第187話 浮かれた男

※今回は三森拓真目線の話となります。


 認めよう、俺は浮かれている。

 浮かれポンチと呼ばれても、それを否定する気はサラサラ無い。


 念願の多恵との手繋ぎデートができただけでなく、別れ際にはキスまでしてしまった。

 これで浮かれるなと言う方が無理というものだが……ただ浮かれている訳にもいかない。


 目下の俺の課題は、いかにフルメリンタにおいて存在意義をアピールするかにある。

 名誉子爵という地位を与えられ、国からは貴族としての体面を保つのに十分なだけの恩給が支給される。


 通常の貴族とは違って領地を持たないので、飢饉や隣接する領主とのいざこざなどを考えずに済むが、自領の発展によって家を大きくすることも出来ない。

 それに、今後何の功績も上げなければ、鉄砲と火薬でユーレフェルトの領土を切り取るのに貢献しただけの男達というレッテルを貼られそうだ。


 一曲だけのヒット曲で営業を続ける演歌歌手とか、一発ギャグだけで営業を続ける芸人のようになりかねない。

 なので、俺と新川は新たな功績を作るべく知恵を絞ることにした。


「当面の目標は機関銃だろう」

「だな……」


 新川の提案には俺も賛成だ。

 今はフルメリンタにしか存在しない銃と火薬だが、いずれは周辺国にも普及するのは間違いない。


 そうなれば、物を言うのは連射速度であり物量だ。


「ただ、ブローバックの機構とかまでは分からないんだよなぁ」


 単発式、リボルバータイプの連発式、マガジン式の連発式までは何とかなりそうだが、自動での連発の機構までは新川でも分からないらしい。


「とりあえず、マガジンタイプはブローバックでも必要になるんだから、こんな感じ……ってスケッチを描いて意図を汲み取ってもらったらどうだ?」

「だよなぁ……マガジンに弾を込めておくだけでも連射速度は上がるだろうしな」

「あとは、今あるリボルバーを運用するのに、スピードローダーを作るとかは?」

「それな、リボルバーはピストルで残っていくはずだから、スピードローダーは作るべきだよな」


 新川は紙に書き出したマガジンとスピードローダーの文字に丸をつけ、ブローバックには三角印を付けた。

 更に、その下に機関銃と書き添える。


 戦争の歴史の中で機関銃の登場は、銃が登場した時と同じぐらいの大きな変革だったと聞いている。

 今は圧倒的な優位を保っているフルメリンタだが、もし敵対する国が先に機関銃の開発に成功して実用化したならば、形勢が逆転しかねない。


「新川、ブローバックも丸投げしちゃったらどうだ?」

「いやぁ……丸投げするにしても、理論的なものは伝えないと駄目じゃね?」

「そうだけど、結局、発射のガス圧で遊底を後に移動させるってことだよな?」

「まぁな、んでもって、戻るのはバネの力……のはず」

「だよな、映画とかドラマだと、初弾を装填するときも、ぐっと引っ張って、手を離すとジャコって感じで戻ってるイメージが……って、あのイメージを伝えれば良くね?」

「うーん……それだと適当すぎねぇか?」

「てか、そもそも発射の仕方も微妙に違うんだし、あんまり、こうあるべき……みたいに押し付けない方が作る方も楽な気がするけど」

「うーん……そうかなぁ……」


 新川は意外に細かいというか、固いところがあって、適当に済ませるのを嫌う傾向があるが、分からない物は緩いイメージを伝えて一緒に考えてもらった方が良いと俺は思っている。

 だが、方針を議論してると肝心な話が進まなくなるので、一旦棚上げしよう。


「んじゃあ、ブローバックは保留にして別のことを考えようぜ」

「そうだな、でも何を検討する?」

「戦争が物量勝負になるなら、やっぱ輸送手段じゃね? 普通の経済発展にも役に立つしさ」

「そうなると、鉄道かトラック輸送になるのか?」


 フルメリンタの輸送は馬車や牛車など、家畜を使った輸送に頼っているのが現状だ。


「鉄道となると線路を敷かなきゃいけないし、蒸気機関かモーターが必要になるだろう」

「トラック輸送だってエンジンを作らないと駄目だろう」

「蒸気機関、エンジン、モーターだったら、どれが一番手っ取り早いんだ?」

「そりゃあ蒸気だろう。ボイラー作って、バルブを制御出来れば一番簡単だと思うぞ」


 俺も蒸気機関が一番簡単そうだとは思うが、問題点も感じている。


「でも、蒸気機関って環境破壊ってイメージ無いか?」

「まぁ、確かにな。薪だけで賄おうとしたら、凄い勢いで木が無くなる感じがするな」

「魔力で蒸気を作るとかできないのかな?」

「そうか、魔法か……どうなんだ? 俺は火の魔法を使えないから分からないけど、SLを走らせるような大量の蒸気を作れるもんなのかな?」

「俺も火属性じゃないから分からないけど、魔導具とかと組み合わせても無理なのかな?」

「火の魔道具か……どうなんだろうな。実験してみないと分からないだろう」


 蒸気機関には環境破壊というイメージがついてまわるが、魔法を使って蒸気を作れるならば話は変わってくる。


「てか、魔力を注いだらグルグル回る魔法モーターみたいなのは無いのかな?」

「それあったら面白いな。バイクの動力部に注ぐ魔力の量でスピードをコントロールする……みたいな?」

「いいね。そんなの無いか聞いてみようぜ」

「あと、火の魔導具で蒸気作れるか……だな」

「でも、良く考えたら難しいのかな」

「なんで?」

「だって、料理するのに、炭とか薪を使ってんじゃん」


 昨日、多恵とデートしている時に色々話を聞いたけど、調理には薪のコンロやオーブンが使われているそうだ。

 火の魔道具は。ライターのように着火するためのもので、燃料は別らしい。


「そっか、家の料理すら出来ないんじゃ、ボイラーを沸かすなんて無理だな」

「動かせるとしても、オモチャのSL程度かもな」

「蒸気が駄目ならエンジンか」

「ガソリンはどうする?」

「油田があるのかわからないし、アルコールか水素で代用するしか無いだろう」

「水素って爆発しそうじゃねぇ?」

「なに言ってんだよ。爆発しなかった燃料にならねえだろ」

「それもそうか……てかさ、爆発物が燃料になるなら、俺と多恵が燃料になるんじゃ……」

「あー……はいはい。三森の場合は爆発よりも炎上の可能性が高いから無理だな」

「残念ながら、フルメリンタにはSNSとか無いから炎上しないから」

「ちっ……物理的に燃やすか……」

「おいっ!」


 まったく、モテない男の僻みとは、これほど醜いものとは知らなかったよ。


「てか、冗談はこのぐらいにして、エンジンを作るにしても、その他の方法をとるしにしても、クリーンな方向でいこうぜ。俺達は自分が助かるために火薬の情報を伝えて、結果として多くの命を奪ってるんだからさ」

「そうだな、名も知らぬ沢山の命に三森の名が加わったところで大差ないから燃やしても……」

「おいっ! 俺が死んだら多恵が悲しむだろうが」

「まぁ、そこは俺が代わりに……」

「よし、表に出やがれ、この野郎!」

「冗談だよ、俺は富井には興味無いから安心しろ」

「興味が無いとは何事だ! 多恵に魅力が無いって言うのかよ!」

「うわっ、面倒くせぇ! 富井は魅力的だが、手を出す気はねぇよ……これならいいんだろう?」

「まぁ、勘弁してやるか……てか、彼女が欲しいなら、菊井とか蓮沼を助け出す手伝いでもすればいいんじゃね?」


 霧風は海野には手を出したみたいだが、菊井と蓮沼には手を付けていないらしいし、名誉子爵という地位で釣れば、新川でも振り向いてもらえるかもしれない。


「いや、別に日本人に拘るつもりはねぇし、むしろ霧風みたいにこっちの世界の女性と仲良くなる方が良くね?」

「あぁ、あれか、ヤーセルさんに連れていってもらった娼館の……」

「ちげぇよ、そうじゃなくて素人の女性と……」

「どこで知り合うんだ?」

「そ、それは……これからファルジーニで暮らしていく訳だし、色んなところに出会いが待ってるだろう」

「あー……そうだな、あるといいな……」

「手前ぇ……富井に娼館に行ったことバラすぞ」

「ちょっと待ちたまえ、新川君。共に戦争奴隷から生き残った仲じゃないか、話せば分るよ、話せば……」

「だったら、頭の中に花を咲かせてないで、真面目に考えるぞ」

「分かってる……と言いたいところだが、俺の頭の中はお花畑で枯れそうもないから諦めてくれ」

「はぁぁ……いいから、続きをやるぞ」


 呆れたように溜息をついた新川と今後の開発計画の検討に戻ったが、やっぱり脱線を繰り返して余り話は進まなかった。

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