第178話 弟子

※今回は海野和美目線の話です。


「おはようございます、カズミ様。本日も、よろしくお願いいたします」

「おはよう、マリーニ」


 オルネラス侯爵領に到着して三日目、弟子ができた。

 マリーニは今年十三歳になったばかりで、茶色の髪にクリクリっとした黒目がちの瞳で、なんとなくリスっぽい感じの女の子だ。


 光属性の魔法が使えるが、魔力量が足りないせいで治癒士としての将来は危ぶまれていたらしい。

 そんなマリーニの話を聞いた侯爵夫人が、エステならば魔力が少なくても出来るのではないかと考えたらしい。


 正直に言うと、あまり期待していなかった。

 私は直接手を触れている所から、一センチ程度の距離までしか治癒魔法を届けられないが、魔力量に関してはむしろ多い部類に入る。


 エステでは、オイルを使ったマッサージをしながら治癒魔法を使い、老化した肌を活性化させて肌年齢を大幅に改善させている。

 なので、エステならば魔力が少なくても大丈夫という考えは正しくない。


 マリーニに、私と同じエステが出来るようになるのか分からないが、育てないという選択肢は無い。

 逆に、マリーニが私の代わりを務められるようになったら、フルメリンタ行きが認められるのだ。


 現在、オルネラス侯爵家はユーレフェルト王国からの独立を画策している。

 まだ、ユーレフェルト王家に対して正式な独立宣言は行われていないが、オルネラス侯爵が王都から戻り次第、正式な使者が出向く手筈になっているそうだ。


 オルネラス侯爵が独立を考えたのは、現在のユーレフェルト王家が全く頼りにならないからだ。

 次の王位を巡って第一王子派と第二王子派が対立して、その結果、二人の王子が共に命を落としただけでなく、長年に渡って敵対してきた隣国フルメリンタに領土を奪われてしまった。


 これまでフルメリンタとは敵対関係にありつつも、人々の往来は普通に行われていたし、貿易も行われてきた。

 それが今や、街道の往来は差し止められ、貿易も全面的に止められている。


 これは、海上交易で栄えているオルネラス侯爵家にとって喜ばしい状況ではない。

 実際、フルメリンタとの取り引きが止まってしまったせいで、オルネラス領の税収は大きく落ち込んだままらしい。


 そんな時に、フルメリンタから寝返らないかと打診を受けたそうだ。

 オルネラス家がユーレフェルトから独立する場合、問題となるのは戦力の格差だ。


 腐っても王家ではないが、屋台骨がグラグラと揺らいでいる状態だが、それでも王家はオルネラス侯爵家の数倍から十数倍の兵を動かせる。


 あらかじめ戦場を選んで罠を仕掛けようとも、数倍の数の敵と戦うのは難しい。

 オルネラス侯爵家は、その戦力差をフルメリンタから借り受ける鉄砲隊によって埋めることにしたそうだ。


 鉄砲の威力は剣や槍と攻撃魔法に頼ったこれまでの戦いを一変させたらしい。

 前回の戦争でユーレフェルトが惨敗した要因の一つが鉄砲だったらしい。


 鉄砲と火薬に関する知識をフルメリンタに伝えたのは、新川君と三森君だそうだ。

 二人は鉄砲に関する知識を提供することで、過酷な戦争奴隷という環境から抜け出したそうだ。


 フルメリンタが、その虎の子の鉄砲隊を貸し出す理由は、オルネラス侯爵領を交易の中継地とするためらしい。

 ユーレフェルトとはコルド川東岸地域を制圧したことで、決定的な敵対状態に陥っている。


 その為、現状では街道を通っての貿易再開の目途は立っていない。

 ユーレフェルトとの交易が止まってしまうのは、、フルメリンタとしても好ましい状況ではない。


 そこでオルネラス侯爵領を独立させて、ユーレフェルトとのあいだのクッションにしようというのがフルメリンタの狙いだそうだ。

 実際、フルメリンタもユーレフェルトも、感情的には敵意を抱いていても、実利を考えるならば貿易を続けられる方が良いのだ。


 なので、オルネラス侯爵領は円満に独立を成し遂げなければならないのだが、実利を考えればユーレフェルトが応じる可能性は高いようだ。

 フルメリンタが鉄砲隊を貸し出す条件は、鉄砲を扱うのはあくまでもフルメリンタの兵士で、鉄砲単体ではオルネラス侯爵家には貸与しないそうだ。


 もう一つの条件が、私の引き渡しだそうだ。

 どうやら、霧風君がフルメリンタ王家に対して強力に働きかけてくれているらしい。


 私をフルメリンタに引き渡す期限は、オルネラス侯爵家が正式にユーレフェルトから独立してから一年以内。

 つまり、それまでに私は弟子を育てなければならないという訳だ。


 ちなみに、涼子と亜夢にも弟子が付いた。

 涼子達のマッサージによる疲労回復効果が認められ、オルネラス侯爵家の騎士団で採用されることになったそうだ。


 疲弊した兵士が回復すれば、同じ人数でも戦力は上がる。

 訓練中の兵士にマッサージを施せば、訓練の効率が上がって実戦可能なレベルに早く到達できるという訳だ。


 日本の知識で考えても、超回復を促進できるならば、筋力アップも効率良くできそうだ。

 ただし、教えるのは簡単ではない。


 そもそも、人体の仕組みに関しての知識レベルが違っている。

 細胞とか、血液とか、リンパ液とか、皮膚が出来る過程、成長する過程、老化とは……など、自分達もうろ覚えの知識を共有することから始めなければならない。


 つまり、涼子と亜夢にも弟子が付いたと言ったが、実質的に教えているのは涼子だ。

 亜夢は知識ではなく感覚的にマッサージをしているので、それを噛み砕いて教えるのは、ほぼほぼ不可能なようだ。


 というか、亜夢の説明自体、ググっと……とか、ムニョンって感じ……とか、殆どが擬音だから理解しろという方が無茶だろう。

 その結果、弟子は涼子が面倒をみて、亜夢はへそを曲げてしまった。


「まぁ、亜夢の技術は真似の出来ない高度なものだから仕方ないよ」

「でしょう、そうなんだよねぇ、あたしのマッサージは真似の出来ないハイレベルなマッサージだから仕方ないよねぇ」

「いつか亜夢に匹敵する天才が現れるまでは無理かもね」

「でしょう! ホント困ったものだよねぇ」


 うんうん、ホントに困ったものだ。

 それでも、これで機嫌が直るのだから、扱いやすいといえば扱いやすいのかなぁ。


 私はマリーニに、基礎的な人体の知識を教えつつ、まずはエステの様子を見せて手順から覚えさせている。

 手順を覚えさせれば、施術の準備や後片付けも出来るようになるし、あとは治癒魔法をどう使うか感覚を掴んでしまえば一人でも施術出来るようになるはずだ。


 マリーニは真面目というか、何としても技術を会得しようと取り組んでくれているので、遠からず施術は出来るようになると思う。

 あとは魔力の量だが、そこは教えられるものではないので、自分で工夫してもらうしかないだろう。


 仕事に関しては、ほぼ言うことは無いマリーニだが、仕事以外のでちょっと困っている。

 それは、思春期というか、お年頃というか、恋愛や性に関して興味津々で、色々と質問されているのだ。


 恋をするのはどんな感じなんですか……とか、愛と恋はどう違うんですか……とか、初めての時は痛かったですか……とか、もっと際どい質問もぶつけられている。

 悪意があって聞いているのではないと分かっているし、純粋な好奇心で聞いているのだろうけど、答える方としては気恥ずかしいのだ。


 それに、質問されるのは休憩の時間なので、亜夢や涼子、二人の弟子まで一緒になって質問してくるから、ここ最近は毎日赤面させられている。

 はぁ……私だって、そんなに経験豊富じゃないんだけどなぁ……。


 それでも、霧風君と再会できる可能性が日毎に高まっている感じがして、今は毎日が楽しい。

 ただし、まだオルネラス侯爵家の独立は認められていないし、最悪の場合には戦争になる可能性も残っている。


 でも今は、マリーニを育ててしまえばフルメリンタに行ける可能性が高まるのだから、自分に出来ることを日々続けていくしかないのだろう。

 日程的には、オルネラス侯爵領で出産して、落ち着いてからフルメリンタに向かうことになるのだろうなぁ……。


 あぁ、早く霧風君に会いたい。

 そして、早くお腹の中の新しい命と会いたい。

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