第177話 お調子者
※今回は三森拓真目線の話になります。
ヤベぇ、富井にOKもらえた。
前回のやらかしがあったから、今回もOKしてもらえるなんて思っていなかった。
勝算は、ほぼほぼゼロだと思っていたけれど、酒が入って気分が大きくなっていたのもあるのだろうが、俺の気持ちを伝えずにはいられなかった。
正直、今日という日が来るまでに、何度気が狂いそうになったか分からない。
自分が大好きな女の子が、見ず知らずの野郎どもの慰み物にされているなんて考えたら、落ち着いてなんかいられない。
世の中には寝取られ性癖なんてものがあるらしいが、俺には全く理解できない。
自分の想い人が、そんな状況に置かれているなんて考えたら、怒りと吐き気しか湧いてこなかった。
同時に、もし再会出来たらと考えた時には、富井と向き合えるのか不安でしかたなかった。
身も心も変わり果てた姿になっていたら、それでも俺は富井を好きでいられるのか、汚れていると感じて引いてしまわないか、自信がもてなかった。
自信の無さには、俺自身の置かれている状況も影響していたように感じる。
戦争奴隷として、鉱山で人間として扱われない日々、仲間が倒れても手を差し伸べるどころか、墓穴を掘って埋めてやることしか出来ない状況で、自分に自信を持つなんて不可能だった。
実際、国崎が死んで新川と二人きりになってしまった時には、もう駄目だと諦めかけていた。
俺が先に死んだら、新川は墓を掘ってくれるだろうか……なんて真剣に考えていた。
新川が火薬の情報を求める兵士との交渉に勝って、奴隷から解放されると分かった時には、恥も外聞も無く泣いた。
思い返してみると、国崎の埋葬をした所がどん底で、そこから一気に状況が上向き始めた。
まともな服を与えられ、まともな食事を口にして、まともな部屋で眠れるようになると、俺の心の持ち様にも変化が訪れた。
俺は新川に救われた、今度は俺が富井を救うんだという気持ちが日毎に増していった。
ただ、消息すら掴めない状況で、もう駄目なんじゃないかという不安や焦りもあった。
だから、突然富井が訊ねて来たと聞いた時に、胸に抱え続けてきた思いを抑えきれず、後先考えないプロポーズなんて行動に出てしまったのだ。
今思えば、俺達と同じく戦争奴隷から解放されたばかりの富井が、付き合ってもいなかった俺のプロポーズなんて受け入れるはずがない。
俺達よりも遥かに酷い傷を心にも体にも負ったはずの富井は、それでも復讐とか憎しみを捨てて前に進もうとしていた。
俺が勝手に思い描いていた姿よりも、遥かに富井は逞しく、美しく、輝いて見えた。
プロポーズは失敗に終わったが、俺は富井に惚れ直した。
この女性と将来を共にしたい、俺が守るんじゃなくて、一緒に幸せになりたいと心から思った。
どうすれば富井と一緒になれるか、そればかり考えるようになった。
それには、軍から身を引いて、自立出来るようにならなきゃいけない。
新川に頼るところは大きかったけど、俺に出来ることを少しでも探して、実績を残して、軍から離れるタイミングを見計らっていた。
フルメリンタの王都で牛丼屋を開くという夢に向かって歩き始めた富井に追い付いて、肩を並べて歩く自分の姿を想像しながら毎日を過ごした。
幸運にも、俺が進言した夜襲や砲撃の作戦が功を奏して、フルメリンタが勝利を収める役に立てた。
そして、銃撃部隊の上官マフェオさんは、手柄を独り占めするどころか、全部タクマのおかげだと言ってくれた。
夜襲も対岸への砲撃も、思い付きと偶然による戦果を生んだだけなのだが、名誉子爵という地位を手にいれることが出来た。
正直、子爵なんて言われても、全くピンとこないし、実感なんてまるで無い。
それでも、このフルメリンタという国で、三森拓真という人間が認められたという思いはあった。
だから富井と再会して、胸に抱えていた思いを伝えずにはいられなかったのだ。
OKをもらって、俺としては一晩中語り明かしたかったのだが、富井は明日も仕事があるそうで自分の部屋へと戻った。
俺と新川、それにヤーセルさんは、霧風の家の客間に泊まることになった。
「あぁ、やべぇよ新川、今夜は眠れそうもないよ」
「はいはい、そーですねー……」
「なぁなぁ、これからどうしたらいいのかなぁ? 俺、女の子と付き合うなんて初めてだからさ」
「あー……手ぇ繋いでデートすりゃいいんじゃねぇの?」
「なんだよ、冷てぇじゃねぇかよ、ちょっとは真面目に考えてくれよ」
「はぁ? 王都の人々に東京生まれのバカップルを披露すればいいんじゃねぇの?」
俺が真面目に相談しているのに、新川はいつになく機嫌が悪そうに見える。
「あぁ、あれか? どうせ俺が富井に振られると思ってたのに当てがハズレたってか? 俺達がラブラブになっちゃって、一人取り残されて寂しいってか? そうか、そうか、ねぇねぇ、今どんな気持ち、今どんな気持ち?」
「うっぜぇ! マジでうぜぇ!」
「うはははは!」
富井と付き合うことになって、世の中がバラ色に輝いてみえる。
この幸せを新川にも分けてあげないと駄目だよな。
なにせ、新川には戦争奴隷から救ってもらった恩もあるしな。
「そんなに真面目に考えてほしいって言うなら、マジで考えてやるけどさ。お前、この先どうやって暮らすつもりだ?」
「そりゃあ、毎日富井と……いや、多恵とラブラブな……」
「ちげぇよ! そんな事を聞いてんじゃねぇよ。何で稼いで、どこに住んで、どんな暮らしをしていくのか聞いてんだ」
「何で稼ぐって、名誉子爵の恩給で贅沢しなきゃ暮らしていけんじゃねぇの?」
「それじゃあ、お前は毎日なにもしないでブラブラしてるつもりか?」
「えっ、そりゃ何か仕事はするよ」
「何かってなんだ?」
新川が追及してくるけど、正直なんも考えてない。
「牛丼屋……は、まだだから、どこかの食堂で働くとか、なんなら多恵と同じ店で働いても
……」
「ばーか! 俺達は貴族になったんだぞ、そんな仕事が許される訳ねぇだろうが」
「えっ……そうか、それもそうか。だったら、爵位を返上して下働きから……」
「ばーか! せっかく貰った地位を捨てるとか馬鹿かよ。てか、爵位を返上して一般人になったとして、お前どうやって稼ぐ気だよ」
「そりゃあ、肉体労働でも何でもやって……」
「家は? 住む場所は? 名誉子爵なら、この霧風の家みたいに斡旋してくれるかもしれないぞ」
「住むとこぐらいは何とか……」
「本当になると思うか? 一人じゃないんだぞ、富井も一緒ならそれなりの広さもいるだろうし、だいたい王都の家賃とか俺ら何も知らないじゃないか」
「確かに……」
富井にOKを貰って浮かれていたが、今の俺は中途半端な状況に置かれているようだ。
「まぁまぁ、お二人とも、難しい話はそのくらいにしておきましょう。今日は我々がフルメリンタ貴族として認められた記念すべき日なのですから」
「すみません、ヤーセルさん。この野郎が調子くれてるから、つい……」
「悪かったな、でも今日ぐらい調子に乗らせろよ」
「ものには限度ってもんがあるんだ。三森、手前はウザすぎだ!」
「はいはい、そこまで。二人ともフルメリンタの子爵様なんだから、少しは自覚を持ってもらわないと困りますよ」
苦笑いを浮かべているヤーセルさんのおかげで、新川との決定的な対立は回避できそうだ。
「いいですか、お二人は貴族というものに馴染みが無いようなので言っておきますよ。例え名誉貴族であろうとも、その地位は簡単に剥奪などできませんし、一般の市民が盾突くなど言語道断というぐらいの権限があるんですよ。さっきキョーイチが言っていた通り、荷運びや下働きなんて出来ませんし、やってはいけません。その代わりとして、私なら領地、お二人には恩給が支払われるのですからね」
「でも、爵位を返上すれば……」
「タクマ、それこそ国に反逆の意図があると思われても仕方のない行為ですよ」
「げぇ……そうなんすか」
「当然です。国王陛下が直々に叙任したものを突き返すのですから、決別する意思だと捉えられても仕方ないでしょう」
国王から直接叙任されるのは凄いことだとは思っていたが、ヤーセルさんから言われて改めて爵位の重さを実感した。
「タクマの場合、名誉子爵ですから普通の貴族よりは融通が利くとは思いますが、それでも貴族としての付き合いもしていく必要があるでしょう。正直、私も面倒だとは思っていますが、これは選ばれた者の定めですから諦めて下さい」
「貴族としての付き合いと言われても、どうすりゃ良いのか……」
「それこそ、キリカゼ卿に教えてもらえば良いのですよ。まずは貴族としての生活の基盤を築いて、それからどう生きていくのか考えれば良いのではないですか? おそらく、国からはお二人を補助する人材や住居が紹介されるはずですよ」
「新川、なんだか気が重くなってきたんだけど」
「奇遇だな、俺もだ」
「明日、霧風に相談してみっか?」
「あとは宰相か、その部下か……いずれにしても、俺達だけじゃどうにもならんぞ」
「だな」
舞い上がっていた気分は醒めて、一気に現実に引き戻された。
だが、戦争奴隷として足掻いていた頃に比べれば、死ぬ訳でもないし何とでもなるだろう。
そもそも、俺達から貴族にしてくれと頼んだ訳でもないし、俺達を繋ぎ留めるために貴族の地位を用意したのだろうから、その期待に応えるだけだ。
「お二人とも、重責を感じるかもしれませんが、その歳でこの重圧を感じられるのは本当に選ばれた人間だけですよ。戦場で肩を並べて戦っていた人達も、次に会う時には我々に敬礼を捧げる立場です。責任はありますが、今は選ばれた栄誉を喜びましょう」
「はい、そうですね」
「ただし、三森は浮かれすぎだからな!」
「分かってるって、男の嫉妬はみっともないぞ、新川」
「うっぜぇ……爆発してろ」
「おぉ、それ一回言われてみたかったんだ。今までは言う立場だったからな」
「なんですか、それ?」
リア充へのお約束についてヤーセルさんに説明すると、なるほど……と納得して笑っていた。
この後も、貴族としての務めとか、色んな話を夜が更けるのも忘れて語り合った。
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