第176話 本日の主役
※今回は新川恭一目線の話になります。
王城から馬車に乗って霧風の家に向かう。
食事会の準備をしてくれているそうだ。
「霧風の家って、霧風のものなのか?」
「そうだよ。宰相のユドさんに斡旋してもらったんだ」
三森の質問に事も無げに霧風は答えたが、いくら異世界だからといっても、俺達の年で家を持っているのは凄くないか。
しかも馬車が到着したのは、東京だったら屋敷と呼ぶのが相応しい建物だった。
「ようこそ、我が家へ。さぁ、入って入って」
「マジかよ、お屋敷じゃねぇか」
「貴族の子供を相手に痣を除去する施術をやってるから、このぐらいの建物じゃないと格好がつかないんだよ」
ヤ―セルさんは、一度訪ねて来たことがあるそうで驚いた様子はないが、俺と三森はあっけに取られている。
周辺が貴族の屋敷なので、それに比べると確かに小振りだが、それでも相当な広さがある。
「おかえりなさい、ユート」
「ただいま。新川、三森、紹介するね、俺の奥さん」
「アラセリです。初めまして、シンカワ卿、ミモリ卿」
「初めまして、キョウイチ・シンカワです」
「ど、どうも……タクマ・ミモリです」
紹介されたアラセリさんは、俺達よりも少し年上に見える落ち着いた感じの女性で、お世辞抜きにかなりの美人だ。
「ちなみに、うちの奥さんは俺よりも強いからね。セクハラするなら相応の覚悟をしておいてくれ」
以前、ヤーセルさんから少し話を聞いたが、霧風がワイバーンと戦った時には、行動を共にして死線を潜り抜けてきたらしい。
「アラセリ、富井さんは?」
「夜の仕込みまでは手伝ってから戻って来るって言ってたから、そろそろ帰ってくると思うけど……」
三森がキョロキョロしていたのは、霧風の屋敷に興味があるのではなくて、同居している富井の姿を探していたのか。
「三森、そんなに焦るな」
「べ、別に焦ってなんかいないぞ」
「そうか、また暴走してプロポーズとかすんなよ」
「馬鹿、暴走なんかしねぇよ。俺は、あれが通常運転だからな」
「おいっ! どこまで暴走するつもりだよ」
「大丈夫だよ。期待は裏切らないからさ」
「おいっ! 玉砕した後に慰める身にもなれ!」
「まぁまぁ、その時は諦めてくれ」
霧風に促されて家に入ったのだが、三森の妙な落ち着きというか、覚悟を決めたような顔付きに嫌な予感を覚えてしまう。
広い食堂には、見た目にも豪華な料理が並べられ、パーティーの準備が整えられていた。
堅苦しい上着を脱いで、シャツの襟元を緩めたところで、富井が仕事から帰ってきた。
「おーっ、新川も三森も久しぶり、元気そうじゃん!」
「おぅ、富井も元気そうだな」
「久しぶり、富井さん。無事に戻ってきたよ」
「おぉ、偉い偉い、もう戦争には行かなくてもいいんだろう?」
「分からないけど、たぶんね」
富井の姿を見た途端、三森は笑みがこぼれるのを抑えられないようだ。
じゃれつく子犬みたいで、飛び掛かるんじゃないかとハラハラするぐらいだ。
「では、全員揃ったから始めようか。皆の無事と再会を祝して!」
「乾杯!」
宴会用の料理は、どれも既に切り分けられていて、取り分けた後は箸を使って食べるようになっていた。
軍の施設でもビュッフェスタイルで食事をする事があるが、大抵はフォークで食べるようになっている。
ヤ―セルさんにはフォークを用意しているが、俺達には箸を用意するとは心憎い演出だ。
「やっぱ、箸はいいな。霧風、どこで買ったんだ?」
「職人さんに作ってもらった」
「マジか!」
「お土産用に、箸入れも用意してあるから、帰る時に渡すよ」
「ありがてぇ!」
箸は黒っぽい木を削ったもので、手元は四角、箸先は丸くなっている。
滑らかに、適度に面取りがされていて、すごく手に馴染む。
霧風の話によれば、フルメリンタに来た後、日本の算盤を伝えたそうだ。
算盤の製作を頼んだ木工職人に、この箸も頼んだそうだ。
日本の技術を伝えるために、色んな職人と繋がりが出来たそうで、王都で暮らすならば紹介すると言ってくれた。
食事をして酒を酌み交わしながら、召喚された後の互いの行動を話し合った。
強制的に戦闘訓練をやらされて、魔物と戦わされ、最終的には戦争に駆り出された俺達は酷い扱いを受けたと思っていたが、霧風の境遇もとても楽には思えなかった。
何度も暗殺を企てられ、そうかと思えばワイバーンとの戦いに駆り出され、挙句の果てには領土と引き換えにフルメリンタに引き渡された。
特にワイバーンとの戦いの話では、よく生き残ったものだと感心してしまった。
「よく生き残ったな、霧風」
「周りの人の協力あってだよ。特にアラセリがいなかったら、ワイバーンの餌になっていただろうね」
「いいえ、ユートがいたからワイバーンを倒せたんだし、私も助けてもらったわ」
霧風とアラセリさんは、ホント爆発しろって思ってしまうぐらい仲が良い。
数々の危機を共に乗り越えてきた固い絆を感じる。
生涯のパートナーと巡り会えたという一点に限れば、霧風は恵まれていたと思ってしまう。
そんな二人に触発されたのか、それとも酒の力を借りたのか、三森が富井に向き直った。
「富井多恵さん、俺と付き合って下さい!」
「なんだよ三森、もう酔っぱらったのか?」
「酔ってない! いや、酔ってはいるけど、ちゃんと意識はある!」
確かに、いきなり結婚を申し込んだ前回に比べたら、ちゃんと交際を申し込んでいるだけまともだ。
「悪いけど、あたしは誰かに守られるつもりは無いよ」
「それは分かってる。一方的に守るんじゃ駄目なのは分かった」
「そっか……三森は、あたしのどこが良いの?」
「分からない」
「はぁ? 分からないって……」
「気が付いたら好きになってて、教室で富井の姿を目で追いかけるようになってた」
どうやら、三森のストーカー体質は日本にいた頃かららしい。
「じゃあさ、三森はあたしと付き合ったら何したい?」
「て……」
「て?」
「て、手をつないでデートしたい……」
「純情か!」
思わず声に出して突っ込んじまった。
「うっさいな、召喚なんてされてなかったら、富井と手を繋いで渋谷とか原宿でデートしてたかもしれないじゃないかよ」
それは確かにそうだけど、富井も苦笑いしてるぞ。
「そうだね、日本で告られてたら、あたしもオッケーしてたかも……でも、戻れないよ」
「分かってる。もう、あの頃には戻れない。戻れないけど、やり直す権利はあるはずだ」
真っ直ぐに気持ちをぶつけて来る三森に、富井は戸惑っているように見える。
「やり直すかぁ……でも、あたし汚れちゃったし」
「汚れてなんかいない! 戦争奴隷落ちした後、何があったか聞いていないけど、何があったのか想像はした。正直、気が狂いそうだった」
戦争奴隷落ちして、鉱山で過酷な労働を強いられるようになった頃、もう覚えていないけど誰かが女子は性奴隷にされてるはずだ……なんて言っていた。
その頃から、三森は富井がどうなったのか想像して苦しんでいたそうだ。
「俺の手の届かないところで、薄汚い野郎どもに富井が汚されているかと思うと、そいつらに対する憎しみとか、何も出来ない自分への怒りとか絶望とか、頭の中がグチャグチャで、胸が苦しくて、死にたくて、でも何とか生き残って富井を助けたいとも思って……だから、あんな状況でも死んでたまるかって耐えられたんだと思う」
鉱山での労働は、本当に過酷だった。
柔道で体を鍛え、丈夫さが取り柄だった自分ですらやっと生き残ったのに、大して鍛えてもいないように見えた三森が生き残ったのは、そうした精神的な理由があったからかもしれない。
「ずっと、ずっと思っていた。今度は俺が守るんだって……でも、それは間違いだって、富井に教えられた」
「そう、あたしは守られるつもりはないよ」
「分かってる。あれから、ずっと考えたんだ。守る……なんて言うのは俺の一人よがりだから、俺は富井を幸せにする。だから、俺を幸せにしてくれ。俺と一緒に幸せになってくれ」
「三森……」
「富井は汚れてなんかいない。何があったって、俺達にはやり直す権利があるはずだ。渋谷や原宿には行けないけど、ここファルジーニでなら手を繋いでデートだってできるし、俺達にだって幸せになる権利はあるはずだ」
富井の顔が、くしゃっと歪む。
「馬鹿……馬鹿だよ、三森。そんな事言われたら、あたしでも幸せになれるかもって期待しちゃうじゃん」
「期待してくれ……俺の全てを懸けて応えてみせるから、俺と幸せになってくれ、多恵」
ボロボロっと涙を零した富井は、両手で顔を覆ったまま、二度、三度と頷いてみせた。
「よっしゃー! 俺は多恵を幸せにするぞ! 二人で世界一幸せになってやるぞ!」
テーブルを回り込んだ三森は、椅子から立ち上がった富井をぎゅっと抱きしめた。
目元を拭った富井が、ニッコリ微笑みながら三森に言い放った。
「まずは手を繋ぐんじゃなかったの?」
「えっ……いや、これは勢いというか……んぐっ」
三森の言い訳は、富井の唇で塞がれてしまった。
「んっ……ちゃんと幸せにしてよね」
「もちろん!」
また三森の暴走が始まったかと思ったが、この結末は予想していなかった。
まったく……末永く爆発しやがれ。
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