第184話 巻き込まれ騎士

※今回は、海野たちを護衛してオルネラス領まで来た中年騎士グエヒ目線の話です。


 ここ数日、屋敷の空気が張り詰めている。

 どうやら、国王オーガスタはオルネラス領の独立を承認しなかったらしい。


 カズミ達の護衛としてオルネラス領に残り、こちらの騎士団の指示に従うと表明してから、オルネラス家がどのような方針で動いているのか詳しく聞かせてもらった。

 家宰シュロッターを中心として練り上げられた独立計画は、凡庸な中年騎士である俺からみても実に巧妙に考えられた計画だ。


 王都にはオルネラス家に従っていると報告していないから、まだ身分上は王国騎士である俺が言うのもなんだが、ユーレフェルトという国は行き詰っている。

 侵略するはずだったフルメリンタからは逆に攻め込まれ、領土を大きく失った。


 国王の威信は地に落ち、人心は離反している。

 オルネラス領の独立は、そんな閉塞した状況を打破する妙手だ。


 名よりも実を取り、交易を再開させれば、それだけ国民の生活も潤うはずだ。

 そうした状況にも関わらず、独立を認めない国王は、いったい何処を向いて政治を行っているのか、正直理解できない。


 理解できないと言えば、身近にも一人いる。


「グエヒさん、なんだか戦になるみたいですよ。困りましたね」


 王都から共に護衛としてオルネラス領まで来たソランケは、まるで他人事のように戦を捉えている。


「困りましたねぇって、俺達にも関わることなんだぞ」

「そうですよ。オルネラス家から見れば、俺らは余所者なんですから肩身が狭くなっちゃいますよねぇ……」


 オルネラス家の指示に従うと約束して、身の安全は保障してもらったが、それとても戦になったら守られるかどうか分からない。

 状況が厳しくなれば、命は奪われないとしても拘束される可能性はある。


 肩身が狭くなる程度の話ではないのだが、そもそもソランケは肩身が狭いと感じているとは思えない。

 オルネラス領に到着した直後から、屋敷の人や騎士や兵士に気軽に話しかけて、側で聞いているこちらが冷や冷やするほど突っ込んだ話題まで口にする。


 独立に関する話などは、俺達から触れるべきではないと思うのだが、ソランケは自分から平然と話題にして意見を戦わせたりしている。

 大物なんだか、馬鹿なんだか、平凡なおっさんの俺には理解しがたい神経をしている。


「グエヒさんは、オルネラス家の独立に賛成なんですよね?」

「まぁな、ユーレフェルトの現状を考えれば良い策だと思ってる」

「俺も賛成っすよ。でないと命が危ないですからね」

「万が一の場合に備えるぞ」

「万が一……ですか?」

「オルネラス家が負けた場合のことだ」

「いや、無いっすよ。ラコルデール公爵も、ルブーリ男爵、テルガルド子爵もオルネラス家の味方だそうですよ」

「それでも西周りで攻めて来る可能性はあるだろう」

「そこはフルメリンタの新兵器が固めるらしいですよ」

「はっ? フルメリンタの新兵器だと?」

「あれっ、グエヒさん聞いてないんすか? フルメリンタから新兵器を使う部隊が応援に来てるらしいっすよ」


 フルメリンタと繋がっているとは思っていたが、まさか新兵器の供与まで受けているとは思っていなかった。


「新兵器ってのは、音よりも速く、金属製の鎧も貫くってやつか?」

「そうっす、そうっす、でも色んな種類があるらしいっすよ」

「種類だと?」

「普通の大きさの礫を飛ばすもの、小さい礫を沢山バラ撒くもの、大きな礫を飛ばすもの……って感じらしいっす」

「お前、どこでそんな話を仕入れてくるんだ?」

「屋敷にいる騎士とか兵士とかに、どうなの……って感じで聞くと、色々教えてくれますよ」


 俺は他人との交流が得意ではないと自覚しているが、それにしてもソランケの気軽さには驚かされる。


「だが、攻めて来るであろう国軍は、マスタフォを押し戻した精鋭だろう。簡単にはやられてくれないと思うぞ」

「そうっすね。でも、オルネラス家も勝算無しで独立を画策した訳じゃないでしょうから、国軍を追い払う策は用意しているんじゃないんすか」

「それでも、万が一の場合にも備えておくのが護衛の仕事だ」

「そうっすけど……オルネラス領は逃げ場が無いっすよ。南は海、東は川、逃げるなら北のテルガルド子爵領ですけど、受け入れて貰えますかね?」

「はっきり言って微妙だろうな」


 現状、ルブーリ男爵やテルガルド子爵がオルネラス家の独立に賛成なのは、その方が自領の利益になるからだ。

 独立に失敗して、オルネラス家が利益を貰らさなくなっても味方でいつづけるかどうかは分からない。


 むしろ、利権を握った国王に擦り寄るために、手の平を返す可能性の方が高いだろう。

 ただ、俺達の護衛対象であるカズミ達の価値は、王女派以外の派閥の貴族も認めているので、俺達だけ助かるという道は残されているだろう。


 とはいえ、カズミは身重の体だから、馬に乗ったり、険しい道を馬車で移動するのは難しい。

 状況が切迫する前に動き出したい。


「ソランケ、万が一の際でも追い込まれる前に動き出したい、戦況の変化に気を配っておいてくれ」

「了解っす。でも、元は同じ国同士で戦になるんすかね?」

「なって欲しくは無いが、戦なんてそんなものだろう。ヤバいな、戦になるんじゃないかな……なんて思っていても、実際に戦いが始まるまでは戦にならない、ならないで欲しいと思うもんだ。だから、予感はしていても、唐突に始まったと思うものさ」

「あー……そうっすね。コルド川の向こうにいた連中だって、まさか……って思ってたでしょうしね」


 戦は自分が引き起こさなくても、どこかの誰かが勝手に始めて巻き込まれてしまうものだ。

 唐突に始まったとしても、自分の身を守るだけならば何とかなるが、誰かを守るとなると難易度は跳ね上がる。


「あーあ、ここならノンビリできるかと思ったんですけどねぇ……」

「独立の件が片付くまでは、ノンビリなんかしてられないぞ」

「とか言って、独立の件が片付いたら片付いたで、また何か仕事を押し付けられるんじゃないんすか?」

「当然だろう、食っていくには働かなきゃならないもんだ」

「はぁ……俺は一生ダラダラしてたいんですけどねぇ……」

「なら、先に一生分働くんだな。地位と財産を手に入れれば、一生ダラダラしてられるかもしれんぞ」

「いやぁ、そういうのは違うんすよ。そもそも働かずにダラダラしたいんっすよ」

「お前は……まぁ、変に警戒されるよりはいいのか」

「マジっすか? じゃあダラダラしてていいんすか?」

「駄目に決まってんだろう。ちょっと騎士団の訓練にでも参加して、ついでにネタでも拾って来い」

「訓練とか……無理っす。でも、ネタは拾ってきますよ」


 これ以上、俺と話をしていると、余計な仕事を押し付けられると思ったのか、ソランケはそそくさと出掛けていった。

 とはいえ、俺も仕事らしい仕事は無いので、カズミ達の様子でも見に行くかと部屋を出ると、カズミがネージャと呼ぶ女性が廊下の先から歩いて来るのが見えた。


 カズミが言うには、ネージャはフルメリンタの人間だそうだ。

 どことなく得体の知れない人物に見えるのだが、思い切って声を掛けてみた。


「失礼、ちょっとよろしいでしょか?」

「なんでしょう?」


 ネージャは小首を傾げて、ふっと微笑んでみせた。


「私は王都からカズミ達を護衛してきたグエヒと申します。貴方はフルメリンタの方だとカズミから伺ったのですが……」

「えぇ、そうですよ。フルメリンタにいるキリカゼ卿との連絡役を仰せつかっております。ネージャとお呼び下さい」

「キリカゼ卿というのは、ワイバーン殺しの少年のことですか?」

「そうです。ユート・キリカゼ名誉侯爵様です」

「名誉侯爵というと、貴族としての地位が与えられているのですか?」

「その通りです。ご本人が不要と仰られるので領地はお持ちではありませんが、正式な貴族として他家の皆様からも認められております」


 ユーレフェルトで良いように使われた挙句放り出されたと思っていたが、どうやらフルメリンタでは優遇されているらしい。


「貴方は、カズミ達をフルメリンタに連れて行く役目を担ってらっしゃるのですか?」

「そう思っていただいて結構ですが……反対なされますか?」

「いや、むしろ戦況が悪化した場合には、協力してもらいたいのだが……」

「ご心配無く、いつでも海路で送り出せるように準備は整えてございます」

「では、万が一国軍がオルネラス侯爵領に侵攻してきた時には、カズミ達を船で脱出させてもらえますか?」

「状況次第になりますが、私共もそのつもりでおりますが……グエヒ様はどうされますか?」

「私も状況次第では同行したいと思っていますが……可能ですか?」

「ユーレフェルトの鎧を脱いでいただけるならば……」

「分かりました。その時には、もう一人お願いするかもしれません」

「ソランケ様ですね。問題ございません」

「では、有事の際にはカズミ達を守って港に向かえばよろしいですね?」

「はい、港に到着するまでに、私共の手の者が同行出来るようにしておきます」


 ここ最近のフルメリンタの動向からして、脱出準備を整えている可能性があると思っていたが、俺が考えるよりも周到に準備が整えられているようだ。

 これならば、今後の扱いが不明な北に逃げるよりも、海路でフルメリンタへ脱出した方が良さそうだ。


 あとは、カズミ達がどれだけ準備を整えているかだろう。

 オルネラス侯爵夫人から、何やら依頼をされているらしいが、いざとなったら放り出して逃げる覚悟はしてもらいたい。

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