第164話 思い付きと偶然の結果
近頃、三森拓真は、銃撃部隊の上官マフェオさんにウザ絡みされている。
「タクマ、軍師タクマよ、我に策を与えたまえ!」
「やめて下さいよ、マフェオさん。俺は軍師なんて柄じゃないですよ」
「まぁまぁ、そう言うなって。タクマが考えた夜襲作戦は上手くいったんだぜ」
マフェオが言う夜襲作戦とは、三森が考えた散弾銃を使った一撃離脱の作戦で、ユーレフェルト側の戦意を削ぐのにかなり効果があったらしい。
寝込みを襲われて、いきなり散弾銃をぶっ放されたら嫌でも目が覚めるだろう、夜中に起こされたら消耗するだろうというのが三森の狙いだったが、上手く嵌ったらしい。
今、マフェオが三森に頼んでいるのは、いわゆる二匹目のドジョウというやつだ。
「それでよぉ、南の戦線がキュベイラム領を寝返らせるのに成功したそうなんだよ」
「良かったじゃないですか、それなら後は目の前の連中を追い払えばケリがつくんじゃないんですか?」
「そうなんだけどよぉ、俺らはここから動けないじゃん?」
「まぁ、下手に突っ込むと挟み撃ちになってヤバいんすよね?」
「そうなんだよ。その通りなんだけど、何もしないと手柄が無いから何とかしろって言われちまってよ。だから、何か無い?」
「いや、何か無いって言われても、攻め込めないじゃ威嚇する程度しか出来ませんよね?」
「そうなんだよなぁ……威嚇って言われても、何すりゃ良いんだ?」
「いやいや、知りませんよ。俺みたいな素人に聞いても駄目でしょ」
三森は新川みたいな歴史オタではないし、ゲームの知識も殆ど無い。
戦術を考えろと言われても、手持ちのネタなんか無いのだ。
「タクマは自分を素人って言うけど、火薬や銃に関する知識は俺よりも遥かにあるじゃないか。それをちょちょいと使って、何か考えてくれよ」
「ムチャ振りだなぁ……そんな急に言われても、使えるのは長銃と散弾銃と大砲? うーん……大砲はどうっすか?」
「大砲って、あの城攻めに使う奴か?」
「そうです、どうせもう攻める城は無いんですよね?」
「まぁ、俺らはここから動かないからな」
ユーレフェルトの北部を担当した三森達の部隊は、三つの城を攻め落として来たのだが、攻城用に準備した大砲がまだ余っていた。
一部は夜襲にも使ったようだが、それでもまだ余っている。
「城攻めの予定が無いなら、余ってる大砲で橋を狙ったらどうです? まぁ、ここからじゃ当たらないとは思いますけど、脅しにはなるんじゃないですか?」
「それだ! さすがは軍師タクマ! それ、いただき、今から上奏してくる」
ポンと手を叩いたマフェオはスキップでもしそうな勢いで立ち去ろうとしたが、慌てて三森が待ったを掛けた。
「ちょっと、ちょっと待って下さいよ。やたらとぶっ放しても当たりませんし、脅しにもならないと思いますよ」
「え、そうなの?」
「だって、ここから橋まではかなりの距離がありますよね?」
「まぁ、そうだな。一応見える距離ではあるけどな」
「だとしても、真っ直ぐ狙って届く距離じゃないですから、角度を付けて打ち上げないと届きませんよ」
「どうすりゃいいんだ?」
「えーっとですね……」
三森は地面に木の枝で図を描いて、簡単に飛距離の調整法をレクチャーした。
といっても、四十五度の角度で打ち上げると一番飛んで、角度を下げると距離が縮まるといった雑な解説だった。
三森は本当に当たるとは思ってもいないし、橋の近くにでも着弾すれば脅しになるだろう……程度にしか考えていなかったし、マフェオもとりあえず何か策を出せれば良いと思っていた。
だが三森は忘れていたが、フルメリンタの魔法を使った工作精度は意外に高い。
短期間で銃を実用レベルに仕上げたばかりではなく、薬莢式の弾丸を作り、銃身にはライフリングまで刻んだのだ。
長銃の命中精度は高いし、後から投入された連発式の長銃も、弾丸の不良による不発を除けば大きなトラブルを起こしていない。
マフェオから大砲を使った橋の砲撃を進言されたフルメリンタの上層部は、味方に被害が出る可能性も無く、重要拠点を攻撃できるとあって、すぐに実行を許可した。
「タクマ、大砲を使った作戦が実行される事になったから、ちょっと指導してくれよ」
「はぁ? 俺は大砲の開発には関わってないから分からないっすよ」
「まぁまぁ、そう言わないで頼むよ。どうせ失敗しても良い作戦だし、それらしい事を言っておけば大丈夫だって」
「なんすか、それ、適当すぎですよ」
そう言いつつも、作戦の言い出しっぺでもあるので、三森は砲撃担当の所へ顔を出すことにした。
「こんちわ、橋の砲撃を担当するのはこちらっすか?」
「おぉ、俺達だ」
「すいません、余計なこと言っちまって……」
「とんでもない、城攻めが終わって俺らも暇してたからよ。大砲で遠距離攻撃とか面白そうじゃんか」
砲撃部隊の話によれば、城攻めが終わってしまった後は、何度か夜襲に出ただけで出番が無くて暇を持て余していたそうだ。
「でも、上手くいくかどうか分かりませんよ」
「別に構わないだろう。どうせ上の連中だって半信半疑だと思うぞ」
何しろ大砲自体が登場したばかりの武器だし、城攻めには有効だと分かっているが、遠距離攻撃でどの程度の効果を発揮するかは誰も分からないのだ。
「じゃあ、攻撃方法というか着弾点の調整法を解説しますね」
「おう、頼むぜ。どうせ撃つなら少しでも効果があった方が面白いからな」
三森はマフェオに説明した時よりも丁寧に、風の景況にも言及して着弾点の調整について説明を行った。
「なるほど、なるほど、基本的には投石する時の距離調整と同じ考えなんだな?」
「そうです、真上と真横の中間を狙って撃つと一番遠くまで飛んで、角度を変えれば距離の調整が出来るという訳です」
「そうか、上から落とすのと、横から命中させるのでは、どっちが威力が上がるかな?」
「さぁ、そこまでは分からないですけど、あんまり上に向けすぎると風の影響を受けやすくなると思います」
「風って、砲弾は片手で持てないほど重たいぞ」
「それでも、長い距離を飛ぶ間には風の影響は無視できないものがありますよ」
「そうか、目の前に飛ばす訳じゃないもんな」
この後、砲撃部隊は三森を交えて、大砲の角度の調整法を検討し、翌日天候が良ければ砲撃を実施することになった。
一方その頃ユーレフェルトでは、セゴビア大橋の袂に国王オーガスタの軍勢が到着していた。
ところが到着した矢先に、キュベイラム領が寝返ったという報告が届き、オーガスタの面子は丸潰れの状態に陥った。
いや、既に潰れる面子が無かったという話がユーレフェルト軍の一部には飛び交っていたが、オーガスタにしてみれば、ここまで足を運んで尻尾を巻いて帰る訳にはいかない。
「とにかく、フルメリンタの連中を東に向かって押し返せ!」
侯爵家から入り婿の形で国王となったオーガスタだが、この年になるまで一度も戦の経験は無く、知識すら持ち合わせていなかった。
明確な戦術の指示も無く、押し返せと命じられた国王派の指揮官が選んだ戦術は、最も戦闘能力の高い騎兵を並べての力押しだったのだが、残り少ない銃弾を注ぎ込んだフルメリンタの銃撃部隊の前に惨敗を喫してしまう。
オーガスタが何かをするほど戦況が悪化していく状況に、コルド川東岸に残っている兵士からは、コルド川の西岸への一時撤退を求める声が日毎に強まり始めていた。
フルメリンタの軍勢が、工作員を潜入させて、南部の戦線でセゴビア大橋が攻撃される……という流言を広めたからだ。
当然ながら、オーガスタはセゴビア大橋を渡っての撤収を認めなかった。
コルド川の東岸が完全にフルメリンタの勢力圏になるのと、橋頭保を残しておくのとでは奪われた土地を取り戻す時の労力に大きな違いが出る。
一時的などといって撤退を認めてしまえば、コルド川東岸の支配権を放棄するのと同然だから、オーガスタの立場では何としても認める訳にはいかなかった。
そして、その日もオーガスタは、セゴビア大橋の西の袂に程近い軍の施設で、反攻作戦のための軍議を開いていた。
軍議には国王派の指揮官の他に、コルド川東岸地域から落ち延びてきた貴族の姿もあった。
軍議は、損害を顧みずに力押しを主張する国王派と、フルメリンタの新兵器の威力を思い知っている落ち延びてきた貴族が対立して具体策が決まらない状態が続いていた。
ドン……ヒュルルルル……ドシャァァァン……
突如停滞した空気を打ち破るように、遠くから遠雷のような音が響いて来たかと来たかと思うと、不気味な風音に続いて大きな水音が響いてきた。
「何の音だ!」
国王オーガスタの問いに、国王派の指揮官は答えられず、代わって答えたのはセルキンク子爵だった。
「恐らくですが、フルメリンタの攻城兵器でしょう」
「攻城兵器だと……?」
オーガスタが質問を重ねた直後、再び発射音が響き渡った。
ドン……ヒュルルルル……ドガァァァン!
再度の破裂音と不気味な風の音の後、今度は水音ではなく大きな衝撃音と共に建物が揺れた。
「敵襲ぅぅぅ! 敵襲ぅぅぅ!」
セゴビア大橋を狙って発射されたフルメリンタの砲弾は、折からの強い東風に流されて、軍議の行われていた施設の壁を直撃した。
砲身や砲弾の精度、火薬の品質や量、フルメリンタの職人が丹精込めて作り上げた大砲は、均一に近い優秀な性能を発揮した。
思わぬ風の影響を受けて、砲弾が対岸まで届いたことを確認したフルメリンタの砲撃部隊は、すぐさま狙いを西向きへと修正した。
セゴビア大橋に命中してしまえば、橋が落ちてしまう恐れがある。
もし橋が落ちれば、逃げ場を失ったユーレフェルトの軍勢は死に物狂いの特攻を仕掛けてくるかもしれない。
そんな状況を招くよりも、対岸の街を攻撃した方が脅しとしての効果が高いと判断したのだ。
余っていた十数発の砲弾を全て対岸へと撃ち込んで、フルメリンタの砲撃は終了した。
その直後、周囲の助言を受け入れる形で、オーガスタは橋から離れた内陸の街まで撤退した。
領土を失っても取り返すチャンスはあるかもしれないが、命を失ったら取り戻せない。
国王撤退の動きは前線にも伝わり、その結果ユーレフェルトの防衛線は瓦解した。
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