第166話 王城の騒ぎ
国王オーガスタが自ら戦場へと赴くと聞いて、第一王女アウレリアはこれぞ天の導きだと感じた。
周囲の顔色を窺うばかりで、無策に無策を重ねてフルメリンタに攻め込まれたどころか、講和のためにアウレリアを差し出そうとまでした。
こんな無能な男は、国王とも親とも思えなかった。
そのオーガスタが城を空けるのであれば、その隙に自分が王都を支配下に置き、ユーレフェルトの王として君臨すれば良いと考えたのだ。
「母上、今こそ王座を手にする時です」
アウレリアは、実母である第一王妃クラリッサにクーデターの計画をもちかけた。
ベルノルト戦死の報を聞き、正常な判断録を無くしていたクラリッサは、アウレリアの提案に一も二も無く賛成し、派閥の貴族達にも協力を命じた。
「王座を我らの手に……」
もしこの計画が、フルメリンタが攻め込んで来る以前に実行されていたならば、オーガスタは王位を追われるか、自らの王位を主張して内戦に発展していたかもしれないが、現状の第二王子派には、かつてのような団結力も求心力もなくなっている。
かつての第二王子派の中心であったエーベルヴァイン公爵家は、国王に無断でフルメリンタに戦いを仕掛けて中州の領地を失った責任を問われ、家督の相続が認められず、領地を失った形だ。
更には、第二王女ブリジットと国の財務を司るラコルデール公爵による派閥の切り崩し工作によって、多くの貴族が寝返っている。
更には、今回の戦で第二王子ベルノルトが討たれたことも伝わってきている。
王位を継承するはずだった二人の王子が死去した今、次の国王は第一王女アウレリアか、第二王女ブリジット、もしくは、その伴侶となる人間に絞られた。
現国王のオーガスタも、前国王に男子が生まれなかったために、三大公爵家のバランスを取る形で婿入りして王位に就いた。
だが、三大侯爵家の一角であるエーベルヴァイン家が没落した今、国王派のジロンティーニ公爵、第一王子派のラコルデール公爵のどちらかが主導権を握るか、あるいは両派が折り合いを付ける形で次の国王が選ばれるという見方が大勢を占めている。
つまり、後ろ盾を失ったアウレリアに価値を見出す貴族は残っていない。
秘密裏に計画されたはずのクーデターは、国王派にも第一王子派にも筒抜けの状態だった。
計画を知った二つの派閥は、この機会に第二王子派を一掃する計画を立てた。
つまり、アウレリアが挙兵するのを待って、謀反の罪を着せて誅殺する計画だ。
あまりにもアウレリアの計画が杜撰で、賛同者が集まらずに計画が立ち消えするのではないかと危惧されたが、前回の戦いの責任を問われて僻地へと転封させられたザレッティーノ伯爵や、家督相続が認められなかったオウレス・エーベルヴァインなどが加わって計画は実行された。
アウレリアやクラリッサへの献上品の名目で持ち込んだ武器を手に、第二王子派は兵を挙げたが、その動きは全て筒抜けになっていた。
昼前に始まった戦いは、戦いなどとは呼べないほどの一方的なもので、日暮れ前にはクーデターに加わった全ての者が討ち取られた。
首謀者であるアウレリアや、その母であるクラリッサも王族としてではなく、謀反人として惨殺された。
これによって、第二王子派は完全に消滅した。
海野和美たちが耳にした騒動はこの時のものだが、広い王城の反対側の奥で行われた戦いの影響は、遠くから聞こえる物音だけだった。
アウレリアが誅殺された翌日、海野たちは宿舎を訪ねてきたリュディエーヌから事の成り行きを聞かされた。
「死んだ? アウレリアが……?」
聞き間違いではないかと確かめる菊井亜夢に対して、リュディエーヌは大きく頷いてから言葉を続けた。
「国家転覆を目論んだ者は死罪と決まっているわ。今回は挙兵の演説まで確かめているから言い逃れも出来ないし、企てに参加した者は全員殺害したそうよ。アウレリアも、クラリッサさも例外では無かったそうよ」
「やったぁぁぁ! 死んだ、死んだ、あのクソ女みじめに殺されたんだ、ざまぁ!」
「やったね、亜夢!」
「嬉しい、すんごい嬉しいよ、涼子! あいつのせいで……あいつのせいで……うぅぅぅ……」
リュディエーヌがドン引きするぐらい喜んだ菊井亜夢と蓮沼涼子は、命を落としたクラスメイトを思い出して涙を流した。
「カズミ、あなたたち、そんなに恨んでいたの?」
「当然です。私たちは戦いなんかとは無縁の世界で暮らしていたのに……あいつらのために戦う義理なんて何も無いのに、最初は三十七人もいた仲間が私たちと霧風君の四人だけになってしまったんですよ。恨むなって言う方が無理です」
「ブリジット様やシャルレーヌ様も恨んでいるの?」
「いいえ、私たちの召喚に関わったのは第二王子派だけだと聞いています。あいつらは憎いけど、この国の人全員を恨むのは間違っているかと……」
「アムやリョウコも、カズミと同じ意見?」
「はい、私も同じ気持ちです」
「あいつらが死んだのなら、それで十分です」
「分かったわ。まだ王城の中がガタガタしているから、サロンの再開は来週からにしなさい」
リュディエーヌが帰った後、海野たちは改めて三人で歓声を上げ、また涙を流した。
召喚されてからの出来事が、三人の脳裏に蘇ってきて、当時を思い返しては怒り、泣き、時に笑い合った。
「ねぇ和美、アウレリアが死んで第二王子派が壊滅したんだから、フルメリンタに行く必要は無いんじゃない?」
「それなんだよね。どう思う?」
「あたしはフルメリンタには行きたくない」
海野の問いに間髪入れずに菊井亜夢が答えた。
フルメリンタに降伏して戦争奴隷になったクラスメイトが、過酷な労働を課せられて命を落としたと聞いたからだ。
「あたしもアウレリアが死んだなら、フルメリンタに行かなくて良い気がする。エステサロンのお客さんも顔馴染みになってきたし、向こうに行っても歓迎されるとは限らないじゃない」
「うん、だよねぇ……」
数日前までは、フルメリンタ行きに傾いていたが、第二王子派の消滅によって事情が変わってきた。
一番フルメリンタ行きをきぼうしていた海野も、わざわざ未知の国に行く必要があるのか迷い始めている。
「とりあえず、フルメリンタ行きは保留にしようと思う。第二王子派が無くなったけど、次の国王が誰になるのか決まっていないし、それによっては私たちの処遇も変わってくるかもしれないからね」
「和美、ネージャさんとの連絡はどうするの?」
「どうしようか? 私は繋がりを残しておけるならば残しておきたいと思うんだ。この先もユーレフェルトが安定とは限らないでしょ」
海野とすればフルメリンタの霧風のところに行きたい気持ちもあるので、完全に繋がりが切れてしまうのは防ぎたいと思っている。
質問した蓮沼も少し不安を感じているようだ。
「和美、ユーレフェルトってフルメリンタに侵略されてるだよね?」
「なんか、川までの領土を取られると国が三分の二ぐらいになっちゃうみたい」
「それって日本だと東北ぐらいまでロシアに取られちゃうみたいな感じ?」
「北海道が大きいから、もうちょっと少ないと思うけど、間隔的にはそんな感じかな」
海野と蓮沼の話を聞いて、菊井が慌てたようすで口を挟んできた。
「ヤバいじゃん、蟹とかウニとか食べられなくなっちゃうよ」
「亜夢、例えばの話だよ」
「じゃあ、蟹もウニも食べられなくならないの? 日本は大丈夫だと思うけど……帰れないから食べられないか」
「そういえばさ、オルネラス領に行った時、エビは出てきたけど、蟹とかウニは無かったよね」
「そう言えば、無かったわね」
「フルメリンタに行ったらあるかな?」
「いや、知らないわよ。てゆうか亜夢は蟹やウニがあればフルメリンタに行くつもり?」
「そうね、検討材料の一つにはなるわね」
「何を偉そうに……」
「いいじゃない、食べ物は大事だよ」
「まぁね」
アウレリアが死んだと聞いて、変なテンションになっていた二人がいつもの雰囲気を取り戻した野を見て、海野は胸を撫で下ろした。
「はぁぁ……てゆうか、さっさと戦争なんて止めて仲良くすればいいのに。そうすればフルメリンタに行くとか行かないとか悩まずにすむのにさ」
「いえてる。簡単に行ったり来たり出来るようになればいいんだよね」
「うんうん、そうすれば蟹もウニも食べ放題だね」
「なんでよ!」
菊井のボケに、すかさず蓮沼がツッコミを入れる。
「違うの? 食べ放題じゃないの?」
「違うわよ!」
「つまり、蟹とかウニは絵柄のお皿に乗って回ってくるのね?」
「回って来ないわよ!」
「分かった、時価ってことね。怖くて頼めないじゃん」
「もういいわよ。亜夢が変な事言うからお寿司が食べたくなっちゃったじゃない!」
「あっ、エステで儲けてお寿司屋を開くのはどう?」
「こっちの人って、生で魚を食べるのかな?」
「どうなの、和美」
「急に振らないでよ。あんまり生では食べないんじゃない」
王都は海から離れているので、海野たちの食卓にはたまにマリネした魚が出る程度で、基本的に魚には火が通されている。
「でも、海の近くならば、生で食べられる魚とか売ってそうじゃない?」
「あと、蟹、ウニも!」
「もう蟹とウニはいいわよ。あーなんかお腹すいた。お寿司屋さんは無理だろうけど、いつか手巻きパーティーとかやりたい!」
「涼子、ナイスアイデア、あたしも寿司パやりたい!」
アウレリアが死んで浮かれた海野たち三人は、フルメリンタへの脱出計画などすっかり忘れて、寿司パーティーの開催方法について話し続けた。
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