般的だ。


 大人になってからも、酒を酌み交わしながら、夜を徹して盤に向かう者も多い。

 戦争を模したゲームであるのだから、当然実戦に強い者は盤略も強いと思われがちで、とある腕自慢の貴族が宰相ユド・ランジャールに対戦を申し込んだ。


 勝負を挑んだ貴族の男は、長年に渡って均衡を保ってきた隣国リューレフェルトとの関係を一変させ、領土の三分の一を切り取るほどの軍略家ユド・ランジャールが相手となれば、完膚なきまでの敗戦を覚悟していが、実際には連戦連勝、一度も破れることなく対局を終えた。


「宰相殿、そろそろ本気を見せていただけませぬか?」

「そろそろも何も、私は最初から本気ですよ」


 連戦連敗しながらも顔色一つ変えぬユド・ランジャールに、対局した貴族は手を抜かれているのかと思っていたが、ユドは至って真面目にゲームに臨んでいた。


「ユーレフェルトから魔法のように領土を切り取った宰相殿ならば、もっとお強いと思っていましたが……」

「実戦は遊戯のようにはいきませぬし、遊戯もまた実戦のようにはまいりませぬよ」


 どうやらユドにとっては盤略の方が思い通りにはならず、現実を動かす方が容易いらしい。

 そこで対局した貴族は訊ねてみた。


「では、どうすれば現実を容易く動かせるのですか?」

「難しい質問ですね。そうですね……現実とは動かすものではなく、勝手に動いていくもので、自分で動かすのではなく、動くように仕向けるもの……といった感じでしょうか」

「動くように仕向ける……ですか?」

「そうです、盤略の駒は自分では考えることも動くこともしませんが、現実の人間は自分で考えて行動します。その進んで行く方向をこちらの都合が良いように、少しずつ横から力を加えて変えていく感じですね」

「なるほど……分かったような、分からないような……」


 宰相ユドを相手に全勝をおさめたのに、対局を終えた貴族はキツネにつままれたような顔つきで帰路についた。

 実際、宰相ユドは盤上のゲームに興味が無い。


 興味が無いのだから弱くて当然なのだ。

 逆に、ユドは現実の動きを眺めるのが面白くて仕方なかった。


 自分の思惑通りに事が運んでいるという事もあるが、予想外の事態が大きく世の中を動かしていく様を眺めるのが楽しくて仕方ないのだ。

 あ宰相ユドがそうした楽しみに目覚めたのは、ユーレフェルトが国境の中州に奇襲攻撃を仕掛けてきた頃からだ。


 それまでのユドは、堅実に政策を積み重ねていくタイプの政治家であったが、ユーレフェルトの奇襲に続いてワイバーンの渡りが発生し、目まぐるしく変化していく状況の中で、胸の奥底で燻っていたものが目を覚ました。

 堅実に積み重ねたものも、予想外の相手の暴挙によって簡単に壊されてしまうと気付き、それならばもっと思うようにやるべきだと考えるようになったのだ。


 そうした心境の変化を経て、ユドが最初に目を付けたのが霧風優斗だった。

 当時のフルメリンタは勢い任せにユーレフェルトに攻め入っていたが、侵略した土地を維持するだけの準備が全くできていなかった。


 そのまま戦闘を継続しても、消耗を続けた挙句に撤退する羽目になるのは目に見えていた。

 それならば、相手が飲み込みやすい条件で、かつフルメリンタにも利益となる選択をして、さっさと戦いを終わらせるべきだと考えたのだ。


 その当時から、ユドはユーレフェルト国内の偵察に余念が無く、優斗の価値についても理解していた。

 異なる世界から呼び出された、特異な転移魔法を使う少年は、少し考えただけでも幾つもの有用な使い道を有していた。


 ユーレフェルトを本気で侵略するには入念な準備が必要で、その内の一つ、隣国カルマダーレへの備えを整えるために、優斗は持ってこいの存在だった。

 せっかく侵略した領土と、たった一人の少年では釣り合いが取れないという意見も出たが、ユドは半ば強引に和平交渉を進めて優斗を手に入れた。


 そして優斗は予想以上の成果をフルメリンタにもたらした。

 優斗が口にした火薬の話が独り歩きをし、出世に目が眩んだ下級貴族が戦争奴隷に声を掛け、その結果フルメリンタに戦況を一変させるような新兵器がもたらされた。


 役に立つと思った人間には目をかけ、手助けし、敵対する人間には徹底した嫌がらせを続ける。

 失敗は反省し、次の機会に備えて準備をする。


 ユドが行ったことはシンプルだったが、人間は盤上の駒と違い自ら考え、自ら行動する。

 火薬の知識をもたらした新川と三森には、手助けする人材や資材を与えて開発を加速させた。


 ユーレフェルト国内では政情不安を煽り、民衆の離反を加速させた。

 一方のユーレフェルトでは、国王オーガスタが政情不安を第二王子廃嫡の理由として利用しようなどと考えて的確な対応を行わなかった。


 相手の力を削ぎ、自分達の力を伸ばし続ければ、勝敗の天秤は大きく勝利に傾いていくのは当然だ。

 その上、相手が無策ならば状況は加速度的に有利になっていく。


 フルメリンタの国王レンテリオは、ユーレフェルトから国土の三分の一を切り取るという望外の成果に、己を戒めるという選択をしたが、ユドは更なる切り取りも見据えている。

 その一手がオルネラス公爵家の独立だ。


 コルド川東岸地域を平定したことで、川を天然の水掘りとして守りを固めることができたが、それは同時に更なる侵略には川が障害となることを意味している。

 川を渡って更に攻め込むには、川の向こう側に陣地を構築する必要がある。


 オルネラス侯爵をユーレフェルトから独立させても、ただちにフルメリンタの支配地域にできる訳ではないが、少なくとも友好的な土地を確保できた。

 そして、独立に手を貸すことで、フルメリンタへの軍事的な依存度を高める事にも成功した。


 独立後のオルネラス領の安定のため……といった口実で、銃撃部隊の増援を送り込んでおけば、いつでも侵攻を始められる。

 交易路の確保という口実で、兵站を確立することも可能だ。


 最終的にユーレフェルトをどこまで追い詰めるのか、今の時点でユドは目標を設定していない。

 ただ、フルメリンタにとって有利になるように、ユーレフェルトにとって不利になるように、着々と手を打っていくだけだ。


 現在、ユドが目を向けているのは、オルネラス領に滞在している海野、蓮沼、菊井の三人をいかにしてフルメリンタへ移送するかだ。

 優斗のフルメリンタへの印象を良くするためというよりも、貴重な異世界人を全て抱き込むのが目的だ。


 ユーレフェルトとの戦争を振り返れば、新川、三森の果たした役割は大きいどころではない。

 優斗たちは年齢こそ若いが、フルメリンタの同年代の者たちよりも遥かに高度な知識を有している。


 その知識を他国に与えずフルメリンタが独占すれば、その恩恵は計り知れないものになるだろう。

 ユドは優斗を呼び出して、フルメリンタの王都で全員が生活する場を確保すると約束し、オルネラス領に残る三人に手紙を書くように依頼した。


 優斗にとってクラスメイト全員が一堂に会するのは念願でもあり、ユドの思惑通りに、海野たち三人にフルメリンタへの移動を促す手紙を書いた。

 手紙はすぐさまオルネラス領へ向けて送り出された。


「さて、次は何をしようか……」


 ユーレフェルト、フルメリンタの二国に跨る大きな盤上で、ユドは更なる一手を模索し続けている。

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