第190話 独立騒ぎの渦中で
※今回は海野和美と行動を共にしている蓮沼涼子目線の話になります。
和美が男の子を出産した。
日本にいた頃に、学校の保健の授業で教わったり、ネットなどで調べたりして一応の知識は持ち合わせていると思っていたのだが、正直現実はショッキングだった。
そもそも、産気づいてから生まれてくるまで、半日以上も掛かるとは思っていなかった。
いや、初産は時間が掛かるという知識も、その程度の時間が掛かるという知識もあったが、実際に付き添っていると時間が経つのが早くて、朝食を終えてから少しして産気づいたのに、気が付いたら日が沈んで暗くなっていた。
和美の苦しみ方、痛がり方も尋常ではなかったが、日本だったら無痛分娩とか帝王切開とか出来るけど、こちらの世界では自力で産むしかないのだ。
それだけに、新しい命が生まれる瞬間は、とても感動的だった。
我が子を胸に抱いて涙を浮かべた和美を見て、私の方がボロボロと泣いてしまったほどだ。
一人の人間が生まれてくるということが、これほどまでに大変だとは、日本にいたら自分が出産する時まで分からなかっただろう。
和美が出産したことで、私たちは当分の間はオルネラス侯爵領に留まることになったのだが、どうにも周囲が騒がしい。
和美は出産する前から、なるようにしかならないわよ……なんて開き直っていたが、側で支える側からすると平和であって欲しいと願わずにはいられなかった。
ただ、緊迫した状況が続いているらしい……とまでは分かるのだが、詳しい状況までは分からなかった。
侯爵夫人が和美に心配をかけまいと、情報を制限しているらしい。
そうなると、私たちが情報を手に入れる方法は限られてくる。
一つは、フルメリンタの工作員ネージャさんだが、正直ちょっと苦手だ。
私の思い込みなのかもしれないが、どうも核心的な情報を隠されているような気がしてならないのだ。
ネージャさんは、霧風君がフルメリンタにとって重要人物だから、私たちにも危害を加えるつもりは無いと言うのだが、多くのクラスメイトが戦争奴隷として命を落としたと聞かされてから信用できなくなってしまったのだ。
もう一つの情報源は、ユーレフェルトの王都から私達を護衛してくれた騎士の一人グエヒさんだ。
もう一人、ソランケさんという若い騎士もいるのだが、どうも少し軽い性格のように見えてしまって話し掛けにくい。
結局、私の情報源はグエヒさん一択という感じだ。
グエヒさんは、オルネラス侯爵領に到着した後も護衛を続けてくれているので、和美が授乳を終えて赤ちゃんと一緒に眠ったタイミングで話し掛けてみた。
「あの……グエヒさん」
「なんでしょう?」
「ここって、今どんな状況なんですか?」
「そうですね、どうやら独立が認められそう……といった感じですかね」
グエヒさんが聞いた情報によれば、まだ正式に独立が承認された訳ではないが、ユーレフェルト国内ではオルネラス侯爵領の独立を認めるほうに世論が傾いているらしい。
「そんなに簡単に独立って出来るものなんですか?」
「普通は簡単ではありませんが、今は周囲の状況がオルネラス侯爵家に味方している感じです」
フルメリンタとの戦争で大敗し、大きく領土を奪われた結果、王の威信は地に落ちているらしい。
ユーレフェルトの国民の多くは、フルメリンタに良い感情を持っていないが、だからと言って商取引を全面的に止めるべきだとまでは考えていないそうだ。
領土を奪われたのは腹立たしいが、奪われたのは自分が暮らす土地ではないし、それよりも景気を良くしてくれというのがユーレフェルト国民の願いらしい。
フルメリンタとの国交を回復させられない国王よりも、搦め手を使ってでも商取引を再開させようとしているオルネラス侯爵の方が国民から支持されるのは当然だろう。
「戦争になるんでしょうか?」
「もう始まって、終わったみたいですよ」
「えっ? 本当ですか?」
「オルネラス侯爵領に攻め込んできたエーベルヴァイン公爵家の軍勢は、半日と掛からずに全滅したようです」
「えぇぇぇ!」
グエヒさんが聞き込んできた情報によれば、フルメリンタの新兵器が使われたらしい。
つまり、新川君や三森君が情報を提供した銃の事だろう。
「エーベルヴァイン公爵家は武門の家です。ワイバーンやフルメリンタとの戦いで多くの兵を失ったはずですが、それでもユーレフェルトでは指折りの戦力を誇っていたはずです。そのエーベルヴァイン家の軍勢が半日と掛からずに全滅ですから、他の貴族や国軍がオルネラス侯爵家の討伐を中止したのは当然でしょう」
「それでは、オルネラス領の独立は認められたんですね?」
「正式には、まだですが、認めざるを得ないでしょうね」
「じゃあ、もう戦争の心配はしなくても良いのですか?」
「そうですね、このままの状況が続けば、オルネラス侯爵領は安泰でしょう」
心配していた私達のいるオルネラス領は安定に向かっているようだが、ユーレフェルトという国はどうなのだろう。
私達がここに来ることになったのは、王都の状況が混沌とし始めていたからだ。
「あの、ユーレフェルトの王都はどうなってるんですか?」
「さぁ、正直そちらの情報は分からないんです。ただ、一度はオルネラス家を討伐すると言っておきながら、今度は独立を認めるのですから、国王の権威は失墜しそうですね」
「別の人が国王になるんでしょうか?」
「どうでしょう、ブリジット様は王位を目指すと宣言なさっていますが、オーガスタ様がすんなり王位を譲るかどうか……」
「王位は渡さないとなったら、どうなるんでしょう?」
「最悪の場合は、オーガスタ様とブリジット様で王位を掛けて国を割って内戦ということになりますが、もう貴族も国民も戦に嫌気がさしていますから、そんな大事にはならないはずです」
「では、話し合いを重ねて 妥協点を探るんですね?」
「そうなりますね」
グエヒさんは私の言葉を肯定しつつも、返事には何か含みがあるように感じた。
「話し合いだけでは収まらないのですか?」
「簡単ではないと思いますよ。なにしろユーレフェルトという国の王の座ですからね。権力に固執する人間は手放したいと思わないでしょう」
「それじゃあ、やっぱり戦争になるんですか?」
「もしくは、強制的に退位していただく……とかですね」
「強制的に……ですか?」
「えぇ、急に体調を崩されたり、不慮の事故に遭われたり……とか」
「暗殺するんですか?」
「どうにもならなければ……ですがね」
「うぇぇ……なんか生々しいですね」
「まぁ、考えてみて下さい。これまでにも第一王子のアルベリク様が殺され、第一王女のアウレリア様と第一王妃のクラリッサ様は誅殺されています。それだけ権力というものは一部の人達にとって魅力のあるものなんですよ」
確かに、王位継承権を持った人達は次々に殺されてしまっているが、それは異常なことではないのだろうか。
普通は第一王子がすんなりと王位に就くものじゃないのだろうか。
そうした思いを伝えると、グエヒさんもその通りだとばかりに頷いた。
「そうです。普通はそうですし、そうあるべきだと思います。でも、これがユーレフェルトの現状なんです」
「オルネラス侯爵領の独立が認められれば、ユーレフェルトとの往来も出来るようになるのですよね?」
「恐らくは、そうなるはずです。そもそもの目的がフルメリンタとの交易を再開するためですから、ユーレフェルトと往来が出来なくなったら意味が無いですよね」
「状況が落ち着いたら、グエヒさんは王都に戻られるのですか?」
「さぁ……それは皆さん次第ですね」
私たちが王都に戻るのならば、一緒に戻るという意味だろう。
では、私たちがフルメリンタに行ってしまったら、グエヒさんはどうするのだろう。
「下手に報告に戻ると処罰されそうですし、オルネラス侯爵に雇ってもらうか、それともフルメリンタという国を見に行ってみるか……その時になったら考えますよ」
私たちの都合で振り回してしまっているみたいで申し訳なく思うが、グエヒさんは世捨て人のような飄々とした感じで、思いつめている様子は見られなかった。
王都にご家族とかいるのではないかと思ったが、何となくプライベートなことを聞くのは悪い気がして切り出せなかった。
それよりも、私たちは自分の身の振り方をそろそろ本気で決めるべきだと思う。
フルメリンタに行くのか、オルネラス領に残るか、それとも王都へ戻るか。
どの選択をするとしても、和美や亜夢と離れ離れになることだけはしたくない。
やっぱり、フルメリンタに行くしかないのだろうか……。
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