第165話 潰走
街道を西に向けて進んでいる部隊に移動した新川恭一は、一緒に移動してきた銃撃部隊の面々と一緒に頭を抱えていた。
ユーレフェルトの騎馬部隊による突撃を撃退したのは良いけれど、銃弾が底を突いてしまったのだ。
目視で状態の良い上品は勿論、少し不安が残る中品や、不発の可能性が高そうな下品を合わせて一回の戦闘を支えられるだけの弾が無いのだ。
「キョーイチ、何とかならないか?」
「いや、何とかと言われても……いくら開発に関わった俺でも、弾が無い状況はどうにもなりませんよ」
「だよなぁ……」
「出来るとしたら、後方から不発を覚悟で敵将校の狙撃を試みる程度でしょう」
「だよなぁ……」
狙撃部隊の隊長が渋い表情を浮かべているのは、ユーレフェルトの騎馬部隊を余りにも鮮やかに撃退してしまったことで、次もやってくれると期待されているからだ。
銃を抜きにした戦いでは、騎兵は最も高い戦闘力を有している。
こちらが頑強な陣地を構えているならまだしも、平地での戦いでは、長柄の武器を用いて密集隊形でもとらない限り歩兵に勝ち目は無い。
その騎兵が隊列を組んで突っ込んで来たのに、辿り着くことすら許さずに撃退してしまったのだから期待されるのも無理はないだろう。
ただし、そんな芸当が可能なのは十分な銃弾があればの話だ。
現状、樹撃部隊の全員に銃弾を配ると、一人当たり最大六発分しか行き渡らない。
それも、不発する可能性が高い下品が半分以上の割り合いなのだから、一人三発か四発撃てれば御の字だろう。
そんな状態では、はっきり言って銃撃部隊は使い物にならない。
「仕方ない……なんとか説明して納得してもらうか」
隊長が重たい足取りで指揮官の方へと出向いて行くのを見送ると、新川にメンテを頼んでいたベナッシが話し掛けてきた。
「この前は俺らが働いたんだから、次は他の部隊が働けば良いだけだろう」
「まぁ、そうなんだろうけど、槍や剣で戦う連中は返り討ちに遭う確率も高いから、俺達に戦ってもらいたいんだろう。こっちの戦線は手柄らしい手柄が無いみたいだし……」
伝わってくる戦況からすると、フルメリンタの勝利は動かないと新川は考えている。
フルメリンタの勝ちが確定しているのだから、死ぬかもしれない戦いに出たくないと思うのは当然だ。
ただし、それは現場レベルの兵士の考えであって、指揮官クラスになるとまた話は違って来る。
ここまでの戦いにおいて、フルメリンタは北、南、中央の三つのルートで戦いを進めて来た。
北のルートは、セルキンク子爵領、カーベルン伯爵領、クラーセン伯爵領を攻略してきた。
南のルートは、ベルシェルテ子爵、コッドーリ男爵を退け、キュベイラム伯爵も降伏させた。
では、中央のルートはと言うと、家督の相続が認められず統制が乱れていたエーベルヴァイン公爵領を無人の野を行くように進んで来ただけだ。
途中で遭遇した、いわゆる反乱軍も敵に回るどころか率先して配下に加わって来て、シルブマルク伯爵領に入るまでは戦闘らしい戦闘は無かった。
つまり、中央のルートを進んできた指揮官達は、手柄と呼べるような勝利を手にしていない状態なのだ。
新川が、そうした推察を話すとベナッシは感心しきりといった様子で何度も頷いてみせた。
「やっぱキョーイチは頭いいよな。うちの隊長よりも指揮官に向いてんじゃね?」
「やめてくれ、俺なんか、ただのガキだよ」
「何言ってやがる、キョーイチが銃の知識を伝えてなけりゃ、この戦いだって始まっていたかどうかも分からないぞ。これでコルド川の東側を切り取れたら、一番の功労者は間違いなくキョーイチだ」
「そう言われても、実感無いなぁ……」
確かに銃や火薬の知識を伝えたのは新川だが、それを実用化して量産にまで漕ぎ着けたのはフルメリンタの職人たちだ。
戦場にまで同行して、銃や火薬の威力を目の当たりにしても、自分の功績だと新川自身は意識していない。
「まぁ、功績を認めて金を多めにくれるっていうなら、受け取って次の仕事でも探すけど……」
「いやいや、無理だろう。賭けてもいいが、国はキョーイチを手放したりしないぞ。第一、他の国に寝返りでもされたら、どれほどの損害が出るか言うまでもないからな」
この戦いが終わったら軍から抜けようと思っていた新川だが、ベナッシの言葉を聞いて難しいかもしれないと改めて気付いた。
現状、火薬や銃の基礎知識を持つ者は、最重要な軍事機密だ。
ユーレフェルトに寝返ることは無いとしても、友好関係にあるカルマダーレに情報が流れることも潜在的な危険を増やす行為に他ならない。
フルメリンタは、間違っても新川恭一を手放したりしないだろう。
「別に他の国に行くつもりとか無いんだけどなぁ……」
「まぁ諦めて、いい待遇を勝ち取るしか無いんじゃねぇか?」
「はぁ、まいったなぁ……」
王都に行って霧風に礼を言って、なにか新しい仕事でも……などと三森と話していた計画は、どうやら実行できそうもないと新川は思い直した。
脚抜けできないとしたら、ベナッシの言うように、どれだけ良い待遇を得られるかが焦点になりそうだ。
新川が戦争が終わった後の状況に思いを馳せていると、司令部に向かっていたはずの隊長が戻ってきた。
「キョーイチ、ベナッシ、移動の準備を始めろ」
「どうしたんですか?」
「ユーレフェルトが撤退し始めたらしい」
「キュベイラム伯爵が寝返った影響ですかね?」
「かもしれないし、違うかもしれないが、連中が引き始めているのは確からしい」
この時点で新川達の所には、三森発案の砲撃が思わぬ戦果を生んだことは伝わっていない。
ユーレフェルトの軍勢は、国王オーガスタがセゴビア大橋の袂から撤退したと聞いて、コルド川の東岸に取り残される事態を恐れて雪崩を打つように撤退を始めていた。
そうした動きが、フルメリンタ側の偵察に捉えられたのだ。
「移動はいいですけど、俺ら戦えませんよ」
「セゴビア大橋まで辿り着けば、本隊と合流できるし、あっちには弾薬が残ってるだろう」
「あぁ、なるほど……」
「川のこちら側を制圧したら、こんどは橋を巡る防衛戦をすることになる。ユーレフェルトの連中が騎馬で突っ込んで来るなら、またハチの巣にしてやるさ」
フルメリンタの将校クラスは、侵攻の最終目標がコルド川の東側の制圧であると知らされている。
ここから押し出して、セゴビア大橋まで到達出来れば、とりあえずの目標は達成される。
後は、占領した地域の防衛体制を整えれば、大手を振って家に帰れるのだ。
将校の多くは家庭を持っているし、兵士の中にも妻帯している者はいる。
進軍のための支度を始めろという号令が伝わると、フルメリンタ軍の士気が一気に上がった。
その一方、ユーレフェルト軍は大混乱に陥っていた。
特に、キュベイラム伯爵領との往来を確保するために南側に展開していた軍勢は悲惨だ。
支援の手を差し伸べようとしていたキュベイラム伯爵に裏切られ、こうなれば徹底抗戦だと覚悟を固めれば、一転して撤退だと言われる。
しかも、自分たちが一番セゴビア大橋から離れているのだ。
フルメリンタにセゴビア大橋を押さえられてしまえば、自分達は孤立してしまう。
フルメリンタから条件を提示して降伏を申し出てくれれば良いが、さもなくば戦争奴隷に落ちるか死ぬまで戦うかの二択になってしまう。
完全に孤立してしまったのなら覚悟を決めるが、まだセゴビア大橋を通ってユーレフェルトに落ち延びる道が残されているならば、その可能性に賭けて撤退するしかないだろう。
ユーレフェルトの兵士の中には、走るのに邪魔になる重たい鎧を脱ぎ捨てる者までいた。
最低限の銅金だけ残し、剣と携帯食料、それに水だけ持って北を目指してひた走る。
最初のうちは隊列をなして進んでいたが、途中でフルメリンタの軍勢が追いかけて来るという噂が流れた途端、我先にと逃げ出す者が続出して、部隊の体を成さなくなった。
ユーレフェルトの最後の砦となっていたシルブマルク領だが、フルメリンタの軍勢と均衡を保てていたのは、他領から落ち延びてきた兵士を雇い入れ、セゴビア大橋経由でもたらされた武器や防具があったからだ。
元からシルブマルク伯爵に仕えていた者でなければ、旗色が悪くなれば自分の命を優先する。
それに加えて、シルブマルク伯爵はザレッティーノ伯爵と入れ替わる形で転封されてきたばかりで、兵士達に自分の土地を守るという意識が低い。
周囲が総崩れになってしまえば、シルブマルク伯爵直系の兵士だけで戦線を維持することは困難となり、撤退の決断をせざるを得なくなった。
勝利が確定的となったフルメリンタ勢は、無駄な戦闘による無駄な消耗を控えるために、急激な追撃戦を行わず、ユーレフェルト勢が立ち去ったのを確かめながら、ゆるやかに戦線を押し上げていった。
最後まで残っていたシルブマルク伯爵の軍勢がセゴビア大橋を渡り終え、フルメリンタの軍勢がセゴビア大橋の東の袂に到達した事により、正式な講和は成立していないが、実質的な戦闘は本格的な春を待たずに終了となった。
ユーレフェルトは国土の三分の一を短期間で失う事になり、しかも敗戦を決定付ける撤退行動をしたことにより国王オーガスタの責任を問う声は更に高まった。
オーガスタは、少しでも批判を和らげるために、西から攻め入ってきたマスタフォの軍勢を押し戻す軍事作戦に奔走する羽目になり、フルメリンタとの正式な講和は更に先延ばしされる事となる。
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