第183話 内戦へ辿る道

 オルネラス侯爵領を巡る状況は、混迷の度合いを深めていた。

 民衆の声は、これ以上の戦は望まず、国を安定させるべきだという方向に傾いている。


 国王派の最大の後ろ盾であるジロンティーニ公爵家の当主にして、オーガスタの実弟ベネディットは、オルネラス侯爵家討伐に乗り気ではなかった。

 オーガスタに押し切られた形で討伐を認めたが、正直ここまで民衆に反発を食らうとは思っていなかった。


「兄上、一度オルネラス侯爵に弁明の機会を与えられたらいかがです?」

「弁明を聞いてどうするのだ? やつらが独立を諦めるとでも思っているのか?」

「それは……」


 オルネラス侯爵が独立を諦めるとは到底思えない。

 制圧に向かった国軍の兵士たちが目にしたものは、家宰シュロッターと僅かな使用人を除いてもぬけの殻になった屋敷だ。


 既に、ユーレフェルトという国に見切りをつけている何よりの証拠だろう。


「今更、オルネラス侯爵に弁明させたところで時間の無駄だ」

「では、弁明を聞いて検討した結果、独立を認めるというのは……」

「馬鹿か、今更止まれると本気で思っているのか?」


 王都中に檄を飛ばしておいて、やっぱり討伐を止めます、独立を認めますでは、国王としての面子は丸潰れだ。

 それに、国軍は既に遠征軍の編成に取り掛かっている。


 国軍の主力を荷う勢力は旧第二王子派の者達で、オルネラス領を攻め落とし、エーベルヴァイン公爵家を復興させる……という国王の空手形に目が眩んでいた。

 フルメリンタに奇襲を仕掛けて、コルド川の東岸地域を失う切っ掛けを作った者達が、やっぱり遠征は中止ですと言われて止まるはずがない。


 ただし、国軍は動きたくとも動けない状況に陥っている。

 王都からオルネラス領に向かう道筋にあるラコルデール公爵家、ルブーリ男爵家、テルガルド子爵家の三家で、国軍の領内通過を拒否しているのだ。


 中でも、ルブーリ男爵家とテルガルド子爵家は、オルネラス侯爵家に対して敵対の意思はないという使者まで送っている。

 そして、オルネラス侯爵家からもラコルデール公爵家に対して、自分達はユーレフェルト王国に対して敵意を抱いている訳ではなく、独立は国を立て直すための苦肉の策であると弁明の使者が送られた。


 ラコルデール公爵家は王女派の後ろ盾であり、反国王派の筆頭でもある。

 オルネラス侯爵家が独立し、海上交易や塩の利権を独占する形は望ましくないが、国王派が握るよりも遥かに良い。


 双方の利害が一致した結果が、国軍の通過拒否という状況だ。


「ベネディット、まさか国軍の通過を拒んだりしないだろうな」


 ラコルデール公爵家が通過を認めない場合、編成された国軍は王都から西に進路を取り、ジロンティーニ公爵家を通過し、カラブエラ伯爵領、アントゥイ子爵領、マクナハン男爵領を抜けて、西からオルネラス領に向かうしかない。

 逆賊を討つと公言しておきながら、その進路を自国の貴族に阻まれる状況は異常そのものだが、オーガスタに格好つけていられる余裕は無い。


「うちの領地を通過することは認めますが、他の家が認めるとは限りませんよ」

「心配無用だ。奴らはマスタフォの侵略から守ってもらった恩がある。それを仇で返すというのなら、オルネラス諸共葬り去ってやる」


 アントゥイ子爵とマクナハン男爵は、国軍の奮闘によってマスタフォの軍隊から領地を取り戻すことに成功している。

 その国軍から協力を求められれば、無下に断ることは困難だろう。


「それでは、西から回り込む形で遠征を行うのですね?」

「そうだ。今ならまだ国軍は制御可能だが、このまま遠征が出来ない状態が続けば、また暴走しかねない。国軍がラコルデール公爵家攻め込む状況を想像してみろ」

「まさか、そのような事は……」

「絶対に無いと言い切れるか? 我に何の断りも入れずにフルメリンタに奇襲を仕掛けた連中だぞ」


 三大公爵家の一角、ラコルデール公爵家と国軍が戦闘になれば、下手をすれば泥沼の内戦に発展しかねない。


「覚悟を決めろベネディット。国軍は編成を終え次第、西回りでオルネラス領を目指す」

「分かりました。自分も一度領地に戻り、国軍がスムーズに通過出来るように手配をいたします」

「うむ、頼んだぞ」


 鷹揚に頷いてみせたオーガスタに対して、ベネディットは言い知れぬ不安を感じていた。

 ここ数年のオーガスタの決断は、悉く裏目に出ている。


 王子二人を共倒れにさせて、ベネディットの息子アルバートを王配もしくは次の国王に据える状況は作れたが、その代償として国土の三分の一を失っている。

 ただし、それはユーレフェルトという国が失ったもので、ジロンティーニ公爵家が失ったものではない。


 王城から下がったベネディットは、兄オーガスタとの関係に一線を引くことを考え始めていた。

 オーガスタの不始末をジロンティーニ家が背負わなくても済む道を模索しておく必要があると真剣に考え始めていた。


 ユーレフェルトの三大公爵家と謳われるながら、更なる栄達を求めて自滅したエーベルヴァイン公爵家と同じ轍を踏む訳にはいかない。

 公爵家を取り仕切る者として、場合によっては実兄である国王オーガスタを切り捨てる覚悟が必要だという思いを強めた。


 国王と国軍の主力を荷う元第二王子派の面々が、西回りでオルネラス領を目指す決定を下したことは、国軍内の王女派によって外部へと漏洩した。

 王女派の後ろ盾であるラコルデール公爵家と伝わり、そこからオルネラス領へと知らされた。


 この知らせによって振り回されることになったのは、フルメリンタからの派遣部隊を率いるマフェオだ。


「配置変更ですか?」

「はい、どうやら国軍は主要な街道ではなく、西側を遠回りして来るようです」


 マフェオはオルネラス家騎士団の小隊長クダートからの説明を聞いて自分の耳を疑った。

 国王の命令に背いて、公然と国軍の進行を阻むなど、フルメリンタでは考えられないからだ。


「本当に、こちらの守りを固めなくてもよろしいのですか?」

「はい。ラコルデール公爵家、ルブーリ男爵家、テルガルド子爵家とは既に話が付いています」

「本当に大丈夫なんですね? 私はユーレフェルト国内の情勢には疎いので、判断をしかねているのですが……」

「大丈夫です。ただ、西回りで攻め込んでくる国軍の士気は高そうなので……よろしくお願いいたします」


 クダートに案内されて向かったマクナハン男爵家との領地境でマスタフォは首を捻ることになった。


「本当に、この道を進んで来るんですか?」

「はい、マクナハン男爵に続く主要な道はここですので……」


 それまで守りを固めていたテルガルド子爵家との領地境は、王都へと続く広い街道が通っていた。

 馬車を四台横に並べても余裕をもって通れるほどの広い道だったが、マクナハン男爵領へと続く道は、馬車二台が通るのがやっとの幅しかない。


 しかも、道の両脇は水が張られた田んぼで、街道を外れて進むことは不可能に思えた。

 マスタフォは街道と交差する農道や小川の堤などを利用して多重の陣地を設営した。


 陣地の設営中に、部下のブラシエが話し掛けてきた。


「中隊長、こんな何重もの陣地は要らないんじゃないっすか?」

「俺もそう思うが、いつ想定外の事態が起こるとも限らない。例え無駄になっても、備えがあると無いのとでは、戦っている時の安心感が違うからな」

「それもそうっすね」


 田んぼの中の一本道など、銃撃部隊にとってはこれ以上無い良い立地だ。

 鎧を着こんで馬に乗って戦う騎兵は、田んぼの泥の中ではまともに動けないだろう。


 当然、進軍は狭い街道を使うしかなく、銃撃部隊にとっては格好の的だ。


「ブラシエ、大砲も準備しておけよ。大砲の音と威力でビビッて逃げてくれれば、チマチマ追い払うよりも楽だろうからな」

「了解です。この条件で負けたら、フルメリンタ銃撃部隊の名折れですもんね」

「まぁな、こんな場所で俺達と戦おうなんて自殺行為だと思うが、案外敵さんは俺達がいると気付いていないのかもな」

「あぁ、なるほど……銃抜きでの戦いなら、互角か押し込めると考えてるんすかね」

「たぶん、そうじゃないのか」


 実際のところオーガスタの脳裏に、オルネラス公爵家がフルメリンタから新兵器を供与されているという想定はなされていない。

 その上国軍は、マスタフォとの戦いでは相手を圧倒して退けている。


 ユーレフェルトの国軍の幹部たちは、隣国の軍隊を圧倒した部隊が一領地の軍隊に負けるはずが無いと高を括っていた。

 なので、マクナハン男爵領からオルネラス侯爵領へと向かう道も、他に通れる道が無かったから選ばれたにすぎない。


 マフェオ達が陣地を構築し始めた頃、ユーレフェルトの国軍は王都を出発してジロンティーニ公爵領へ向けて進軍を始めていた。

 参加している兵士達の士気は高く、まだ自分達の前途に何が待ち構えているのか想像もしていなかった。

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