第168話 宰相からの知らせ

 久しぶりに部下のナブドゥルではなく、宰相ユド・ランジャールから呼び出しを受けた。

 このところはユーレフェルトとの戦争に関する業務に掛かりきりだと聞いていたから、そちらで大きな動きがあったのだろう。


 また例の良い知らせと悪い知らせがあります……って感じで話が始まるのかと思っていたが、俺を出迎えたユドは上機嫌そのものだった。


「キリカゼ卿、今日は良い知らせしかありません」

「その様子ではユーレフェルトとの戦は勝利で終わったのですね?」

「まぁ、一応は……ですね。まだ講和のための文章を交わしていませんし、戦というものは、どの時点を基準として考えるかで、結果が大きく変わるものですからね」

「では、今の時点ではフルメリンタの勝利という訳ですね」

「おっしゃる通りです。フルメリンタはコルド川までの地域を実質的に支配下に置きました」


 そう言うと、ユドは幾つもの赤いラインが引かれた地図を広げてみせた。

 描かれているのは、これまでユーレフェルトとの国境であった川からコルド川までの地域のようで、赤いラインはフルメリンタの進行を示しているようだ。


「確か、コルド川から東の地域は、ユーレフェルトの国土の三分の一になると聞きましたが、よくこんな短期間に制圧出来ましたね」

「それについては、キョーイチ・シンカワ、タクマ・ミモリの二人に感謝しなければなりません」

「やはり、火薬と銃が大きな役割を果たしたのですね?」

「その通りです」


 ユドは、開戦の時点から現時点まで、火薬と銃がどのような役割をはたしたのか語り始めた。


「我々は、ユーレフェルトから攻め込んで来なければ、従来の国境線を維持しても良いと考えていました。その一方で、講和から間を置かずに戦を仕掛けてくるならば、将来的にユーレフェルトが攻め込もうと思わないように国力に差を付ける、つまりはコルド川から東側をフルメリンタの領土とする計画も練ってきました」

「ナブドゥルさんからユーレフェルトから仕掛けてきたと聞きましたが……」

「はい、国境の検問所を設営すると伝えて来たのですが、実際には攻め入る準備を整えて、またしても口上無しに攻撃を仕掛けてきました」


 戦争が始まったと聞いた時から疑問に思っていたのだが、ユーレフェルトは誰の指示で攻撃を始めたのだろう。

 前回の戦争では、第二王子派のエーベルヴァイン侯爵が、第二王子ベルノルトの実績を作るために国王に無断で攻撃を始めたと聞いている。


「ユーレフェルトが国挙げて戦を仕掛けてきたのですか?」

「いいえ、後で調べてみたところでは、オルベウス・グランビーノ侯爵が独断で攻撃を仕掛けてきたようです」

「またか……そのグランビーノ侯爵はどんな人物なんですか?」

「我々が調べたところでは、第一王女アウレリア姫殿下の熱狂的な支持者だったようです」


 つまりは、またしても第二王子派による暴走だったという訳だ。

 だが、戦争が始まった時点では、第一王子アルベリクが暗殺されて、王位継承争いはベルノルトに大きく傾いていたはずだ。


 だとすれば、第二王子派が無謀な戦を仕掛ける理由は無いと思うのだが……。

 そうした考えを伝えると、ユドは大きく頷いてみせた。


「確かに、キリカゼ卿のおっしゃる通り、開戦の時点では第二王子派が大きくリードした形でした。正直、何であんな無謀な戦いを始めたのか、私たちにも理解出来ていません」

「ユーレフェルトに対して抗議するだけでは駄目だったのでしょうか?」

「それに関しては、我々も検討しましたが、ユーレフェルトは前回も今回も、宣戦布告の口上もせずに奇襲を仕掛けて来ました。結んだばかりの講和の条件を踏みにじり、口上も無しに奇襲を仕掛けるというユーレフェルトの手口は抗議だけで済ますレベルを逸脱しています」


 しかも、前回の戦争では、俺一人と交換で一度は手にしたユーレフェルトの領土を返還している。

 それだけの譲歩をしたにも関わらず、再度礼を失した奇襲を仕掛けてきたことで、フルメリンタ内部でも一気に交戦論へと意見が傾いたそうだ。


 そして、フルメリンタは北、中央、南の三つのルートを通ってフルメリンタに攻め込んだらしい。

 兵力の分散や逐次投入は悪手と言われているが、今回は火薬と銃という新兵器が大きな力を発揮してくれたらしい。


「長銃による銃撃部隊は、初戦のグランビーノ侯爵との戦いから威力を発揮しました。騎馬部隊の鎧を貫通させ、実質的な犠牲者ゼロで相手の騎馬部隊を壊滅させたそうです」


 確か、日本の戦国時代にも、武田の騎馬部隊を織田信長の鉄砲隊が退けたはずだが、こちらでも同じようなことが起こっていたらしい。


「キョーイチが伝えてくれた情報は、長銃だけでなく大砲や散弾銃といったものもありました。こちらは城攻めの時に威力を発揮したそうです。」


 大砲で城門を破壊して、散弾銃をぶっ放しながら城内を蹂躙する。

 ユーレフェルトの城主にとっては悪夢のような景色だったろう。


「南側の戦線では、キリカゼ卿も良くご存じの者が活躍しましたよ」

「もしかして、ヤーセルさんですか?」

「そうです。今回の戦いで個人の実績としては、彼が一番だったでしょうね」


 ヤーセル・バットゥータは、俺がフルメリンタに引き渡された時に、迎えに現れた人物で、当時は魔法が上手く使えず魔力を溜め続けてしまうという問題を抱えていた。

 不用意に死亡すると、蓄積した魔力が暴走して周囲に被害を及ぼすと思われていた。


 それが触媒を使う方法と出会えたおかげで、強力な魔法使いとして活躍できるようになったそうだ。

 一流の魔法使いが十人ほど集まらないと発動出来ない集団魔術と、同等程度の強力な魔法をヤ―セルは一人で発動出来るようになったらしい。


「ヤ―セルの活躍で、領地を二つ落し、もう一つの領地の攻略にも貢献してくれました」

「そうですか、それは大手柄ですね」

「ええ、今回の功績によってかなりの出世をすることになるはずです」


 論功行賞などは、まだこれから決めれらるという話だが、個人の功績としてはダントツの一番らしい。

 一人で魔法使い十人分以上の働きをすれば、その評価も当然だろう。


「あの、新川と三森は今後どうなるのでしょう?」

「そちらも、まだ決まってはいないのですが、我々としては軍に残ってもらいたいと考えています。正直に言うと、彼らの持つ知識がフルメリンタ国外に流出するのは危険だという認識です」

「それでは、フルメリンタからは出られない……と思った方が良いのですね?」

「我々としては、キョーイチ・シンカワ、タクマ・ミモリの二人と敵対関係になるつもりはありません。勿論、二人の知識が国外に流出するのは困りますが、火薬や銃の製造にかんしての専門知識は、実際に製造に関わっている者達も保有しています」


 銃や火薬の製造に関しては、既に新川や三森の手を離れて、フルメリンタの職人が作業を行っているそうだ。

 当然、専門的な知識は日々蓄積されているし、そうした知識を持つ者は国から保護の対象とされているらしい。


「今の時点で、周辺国にどれだけ二人の情報が伝わっているか分かりませんが、その存在価値が伝われば引き抜きの対象となるのは確実ですし、悪くすれば拉致される可能性も出てきます」

「あぁ、厚遇で引き抜くのが無理ならば力ずくで……という訳ですね?」

「その通りです」

「では、二人は軍の施設で暮らすようになるのですか?」

「その辺りは、本人たちの希望も聞いてから決めようと思っています」


 つまり、フルメリンタとしては厚遇を与えるから囲い込みを受け入れろということなのだろう。

 言ってみれば、俺と同様の状況になるのだろう。


「例えば、本人たちが希望するなら、王都ファルジーニで暮らすことも可能なんですか?」

「ええ、それは勿論可能です。キリカゼ卿としては、その方がよろしのではありませんか?」

「そうですね、今となっては数少ない生き残りですから、消息が分かる場所にいてくれた方が安心と言えば安心ですね」

「それならば、その方向で考えてみましょう」


 二人に対して、どの程度の待遇が与えられるのか分からないが、少なくとも一般庶民よりは良い暮らしが出来るようにはなるだろう。

 だとすれば、三森が富井さんに再度アタック出来る目も出てくるかもしれない。


 一時はドン底に落ちた二人だから、人並以上の幸福を手に入れてもらいたい。

 今や二人には、それだけの価値があるのだから。


 あと気掛かりなのは、ユーレフェルトに残っている海野さん達三人だけだ。


「ユーレフェルトは、今後どうなるのでしょう?」

「うーん……それは私達も知りたいと思っています。継承権を持つ王子二人が亡くなった今、これまでの通例に則るならば、王女二人のどちらかが婿を貰い、その配偶者が王位に就くと思われますが……伝わって来ている話によれば、第二王女は自らが王位に就くと宣言をされているそうです」

「第一王女のアウレリアはどうなんでしょう? 継承順位からするとアウレリアの方が上ですよね?」

「継承順位はそうですが、現在のユーレフェルトでは何が起こっても不思議ではありません」

「国内が割れて内戦になるという可能性は?」

「今のところは、そこまで不安定ではないようですが……こんな事を私が言う資格は無いかもしれませんが、この度の戦で国王オーガスタの権威は地に落ちています。貴族達の動き次第では内戦になる可能性も否定は出来ません」


 確かに、今の状況を考えるとユーレフェルトで何が起こっても不思議ではない。

 出来るなら、早く三人にはフルメリンタに移ってもらいたいが、第二王妃シャルレーヌや第二王女ブリジットが簡単に手放してくれるとも思えない。


「キリカゼ卿の御友人については、引き続きフルメリンタに来ていただけるように活動を続けていきますが、こんな状況ですので時間は掛かると思います」

「はい、そこは理解していますので、よろしくお願いします」


 この後は、俺の施術の状況などを話して、ユドとの会談は終わった。

 今回は良い知らせだけと言っていたが、ユーレフェルトが混沌としているのは間違いない。


 この状況で俺に出来ることは何だろう。

 フルメリンタの東の隣国カルマダーレの貴族に対する施術は、他の者よりも細心の注意を払って行っているし、友好関係を損ねないように努力している。


 ただし、それだけでは現状維持だ。

 何か、良い手立ては無いものだろうか……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る