第163話 国王不在の王城
※今回は海野和美目線の話になります。
「カズミ、国王陛下が出陣なさったら、暫くの間はサロンをお休みしなさい」
第一王子派の治癒士リュディエーヌから、指示を伝えられたのは国王オーガスタ陛下が出陣する三日前のことだった。
「でも、予約をいただいていますが……」
「予約のリストを見せて、休みの間に予約されている方には、こちらから連絡をしておいてあげる」
「ありがとうございます。それで、いつぐらいまで休めばよろしいのでしょうか?」
「それは、再開できるようになったら知らせるわ。それと、休業期間中は退屈でしょうが宿舎から出ないこと、いいわね?」
「何か危ないことが起こるのでしょうか?」
「分からないわ、でも陛下が不在の間は、何が起こっても良いように備えておく必要があるからね。リョーコとアムにも伝えておいて」
「分かりました」
またフルメリンタとの間で戦争が起こったと聞いた時には、まるで実感が湧かなかったのだが、近頃は王城でも不穏な空気を感じるようになっている。
理由は、戦況がユーレフェルトにとっては不利な状況が続いているからだ。
ユーレフェルト国内の東部を流れるコルド川という大きな川の東側が、今のままだとフルメリンタに占拠されそうな勢いらしい。
仮に、このままコルド川の東側を失うと、ユーレフェルトの国土は従来の三分の二に減ってしまうそうだ。
国土の三分の一を失うなんて、かなりの大事だと思うのだが、これも実感が伴わない。
そもそも、生まれた時から戦争とは無縁な日本で育ってきたから、国土を奪われるという事自体が実感できない。
それに、ユーレフェルトの王城で暮らしてはいるが、ここは私の故郷ではないのだ。
ここ王都にまで戦果が及んでいる訳ではないが、ユーレフェルトで生まれ育った人達は国土を奪われることに憤りを感じている。
国土を奪うフルメリンタに憤り、そのフルメリンタの侵略を許した王族や貴族に対して非難の声が上がっているようだ。
今回、国王陛下が戦場に赴くのも、そうした民衆の声に押された結果だ。
普段偉そうにしているクセに、フルメリンタに奪われるだけで何もしない王族や貴族など必要ない……といった不満が蓄積して暴動に発展する前に、出陣して体裁を整え、民衆の不満を抑えようとしているらしい。
そして昨日、国王オーガスタ・ユーレフェルトは大勢の近衛騎士に守られながら、煌びやかな行列を仕立てて出陣していった。
その様子は、甲冑こそ身に付けているものの、まるでアミューズメントパークのパレードのように見えた。
なんと言うか、格好ばかりで実際に戦えるように見えなかったのだ。
サロンが休業の間、私達三人は宿舎からの外出を禁じられ、軟禁同様の状況に置かれた。
涼子は骨休めが出来ると言ってノンビリしているが、亜夢は二日目にして退屈し始めているようだ。
娯楽の少ないこっちの世界では、施術を行う貴族の夫人との他愛無い話さえも貴重な娯楽なのだ。
「ねぇねぇ和美、この休みって何時まで続くの?」
「分からない。再開できるようになったらリュディエーヌさんが知らせてくれるはずだから」
「それまで、ここから出ちゃ駄目なの?」
「そう言われてる」
「街に行くなじゃなくて、王城の中でも駄目ってこと?」
「うん、そう」
「えぇぇぇ……退屈で死んじゃうよぉ」
「でもね……今回は、もしかするとヤバいのかも」
「えっ、どういう事?」
ソファーに寝そべって、私と亜夢の話を聞いていた涼子も起き上がってきた。
そこで、一昨日最後に施術をした貴族の夫人から聞いた話を二人に日本語で話した。
「今、この国では三つの派閥が争ってるよね?」
「第一王子派、第二王子派、国王派だよね? でも、第一王子も第二王子も死んじゃってるけどねぇ」
涼子が言った通り、既に次の国王と目されていた二人の王子は、いずれも命を落としてしまっている。
「それでね。国王は実家の弟の息子、つまり甥っ子を次の国王にしようと考えてるみたいなんだって」
「マジで? でも、ブリジット王女やアウレリアはどうすんの?」
「アウレリアは、フルメリンタに嫁に出そうとして断られたみたい」
「マジ、マジ? ざまぁ! あんなクソ女、嫁に貰おうなんて奴がいる訳ないよね」
大嫌いなアウレリアが嫁入りを断られたと聞いて、亜夢は手を叩いてはしゃいだ。
「じゃあ、ブリジット王女は?」
「国王はブリジット王女と、その甥っ子を結婚させて国王にしようと企んでいるらしいの」
「なるほど、国王の実家って確か大貴族なんだよね? だったら不自然じゃないのか」
「でも、ブリジット王女は乗り気じゃないみたいだし、何よりアウレリアが反対しているみたいなの」
「あのクソ女、フルメリンタに断られたから、今度は大貴族の息子と結婚しようなんて考えてるの? ばっかじゃない」
普段はほがらかな亜夢だが、アウレリアの話になると途端に表情が険しくなって口調が荒くなる。
「自分と結婚しろって思ってるのかは分からないけど、とにかく自分が無視されているような状況が気に入らないらしい」
「ばっかじゃないの、血筋以外は何の取り柄もないクソ女が調子に乗ってんじゃないわよ」
「どうどう、亜夢。落ち着け、顔怖くなってるよ」
亜夢の様子を見かねた涼子が宥めに掛かる。
確かに、こんな亜夢は亜夢らしくないし、いつもみたいに能天気に笑っていてほしい。
「ねぇ和美、もしかしてアウレリアが何かしでかすかもしれないから出歩くなって言われてるのかな?」
「うん、たぶん涼子の言う通りだと思う」
実際、普段宿舎の警備は二人の兵士が担当しているのだが、昨日から四人に増えているし、防具も物々しい感じに変わっている。
食事は三食運ばれて来るし、お茶やお菓子も今のところ困っていないけど、宿舎の周囲を包む空気は間違いなく張り詰めている。
「和美、第一王子派はどうするつもりなんだろう?」
「分からないけど、ブリジット王女は自分が次の国王になるって宣言しているから、アウレリアが何かしでかすのを見逃すことは無いと思う」
「それって、王城の中で戦いが起こるってこと?」
「最悪の場合、そうなる可能性も否定できないかな……」
涼子が危惧するように、王城の中で戦いが起こる可能性も否定できない。
国王陛下の留守を狙って事を起こすとなれば、それはもうクーデターだ。
当然、国王派は備えをしているだろうし、もしかしたら第一王子派もこの機会を利用して第二王子派を排除しようと考えているかもしれない。
すべては憶測の域を出ないが、私達の置かれている状況から考えると、そうした事態になる可能性は結構高いような気がする。
「ねぇ涼子、このチャンスを利用して、あのクソ女殺せないかな?」
「なに言ってんのよ、殺すって亜夢がやるつもりなの?」
「そうだよ、あたしがこの手でみんなの恨みを晴らしてやるの」
「どうやって? あんた攻撃魔法ヘタクソじゃないの」
「だったら、包丁とかでグサっと!」
「てか、そもそもアウレリアがどこにいるかも分からないんだよ」
「だって、だって、あのクソ女、ムカつくじゃん! あいつのせいで、みんな死んじゃったんだよ」
「分かってる、分かってるけど、亜夢が無茶して怪我したり死んだりするのは嫌だよ。アウレリアはムカつくけど、あいつを殺すよりも、あたしは亜夢に元気で笑っていてほしい」
「涼子……だよね、無計画に突っ込んでいっても上手くいくはずないよね」
涼子に正面から諫められて、亜夢も少し頭が冷えたみたいだ。
会話が途切れて沈黙が訪れると、なんだか宿舎の外が騒がしいような気がした。
「何かな? 遠くで人が騒いでいるみたいな……」
席を立って窓際に歩み寄ると、確かに遠くから人が騒ぐような声が聞こえてくる。
風に乗って聞こえてくるのか、ふっと大きくなったかと思うと、潮が引くように聞こえなくなる時もある。
「お祭り? の訳ないか」
「ねぇ、さっき言ってた事が起こってるんじゃない?」
亜夢の勘は当たっているような気がする。
「どうするの、和美」
「まずは落ち着こう。まだ何が起きているのかも分からないから、下手に動かない方が良いと思う。ここはどこの派閥からも独立している感じだからね」
かつて霧風君が使っていた宿舎は、元々は外国の要人が訪問した時に使う建物だと聞いている。
そのため、一応第一王子派の側には建っているものの、どこの派閥の区域からも独立した感じになっている。
そのため、派閥争いで戦いが起こったとしても、ここが狙われる可能は低いと思われる。
「じゃあ、今は待機だね?」
「うん、ただし何時でも動けるように準備だけは整えておこう」
「準備って?」
「数日分の着替えと、動きやすい靴に履き替えておく……その程度かな」
私達は頷き合って、早速準備に取り掛かったのだが……その程度の準備はすぐに終わってしまった。
準備を終えた後は、何となく窓際に集まってしまった。
「まだ聞こえてくるね」
「亜夢の耳でも聞こえるとなると結構大きな音だね」
「えっ、どういう意味?」
「だって、亜夢は人の話を聞かないじゃない」
「涼子、酷い!」
もっと動揺するかと思っていたけれど、二人がいつも通りの感じなので安心した。
亜夢は頬を膨らませて涼子をバシバシ叩いているけど、眉間に皺を寄せて目を吊り上げているよりもずっと良い。
「あっ、大変!」
突然亜夢がポンっと手を叩いて私の方へ向き直った。
「どうしたの?」
「王城の中で戦いが起こっていたら、お昼ご飯が届かないかも……」
「はぁ、何かと思えば……」
「だってご飯が大事だよ。特に和美は二人分食べないといけないんだからね」
「そうだね」
私のお腹の中に、霧風君の子供が宿っていることは二人にも話してある。
子供の件を話してから、二人もフルメリンタに行くことに賛成してくれている。
「和美、アウレリア達が排除されたら、フルメリンタに行きやすくなるかな?」
「それは分からないよ。今は落ち着くのを待って、状況を見極めるしかないと思う」
「そうだね、あたしも亜夢も、和美を霧風君の所に届けるのを手伝うからね」
「うん、任せて!」
「まぁ、亜夢は不安だけどね……」
「涼子は……酷い!」
「痛い、痛いよ、亜夢」
お腹に宿った命を実感するほどに不安も大きくなっているのだが、涼子と亜夢が一緒なら何とかなるような気がする。
今は二人に頼ってでも、無事に出産まで漕ぎつけたいと思っている。
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