第189話 落としどころ
かつてユーレフェルト王国の三大公爵家と呼ばれていたエーベルヴァイン家は、オウレス・エーベルヴァインの処刑をもって取り潰しとなった。
先代の独善的な行動が領土を大きく減らす切っ掛けとなったことや、オウレス自身が抜け駆けを試みた挙句に捕虜となっていたので、同情する者は少なかった。
ただし、エーベルヴァイン家には同情しないが、だからといって国王オーガスタのやり方が肯定された訳ではない。
オウレスが処刑された理由は、虚偽の情報をもたらしたためだとされたが、実際にはオーガスタの失敗の尻拭いのためだと多くの貴族が知っていた。
その結果として、これまで国王派として従ってきた者たちも、身の振り方を考えるようになった。
果たして、このまま現国王に付いていっても大丈夫なのか、それとも第二王女派に乗り換えるべきなのかと。
これほどまでにオーガスタが失策を繰り返していれば、おのずと第二王女ブリジットの下へ人が集まりそうなものだが、実際には引き継いだ旧第一王子派の貴族以外の者は様子見をして積極的に擦り寄る者は少ない。
その理由は、旧第二王子派を弱体化させるために行った、財務状況に関する調査が根に持たれているからだ。
過去二十年も遡って、脱税や不正蓄財に関する罪を穿り出され、多額の追徴金を納めるように命じられた者達は、フルメリンタとの戦費も加わって財政的に大きな負担を強いられた。
そうした調査の過程で、家の内情までも探られているので、また難癖をつけられるのではないかという思いも残っている。
それに加えて、オルネラス侯爵領が独立を勝ち取ったのを見て、自分達の家ももっと自主性を勝ち取れるのではないかと思い始めていた。
つまり、国王派か第二王女派か……という選択肢に加えて、独立という第三の選択肢が加わった格好だ。
多くの貴族が自らの身の振り方に思い悩む一方で、国王オーガスタに対して猛烈に腹を立てている男がいる。
かつて霧風優斗の暗殺を最初に試みた男、ビョルン・ザレッティーノ伯爵だ。
ザレッティーノ伯爵家は、かつてはエーベルヴァイン公爵領の西に領地を持っていた生粋の第二王子派だ。
ビョルンは、エーベルヴァイン公爵家の先代アンドレアスに取り入って、派閥での地位を確立した経緯から恩義を感じていた。
それ故に、優斗がフルメリンタへと送られる直前の面談の席にも、アンドレアスの忘れ形見であるオウレスを列席させていたのだ。
優斗をフルメリンタに引き渡した直後の集団魔法による攻撃を主導した責任を問われ、かつての領地から辺鄙な土地へと転封を命じられたが、その後もオウレスの家督相続が認められるように活動を続けていた。
それだけに、エーベルヴァイン公爵家の督相続が認められた時には大喜びしたのだが、オウレスは感謝するどころかビョルンを疎ましいと感じていた。
何かと言えば、父親である先代の功績を持ち出し、その恩義に報いるために自分は行動していると言われたオウレスは、恩着せがましいと感じていたのだ。
その結果が、ビョルンにも相談せずに単独の抜け駆けという形になった。
ビョルン自身も戦上手という訳ではないが、それでもオウレスよりは知識も経験も持ち合わせていた。
自分が一緒に行っていれば、むざむざ敗北を喫することもなかったし、オウレスが捕らえられることもなかったとビョルンは後悔した。
それでも生きていれば再起するチャンスはある、また自分が支えれば良いと思っていたのだが……オウレスは悪名をなすり付けられた挙句に処刑されてしまった。
オウレス処刑の一報を聞いたビョルンは、兵を率いて王城へ攻め込むと言い出し、ザレッティーノ家の騎士団長などの必死の制止によって辛うじて踏み止まった。
それでもビョルンの怒りが収まった訳ではなく、兵を率いて自領へと戻ると、傲然と王国に反旗を翻した。
「オーガスタは王の器に非ず! オーガスタのような愚物を王と認める国には従わない!」
ザレッティーノ家の使者は鎧を着けた完全武装で王城へと乗り付けると、馬に乗ったまま声を張り上げて口上を述べ、オーガスタ宛ての書状を叩きつけて去っていった。
書状を受け取り、使者の振る舞いを伝えられたオーガスタは激昂し、直ちにザレッティーノ伯爵を討伐するように命じたが、国軍は動こうとしなかった。
それどころか、ザレッティーノ伯爵家の離反を招いた責任はオーガスタにあると公然と批判する者も現れた。
オルネラス侯爵領の独立宣言に端を発した騒動の経緯は、ザレッティーノ伯爵家の離反という新たな局面を迎えて、噂となって人々の間へと伝わっていった。
国の衰退を招いた脱糞公爵ことオウレス・エーベルヴァインは、実は国王オーガスタによって貶められていた。
手の平返しとなるスキャンダルな話は、民衆の好む話題の一つだ。
オウレス・エーベルヴァインを憂国の士だと祀り上げ、オーガスタを愚者と貶める噂が王都から全土へと広がっていった。
この機を逃すまいと第二王女ブリジットも行動を起こす。
オーガスタの目を盗み、秘密裏に母親である第二王妃シャルレーヌと共に城を出たブリジットは、ラコルデール公爵家へと身を寄せてオーガスタへ退位を迫った。
父親である国王オーガスタを王城から退去させ、代わって自分が王城へと戻って即位するという象徴的な状況を作り、民衆にアピールしようと考えたのだ。
それと同時に、王城に留まれば自分や母親の身に危険が及ぶことを恐れた。
オーガスタは退位を拒否し、国軍にブリジット討伐を命じたが、当然のように国軍は動こうとしなかった。
笛吹けど踊らず、もはやオーガスタは飾り物の国王でしかなかった。
ビョルンやブリジットのような表立った行動の裏側で、水面下の交渉も始められていた。
エーベルヴァイン公爵家無き後、二大侯爵家となったラコルデール家とジロンティーニ家による交渉だ。
オーギュスタン・ラコルデールと、ベネディット・ジロンティーニの筋書きは、ほぼほぼ合意に漕ぎ着けている。
内容は、オーガスタを退位させてブリジットを次の国王とし、その王配にベネディットの息子アルバートと、オーギュスタンの息子アリオスキを据えるというものだ。
女王一人に王配二人の一婦多夫制だ。
アルバート一人を王配とすると、影響力が偏ると考えての苦肉の策だ。
当然、ブリジットは既に受け入れている。
後は、オーガスタを説得できるか、それとも……という段階へと移り始めていた。
オーガスタの説得役は、実弟でもあるベネディットが務めることになった。
「ビョルンの討伐は終わったか?」
王城の居室を訪ねると、オーガスタは開口一番にザレッティーノ家の討伐の進行度合いを訊ねてきた。
不眠が続いているらしく、目は落ち込み、ベッタリと隈が出来ている。
頬がこけ、国王のための豪華な衣装も痩せたためか肩が落ちてみえる。
「まだだよ」
「何をしてる! あんな吹けば飛ぶような小貴族の討伐に、いつまで掛かってるんだ!」
「あぁ見えて、ビョルンは旧第二王子派では人望があるんだよ」
「だからどうした、俺は国王だぞ!」
「今は、国王だから……でも物事が動かせる状況じゃないんだよ。それだけオウレスを処刑した影響が尾を引いているんだ」
「あんな親の脛齧りが一人や二人いなくなったところで、何が問題だと言うんだ! 俺は国王だぞ!」
「分かってる、でも思い通りにならない時だってあるんだ。兄さん、少し休んだらどうだい?」
ベネディットにすれば、手荒な方法でオーガスタを排除するようなことはしたくない。
何とか穏便に王位から退いてもらえればと思っているのだが、オーガスタにその気は無いようだ。
「なにぃ、休めだと。ビョルンやブリジットのようなふざけた輩がのうのうとしているのに休んでなんかいられるか! 俺を休ませたいと思うなら、さっさと奴らを討ち滅ぼしてこい!」
「分かったよ、もう少しだけ待っていて」
「さっさとしろよ。奴らを亡ぼせば、次の王はアルバートなんだからな」
「分かってるよ、兄さん……」
ベネディットは、ほろ苦い笑みを浮かべてオーガスタの居室を後にした。
その瞳には、光るものと共に一つの決意が浮かんでいた。
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