第171話 疎開
※今回は海野和美目線の話になります。
もう、お腹が隠せないほど大きくなった。
涼子や亜夢には話してあるが、エステサロンの関係者にもバレている。
新しい命は着実に大きくなって、お腹の中で元気に暴れるようになっている。
生理が止まったタイミングから推測して、もう来月には生まれてくるはずだ。
それなのに、王城の中は一向に静まる気配がない。
私達を召喚した第一王女アウレリアが、国王不在の時にクーデターを企てて誅殺された。
弟の第二王子ベルノルトは戦死したと聞いているし、第一王妃クラリッサもアウレリアと共に誅殺されたと聞いた。
これで第二王女ブリジットと対立していた勢力が一掃されて、国は安定に向かうものだと思い込んでいた。
だが、国王オーガスタは実の娘ブリジットに王位を継承させたくないらしい。
ブリジットではなく、弟のジロンティーニ公爵の息子に王位を継承させたいようだ。
なんでよ……と思ってしまうが、それが貴族社会というものらしい。
オーガスタにとっては、王家の繁栄よりも実家であるジロンティーニ公爵家の繁栄の方が重要らしい。
外から見ている者からすれば、いくらジロンティーニ公爵家が繁栄しようとも国が傾いたら意味が無いと思うのだが、とにかく主導権は渡したくないらしい。
そのため、アウレリア達が死んでも王城の空気が良くならないのだ。
エステサロンも連日開店休業状態が続いている。
旧第二王子派が、国王とブリジット、ジロンティーニ公爵家とラコルデール公爵家のどちらに付くのかで勧誘と様子見が続いているそうだ。
それに、噂によれば元々国王やブリジットに付いている人達も、果たしてこのまま派閥に残って大丈夫なのか揺らいでいるらしい。
言うなれば、実力伯仲で甲乙つけがたいのではなくて、どちらも頼りなくて選びきれない状態のようだ。
アウレリアが死んだと聞いた直後、これでフルメリンタに行かなくても良くなったと喜んでいた涼子と亜夢も、ここ数日は不安そうな表情を隠せなくなってきている。
王都にある貴族の屋敷が襲撃された……なんて話も伝わってきていて、王城もいつまで安全なのか分からなくなっているからだ。
貴族の屋敷を襲ったのは、今の王制に不満を持つ民衆による反乱組織だと言われている一方で、コルド川東岸から逃げてきたその貴族の兵士が市民に暴力を振るったからだとも言われている。
どちらが本当なのか分からないが、貴族にも市民にも不満が蓄積していることだけは確かだ。
あちこちで、フルメリンタとの戦争に負けた責任が問いただされ、王様が無能だから戦争に負けた、いや貴族たちがふがいないから戦争に負けたと、意見が衝突しているそうだ。
ただ、そうした議論がされる時に、フルメリンタが強すぎたという意見は黙殺されるらしい。
現実的に大敗しているのに、相手の強さは認めたくないようだ。
私は、フルメリンタに行った霧風君から聞いた日本の技術を基にして、何らかの大きな変革があったのだと思っている。
サロンに来ていた貴族の婦人たちの噂話を繋ぎ合わせると、銃が使われたことは間違いないようだ。
霧風君が行ってから、たった数か月で銃が開発されて、実戦投入されて、勝利の原動力になるなんて荒唐無稽な話だと思うけど、一方で魔法による技術と組み合わされば実現してもおかしくないとも思える。
それはそれとして、問題なのは私たちの身の振り方だ。
涼子や亜夢に対しては気丈に振舞っているが、正直に言えば泣きたいぐらい不安だ。
出産となれば、間違いなく動けなくなる。
霧風君には、一人で産んで育ててみせる……みたいな事を言ったけど、臨月が近付くほどに、とても一人では無理だと思い知らされている。
お腹が大きくなって出歩くのが億劫になってしまい、フルメリンタの工作員であるネージャさんとの連絡も取れていない。
むしろ、こんな時期だからこそ連絡を絶やさないようにしないといけないのだろうが、私の代わりに涼子や亜夢を向かわせるのは心配なのだ。
二人は、フルメリンタとの最初の戦争に駆り出されたクラスメイトが奴隷落ちして、その大半が命を落としたと聞いて良い印象を持っていない。
特に亜夢はフルメリンタを嫌ってさえいる。
その二人だけで連絡にいかせて、話している途中で言葉の綾とかで口論になれば、フルメリンタとの繋がりが切れかねない。
都合の良い話だとは思うが、私としては保険的な存在としてフルメリンタとの繋がりは残しておきたいと思っている。
というか、霧風君との繋がりが切れてしまうのは嫌だ。
いや、会いたい……霧風君に会って、ぎゅって抱きしめてもらいたい。
そんな不安定な気持ちを抱えている時に、王妃シャルレーヌから呼び出された。
今後のエステサロンの事だと思って出向いてみると、オルネラス侯爵夫人が一緒に待っていた。
「カズミ、だいぶお腹も大きくなったわね」
「はい、シャルレーヌ様」
「予定はいつ頃なの?」
「来月には生まれてくるはずです」
「そう……」
困ったわねぇ……といった表情を見せたシャルレーヌは、オルネラス侯爵夫人へと視線を向けた。
オルネラス侯爵夫人が頷き返すとシャルレーヌは、ふぅっと息を吐いて心を決めたように話し始めた。
「今は王都も城の中もガタガタしているわ。子供を産んで落ち着くまで、イリエーヌの所で過ごしたらどう?」
「カズミ、色々落ち着くまで、私の所にいらっしゃい」
オルネラス侯爵領は、年末年始を過ごした場所だし、なによりフルメリンタの工作員ネージャさんと接触した場所でもある。
ネージャさんは、時間さえあればフルメリンタに向かう船を用意できると話していたし、王都で政争に巻き込まれるより遥かに安全だ。
私個人としては、今すぐにでも出発したいと思っているが、それを顔に出すとシャルレーヌの不興を買いそうだ。
「ありがとうございます。大変有難いお申し出でございますし、身重の私としては心動かされる話ですが、涼子と亜夢の気持ちも聞いてからお返事いたしたいと存じます」
「そうね、でもあの二人は行きたがるんじゃない? いつも外に出たがっているから」
「そうですね、ですが一応は確かめておきたいと思います」
宿舎に戻って涼子と亜夢に相談すると、二つ返事でオルネラス侯爵に向かう事になった。
「海が近いからお魚が美味しいからねぇ」
「ふふ、亜夢は美味しいものがある所なら何処でも良いんでしょ?」
「そんなことないよ、涼子が一緒じゃなかったら嫌だよ」
「亜夢……」
「だから、あたしのお世話してね」
「あのねぇ……私の感動を返しなさいよ!」
二人の賛成が得られたので、オルネラス侯爵領へ向かうとシャルレーヌに返事をした。
「そう、元気な子を産んで帰っていらっしゃい」
「はい、その頃には、ブリジット様が王位を継承なさっていらっしゃるのでしょうね」
「まぁ、カズミは気が早いのねぇ……」
そう言いつつも、シャルレーヌは満足そうな笑みを浮かべてみせた。
年末年始に一度訪問しているので、大きな混乱もなく準備を終えてオルネラス侯爵領へ向けて出発した。
出発前には、暫く王都を空けることになると、王都の取引業者には手紙を届けてもらった。
その中の一つは、フルメリンタの工作員ネージャさんが偽装のために開いている店もある。
私たちのためだけに、こんな店を作るのは申し訳ないと以前話したことがあるのだが、店はユーレフェルト国内の活動拠点として他の事案でも利用しているらしい。
他の事案とは何なのか聞いてみたが、微笑んだだけで教えてくれなかった。
オルネラス侯爵領へ道中には、王国の騎士が護衛に付いてくれた。
ただし、前回は四人だったが今回は二人で、一人は中年のおじさんだった。
「護衛を務めさせてもらいます、グエヒです。こいつは、ソランケ。どうぞ、よろしく」
グエヒという中年騎士も、ソランケという二十代前半ぐらいの騎士も、なんだか緩い雰囲気だ。
もしかすると、王都が緊迫した状況なので、有能な騎士は手元に残しておくために、ちょっと難ありな二人が選ばれたのだろうか。
それでも、オルネラス侯爵家からも二人の騎士が護衛に付いてくれたおかげか、道中は何事もなく進んだ。
最初は頼りなく感じたグエヒさんだが、いざ旅程を共にしてみるとピリピリした感じがなくて接しやすく、涼子や亜夢ともすぐに打ち解けて話をするようになった。
おかげで、トイレ休憩したい時なども遠慮しないで声掛けできて助かった。
身重の体で馬車に揺られるのは結構負担で、涼子と亜夢には何度もマッサージをしてもらった。
天候にも恵まれ、前回のように途中の領地で臨時エステサロンも行わなかったので、スムーズにオルネラス侯爵領に到着できた。
ところが、オルネラス侯爵領に入って最初の休憩をした時、いつもはヘラヘラというかホワホワしているグエヒさんが、浮かない表情をしているのが気になった。
「どうかされたんですか、グエヒさん」
「いえ、何でもありませんよ」
何でもないと言う割には、普段とは雰囲気が違ってみえる。
「あの、もし襲撃の前兆とかがあるなら教えておいてもらえますか、何せこの体なので」
「あぁ、ごめんなさい。大丈夫です、今すぐどうこうという話ではありませんから、ご心配なく」
「今すぐじゃないけど、何かありそうなんですか?」
「はぁ……私もまだまだですねぇ、カズミさんのように若い人に顔色を読まれちまうとは……とりあえず、侯爵様のお屋敷に着いたらお話ししますよ。今は大丈夫なので、ご心配なく」
「分かりました」
やはり、グエヒさんは何かを感じているようだ。
少々気にはなったが、今は大丈夫という言葉を信じよう。
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