第182話 混乱は続く
『ユーレフェルト王国に対し、反旗を翻したオルネラス侯爵を討つ!』
国軍がオルネラス侯爵の屋敷を急襲した翌日、王都には国王オーガスタの檄が飛ばされた。
オルネラス侯爵は宿敵フルメリンタと結び、ユーレフェルト王国の安寧を揺るがす逆賊であるから、国軍の総力をもって殲滅し平定するといった内容だ。
オーガスタにしてみれば、国軍を動かす以上は国民の同意を少しでも取り付けたいという思惑がある。
領土を大きく切り取ったフルメリンタと通じていたと知らせれば、それだけでもオルネラス侯爵への反感が高まると考えたのだが……。
オーガスタは、二つの勢力の存在に気付いていなかった。
一つは、オルネラス侯爵家の家宰シュロッターが築いた人脈だ。
以前からシュロッターは付き合いのある商人達と共に、ユーレフェルト王国の現状を愁い、打開するための策を語り合ってきた。
その中には、当然オルネラス侯爵領が独立して、ユーレフェルトとフルメリンタの間の緩衝地帯としての役割を果たす案も含まれていた。
国王や王家に対して不満を抱き、批判を展開する者は少なくないが、それを踏まえて自分達に出来る方策は無いかと探るシュロッターのような人物は少ない。
しかも、大貴族の家宰のような地位も権限もある人物ともなると、更にその数は少なかった。
王都の商人の多くは、ユーレフェルトとフルメリンタの対立によって街道の往来が閉ざされたことによって、多かれ少なかれ損失を被ってきた。
そうした現状や心情に配慮して打開策を探っていたシュロッターと、戦場から逃げ帰ってきたオーガスタのどちらが支持されるかは言うまでもないだろう。
商人達はオーガスタが飛ばした檄に対して異を唱え、オルネラス侯爵家の真実を語った。
更に、商人達とは別に、積極的にオルネラス侯爵家の正当性を主張して回った者達がいる。
フルメリンタの工作員たちだ。
海野和美をフルメリンタに迎え入れるために活動していたネージャ達が築いた王都での組織は、オルネラス侯爵家が独立に舵を切った後も活動を継続していた。
コルド川から東側の地域を手に入れて、ユーレフェルトの倍の国土を持つようになっても、フルメリンタの国王レンテリオと宰相ユドは手綱を緩めなかった。
工作員ネージャは海野達と共にオルネラス侯爵領へと移動したが、王都に作られた組織は残され、商人達の話を王都の人々に広めていった。
その結果、オーガスタが撒いた檄文は、民衆の支持を得るどころか反感を買うことになった。
「なぜだ! なぜフルメリンタに尻尾を振るような売国奴が支持され、なぜ国を守ろうと奔走している者が非難されねばならんのだ!」
民衆からの支持を失いつつも、オーガスタはオルネラス侯爵領へ派遣する国軍の編成を急がせた。
現在のユーレフェルト国軍は、かつての第二王子派が牛耳っていた組織を国王派と第一王子派でガタガタにした状態からは立ち直っている。
領地も無いエーベルヴァイン公爵家に家督を認めることで、かつての第二王子派の軍属を復権させて組織を立て直したのだ。
オーガスタは、この勢力に餌をチラつかせた。
オルネラス侯爵領を制圧すれば、その一部をエーベルヴァイン公爵領として認めると匂わせたのだ。
エーベルヴァイン公爵領は、コルド川の東にあった。
家督を認めたといっても、領地はフルメリンタのものになっている。
領地を手に入れたければ、フルメリンタから取り戻せ……という無茶な状況なのだ。
それが、オルネラス侯爵領という実入りの良い土地が手に入るかもしれないとなれば、かつての第二王子派の者達が活気付くのも当然だろう。
ただし、あくまでも匂わせただけで確約した訳ではない。
オルネラス侯爵領ほどの大きな利権を持つ土地を、むざむざエーベルヴァイン公爵家に与える気はないのだ。
自分には王家の直轄地もあれば、実家はジロンティーニ公爵家なのだから、これ以上何を望むという状況でも、オーガスタは目先の利を無視できなかった。
オーガスタの目論みによって国軍は盛り上がりを見せているが、だからといって全ての人間がオーガスタを支持している訳ではない。
国軍の中にも王女ブリジットを支持する者達がいて、オルネラス領に対する派兵に反対していた。
それでも軍の編成は進められていたのだが、別の問題が持ち上がった。
それは、オルネラス侯爵領へと向かう道筋の貴族達が協力を拒んできたのだ。
王都からオルネラス侯爵領へと向かうには、三つの領地を通過する必要がある。
北から、ラコルデール公爵家、ルブーリ男爵家、テルガルド子爵家の三家だ。
ラコルデール公爵家は、王妃シャルレーヌの母親の実家で、王女ブリジットの後ろ盾でもある。
そのラコルデール公爵が、性急な派兵には反対し、まずはオルネラス侯爵家の弁明を聞くべきだと言い出したのだ。
ラコルデール公爵は、直接オルネラス侯爵から独立の計画を打ち明けられていた訳ではないが、商人達の話を耳にして、ユーレフェルトにとって利益をもたらす計画だと考えていた。
王女ブリジットを次の国王にしようと画策しているラコルデール公爵とすれば、オーガスタが派兵を行い、制圧に失敗して敗北という形が一番望ましい。
そうなればオーガスタに対する民衆の支持は地の底まで落ち込み、ブリジットの王位継承は決定的となるだろう。
だが、体制を立て直した国軍は、アントゥイ子爵領とマクナハン男爵領に攻め入った隣国マスタフォの軍勢を押し返している。
その戦いによって消耗はしているが、オルネラス侯爵領の制圧は可能だろう。
国軍がオルネラス侯爵領を制圧してしまえば、海洋交易の利権と塩が国王派に渡ってしまう。
いくら民衆からは不人気であっても、交易と塩という二つの利権を握られるのは王女派にとっては大きな痛手となる。
そこで、ラコルデール公爵は派兵に反対を表明した。
かつての三大公爵家、今はユーレフェルト最大の公爵家であるラコルデール家が反対すれば、派兵はとん挫せざるを得ない。
ラコルデール公爵家が自領を通過することを認めなければ、国軍は大きく西に回ってアントゥイ子爵領やマクナハン男爵領などを通ってオルネラス侯爵領に向かうしかない。
国に逆らい、謀反を起こしたオルネラス侯爵を討つために、国軍が理由もなく周り道をすれば、大義名分が揺らいでしまう。
更にラコルデール公爵は、国軍内部にいる王女派の勢力から得た派兵に関する情報をオルネラス侯爵領へと届けさせた。
オーガスタからしてみれば、身内にスパイを抱え、身内から妨害される状態で戦わなければならないのだ。
ラコルデール公爵だけでなく、オルネラス侯爵領への道筋である、ルブーリ男爵家、テルガルド子爵も派兵に反対し始めた。
ルブーリ男爵家、テルガルド子爵にとっては、国軍とオルネラス侯爵家が戦うような状況となれば、自領で戦闘が行われる可能性がある。
国軍優位と言われていても、オルネラス侯爵側がゲリラ戦などを行えば、住民にまで被害が及ぶおそれがある。
戦いが長引けば、オルネラス侯爵家から塩の流通を止められる可能性がある。
それに、オルネラス侯爵家の独立が認められた場合、街道を通る荷物の量は各段に増えるだろう。
人や物が動けば、当然金が落ちる。
自領の物産を輸出出来るチャンスも広がるし、経済的には間違いなくプラスだ。
ルブーリ男爵家とテルガルド子爵にとっては、国軍が派遣されずにオルネラス侯爵家の独立が認められるという筋書きがベストなのだ。
どちらの家も、早々にオルネラス侯爵家へ使者を送り、自分達は独立に賛成しているから敵対する意志は無いと申し送った。
そしてオルネラス侯爵家は、シュロッターの訃報が届けられた直後から、猛然と国王オーガスタへの非難を行った。
国を思うがための献策を行った者を逆賊呼ばわりして処刑するなど言語道断であり、国王オーガスタは国を亡ぼす愚王であると語気を強めた。
周辺の領地に対しても使者を送り、利を解き、独立への支持を訴えた。
その一方で、国軍の派兵規模が想定を上回っていると知ると、フルメリンタに対して銃撃部隊の増援を願い出た。
銃撃部隊は、今やフルメリンタ軍の要となっているために大幅な増員は叶わなかったが、その代わりとして改良版の大砲が送られてきた。
砲身の角度を調整できる台座に据えられ、銃弾を大きくした形の新型の砲弾を使うことで、運用効率が格段に上がっている。
様々な思惑が交錯して、実際にオルネラス侯爵領への派兵が行われるか否か。混沌とした状況は続く。
ユーレフェルト国民にとっての不幸は、どの陣営も自分達の利益を優先し、民衆にとっての利益を考えている者が一人もいないことだろう。
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