第179話 派遣部隊

※今回は銃撃部隊で新川や三森の上官だったマフェオの話になります。


 ユーレフェルトとの戦は、思っていたよりも呆気なく終わった。

 セゴビア大橋が見える地点まで辿り着くのに三つの城を落としてきたのだが、砲撃で門を破り、散弾銃を持った連中を中心に制圧を行うという手順で、苦も無く落城させられた。


 砲撃の大音響と威力で、相手の戦意までもが砕けてしまった感じだ。

 集団魔法よりも少ない人数で、遥かに高い威力の攻撃が出来る。


 城を守っている側にすれば、簡単には破られないと思っている門が、ほんの数舜で粉々に砕かれてしまうのだから、自信が揺らぐのも無理は無いだろう。

 更に、制圧に使われる散弾の効果も絶大だった。


 個人が使う魔法よりも早く、鎧すら貫通する威力で小さな弾がバラ撒かれるのだから、食う側の人間にすれば悪夢のようだろう。

 攻める側からすれば、だいたいの狙いをつけて発射するだけで良いのだから、精神的な優位度に天と地ほどの差があったはずだ。


 戦の終盤、俺は上官からの要求に応える形で、いくつかの作戦を上奏した。

 と言っても、考えたのはタクマだったのだが、その作戦は両方とも嵌り、戦局を大きく動かした。


 その結果として、俺は分隊長から中隊長へと昇進することになった。

 まさに、軍師タクマ様々だ。


 フルメリンタでは、小隊は兵士三十人に小隊長一人、中隊は小隊五つで構成される。

 つまり、俺は五倍の部下を持つポジションになった訳だ。


 とは言っても、同じ銃撃部隊なので、隊員は知っている連中ばかりだ。

 フルメリンタとの戦も一段落して、これからは国境線の警備が主な任務かと思っていたら、俺には昇進と共に派遣任務の辞令が下された。


「はぁ? ユーレフェルトへの派遣でありますか?」


 大隊長から下された任務は、ユーレフェルト王国オルネラス侯爵領への派遣任務だった。


「いいや、正確にはユーレフェルト王国からの独立を目指すオルネラス侯爵領への派遣任務だ」

「それは、フルメリンタが更なる領土の獲得を目指すということですか?」

「いいや、いずれフルメリンタが取り込むとしても、現時点ではオルネラス侯爵領の分離独立を支援する形だ」


 大隊長の話では、オルネラス侯爵領に対しては戦の間も調略が試みられていたそうだ。

 オルネラス侯爵領は、キュベイラム伯爵領に対しての川を越えての補給を絶つためにオルネラス侯爵への働きかけを行っていた。


 キュベイラム伯爵がフルメリンタに寝返る決断をした今は、補給を絶つためにオルネラス侯爵に働きかける必要は無くなったが、別の必要性が生じているらしい。

 それは、交易の問題だ。

 これまでは、フルメリンタとユーレフェルトは、国境線での小競り合いはあったにせよ、貿易の相手としての付き合いは続けられていた。


 だが、今回の戦によって敵対の度合いが先鋭化し、街道を往来しての貿易の再開には時間が掛かりそうな状態だ。

 そこで重要度が増したのが、ユーレフェルトの海上貿易の玄関口でもあるオルネラス侯爵領の存在だ。


 オルネラス領がユーレフェルトから分離独立すれば、貿易のための緩衝地帯としての役割を果たすことになる。

 海上貿易だけでなく、キュベイラム伯爵から川を渡ればオルネラス領に入れる。


 将来的に、コルド川を渡る橋を架ければ、陸路での交易も可能になるのだ。

 ただし、それはオルネラス侯爵領の分離独立が、円満に認められれば……の話だ。


 独立を宣言しました、ユーレフェルトの国軍に攻め込まれて制圧されました……では、独立なんて夢のまた夢になってしまう。

 そのためには、オルネラス侯爵がユーレフェルト王家と対等に交渉する必要がある。


 オルネラス侯爵家は、ユーレフェルトではナンバー3の大貴族だ。

 かつては、エーベルヴァイン家、ラコルデール家、ジロンティーニ家の三家がユーレフェルトの三大貴族と言われていたが、エーベルヴァイン家は事実上消滅している。


 この三家に続くのが、オルネラス侯爵だと言われているそうだ。

 経済規模ならば、現在のユーレフェルト王国と対等に交渉出来るだけの力がある。


 だが、兵力の面では大きな差があるらしい。

 国軍に加えて境を接する貴族たちも協力した場合、オルネラス領が対抗するのは絶対的な兵の数を考慮すると難しい。


 そこで、その兵力の差を埋めるために、俺達銃撃部隊が選ばれたという訳だ。

 俺達銃撃部隊は、攻め込んで来る連中に対しては滅法強い。


 銃撃部隊が一中隊あれば、ユーレフェルトの騎兵隊を圧倒できる。

 そこにオルネラスの領兵が加われば、十分にユーレフェルトの国軍に対抗できるという計算らしい。


「うちの宰相殿の見通しでは、本格的な戦闘になる可能性は低いそうだし、当然派遣に対する手当も出るから行って来い」

「大隊長、ちょっと酒買って来いみたいに軽く言われても……」

「嫌って言うなら降格も覚悟しとけよ」

「はぁ……分かりました。行けばいいんですよね」

「まぁ、そんな嫌そうな顔すんな。たぶん、オルネラス領にとっては命綱みたいな存在になるんだから、酷い待遇は受けないはずだぞ」

「だといいですけど、弾薬の補給だけはお願いしますよ」

「心配すんな、連絡要員は用意するし、キュベイラム伯爵領はフルメリンタの国境線にもなるから、元々部隊を展開する予定だから補給はする。ただし、川を挟んでの補給になるから、天候次第では難しくなるからな、その辺りは気をつけろよ」

「分かりました」


 かくして俺は、またしてもフルメリンタの地を離れて、違う国へと足を踏み入れることになった。

 率いる五人の小隊長の中には、班長から昇格したブラシエもいた。


「小隊……じゃなかった、中隊長、到着しますよ」

「おぅ、もう着くのか、意外に早いな」

「まぁ、見える距離ですからね」


 セゴビア大橋の袂から陸路で南下し、キュベイラム領から渡し船でオルネラス領へと入る。

 ここの渡し船は特殊な形をしていて、馬車ごと乗り込んで運べるようになっていた。


 大型の馬車二台が船の中央に乗せられ、両舷の水夫がオールで漕いで川を渡る。

 船の前後は跳ね橋のようになっていて、馬車はそのまま対岸に上がれるようになっていた。


 渡し船を降りると、オルネラス家の騎士が迎えに来ていた。


「ようこそいらっしゃいました、自分はオルネラス騎士団第五小隊隊長クダートと申します。皆様のご案内役を仰せつかっております」

「フルメリンタ銃撃部隊、第二中隊隊長マフェオです。よろしくお願いします」

「はっ! こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 クダートは俺よりも五つ以上年下だろう。

 キビキビとしていて、新兵のような初々しさを感じるが、小隊を預かる隊長ならばそれなりの経験を積んでいるはずだ。


「それで、我々はどこを守ればよろしいのですか?」

「はい、皆様にはテルガルド子爵領との領地境を固めていただきます」


 目的地へと向かう道すがらクダートから聞いた話によれば、ユーレフェルトの王都からオルネラス領までの間には、三つの領地があるそうだ。

 一つは、王家直轄領に隣接するラコルデール公爵領で、第二王妃の実家にあたるそうだ。


 現在、ユーレフェルト王国は国王派と第二王女派に分断されている状況だそうで、第二王女の母親が第二王妃だそうだ。

 王都からオルネラス領へと向かう街道は、ラコルデール公爵領を通り抜けると、ルブーリ男爵領をかめるように通り、テルガルド子爵領へ入る。


 テルガルド子爵領を抜けた先がオルネラス侯爵領で、この街道はユーレフェルトの海上交易のための道でもあるそうだ。


「街道を固めるだけ良いのですか?」

「街道以外にも間道はいくつかありますが、大人数の部隊や騎兵隊を進ませるには街道を利用するはずです」


 そもそも、今回ユーレフェルトとオルネラス領が仲違いをして分離独立する場合、ユーレフェルトの戦の大義は逆族の討伐になる。

 逆族を討つ軍勢が、間道をコソコソと進むのは格好が付かないし、大義名分が揺らいでしまう。


 勿論、オルネラス家としては間道への備えも行うが、主戦場になるとしたら街道だと想定しているそうだ。


「中隊長、なかなか良いんじゃないですか?」

「そうだな、俺達にはお誂え向きだ」


 クダートに案内された領地境の砦は、なだらかな坂の上にあり、街道と両脇に広がる草原を一望の下に見渡せた。

 長銃を使った狙撃を行うには、絶好の場所と言っても良いだろう。


 今回、俺達が持ち込んだのは、動作の安定している単発式の長銃百七十丁と弾薬だ。

 銃の扱いに関してはオルネラス領の人間に伝えても良いが、弾丸の製造に関しては一切の情報漏洩を禁じられている。


 これは、将来的に銃と弾薬の輸出も視野に入れているかららしい。

 銃に関しては、実物を目にしていれば見よう見真似で作れるようになるだろうが、弾薬……特に火薬に関しては情報を提供しない限り複製は難しいはずだ。


 将来的に銃は真似されても、弾薬はフルメリンタから買う必要がある……という状況を作りたいようだ。

 弾薬さえ真似されなければ、仮に敵対することになっても弾薬の供給を止めれば良くなるし、弾薬を専売にすればフルメリンタは儲かり続けるという訳だ。


 領地境の砦には、我々フルメリンタの銃撃部隊が駐屯するための新たな宿舎が建てられていた。

 全員分の個室に、俺のための執務室、会議室、風呂場や食堂も併設されていた。


 長期の滞在にも耐えられるというか、少し手狭な旅館の一室に見える

 これだけの設備を用意しているのを見ても、我々が冷遇される心配は殆ど無いようだ。


「中隊長、訓練はどうしますか?」

「そいつは、ここの責任者と相談してから決めるさ」


 大隊長に、ちょっと行って来いみたいな軽い調子で送り出されたが、どうやら今度の任務は簡単に終わらなそうな気がしてきた。

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