第161話 姑息な戦い

※今回は三森拓真目線の話です。


 新川と銃撃部隊の半分を引き抜かれたが、こちら側の戦況に変化は無い。

 セゴビア大橋まで距離にすると十キロ程度の高台に陣取ってからは、ユーレフェルト側と睨み合いが続いている。


 俺達フルメリンタ側とすれば、全軍で突っ込めばセゴビア大橋まで到達できるが、その後に戦況を維持するだけの戦力が無い。

 ユーレフェルト側からすると、高台に陣取った俺達に向かって突っ込んで行けば、銃撃によって多大な損害を出すのが目に見えている。


 戦力の微妙なバランスによって、どちらも動くに動けない感じだ。

 前線の兵士にしてみれば、命の奪い合いから一時的とはいえ解放されてホッと一息ついているようだが、指揮官たちは現状に満足していないようだ。


 特に、ここ数日、南側の戦線が夜襲や火薬による攻撃で戦果を上げているという知らせが届いていて、自分達も動くべきではないかという話が持ち上がっているようだ。

 それに、兵士は戦わなくても食糧を必要とする。


 何度か補給は届いているが、戦果を上げられずに補給された食糧を消費する状況に指揮官の一部は焦りを感じているらしい。

 そして、俺のところにも銃撃部隊のマフェオという上官から諮問が下された。


「タクマ、うちの戦力で何か戦果を上げる方法は無いか?」

「戦果ですか? でも、前線の位置は動かせないんですよね?」

「そうなんだよなぁ……それで戦果を上げろとか無理だよなぁ」


 どうやらマフェオは乗り気ではないらしく、更に上官から訊ねられて苦慮しているようだ。


「少なくとも長銃は夜襲には向いてませんよ。弾も潤沢じゃありませんし、狙って撃てる状況じゃないと効果を発揮しません」

「だとすると、散弾の部隊か」

「そうですね。この所、接近戦が無いんで、散弾ならば余裕がありそうですし、狙いが適当でも長銃よりは効果があります」

「ただなぁ……いざ前線を押し上げるとなった時に、散弾に余裕が無いと困るんだよな」

「そうですね。面で押し込むには散弾部隊は必要ですからね」


 ユーレフェルトに対して侵攻を始めた当初は、銃弾も散弾も潤沢だったので、それこそ撃ち放題の状況だった。

 ところが、噂によると街道を西に向かっている戦線に試作中の連発式長銃が投入されたようで、補給の銃弾もそちらに多く割り当てられているらしい。


 こちらの戦線は停滞しているとは言っても、このままの補充ペースでは銃撃部隊は満足に機能しなくなりそうだ。


「それじゃあ、一撃離脱で夜襲でもやってみます?」

「どういう事だ?」

「散弾銃って、言うまでもなく大きな音がしますよね?」

「そうだな、俺も最初に聞いた時には驚いたもんだ」

「その上、撃たれる側になると銃弾まで飛んでくるんですから質悪いですよね」

「その通りだな、それで?」

「なので、こっちの陣地から闇に紛れて敵に陣地に侵入して、眠ってる連中に向けて五、六発ぶっ放つんですよ」

「五、六発じゃ少なくないか?」

「まぁ、弾で痛手を与えるには少ないですけど、夜中に撃たれたら起きるしかないですよね?」

「そうか、眠っている連中を叩き起こしてやるのか?」


 マフェオは夜襲の意図に気付いたようで、ニヤリと悪い笑みを浮かべてみせた。


「そうです、嫌がらせです。まぁ、弓とかでやり返されるかもしれませんが、散弾銃ほどの音は出ませんし、効果はこちらの方が遥かに高いと思いますよ」

「なるほど……だとしたら、こっちの陣地からなるべく遠くの敵に仕掛けないとだな」

「えぇ、自分たちが起こされていたら意味ないですからね」

「ようし、ちょっとそれを上申してみるか」


 声を掛けてきた時の仏頂面から一変、マフェオは上機嫌で司令官のところへと戻っていった。

 散弾銃部隊による一撃離脱の夜襲案は採用され、早速その晩に一回目の作戦が決行された。


 戦線が膠着して以後、俺は銃のメンテに徹していたので、その晩は寝ずに起きていたのだが、遠くの方から六発ほどの銃声が聞こえてきた。

 味方には事前に夜襲の件は知らされていたし、かなり遠くから聞こえた銃声では起きてくる者はいなかった。


 その後も暫くの間、耳を澄ませていたのだが、追加の銃声は聞こえてこなかった。

 夜襲に気付かれて応戦されたならば、追加の銃声が聞こえてくるはずなので、この晩の夜襲は成功だったのだろう。


 翌日、夜襲に行った兵士に聞いてみると、面白いほどにユーレフェルトの陣地は混乱したらしい。


「あちらさんも戦況が膠着して油断してたんじゃないか、見張りの数も疎らだったし、綺麗に並んでいる天幕の真横からぶっ放してやったから、大混乱になってたぜ」

「反撃は無かったのか?」

「反撃どころか、下着一枚で悲鳴を上げて逃げ惑ってたよ。まぁ、次はこんなに上手くはいかないだろうけどな」


 初回の成功に味をしめた司令官は、すぐさま二回目の決行を指示してきた。

 散弾銃の部隊でも、次は俺にやらせろと多くの者が夜襲に志願したそうだ。


 

 二回目の夜襲では、ユーレフェルトも反撃の態勢を整えていたらしく、最初の六発の後に、更に数発の散弾を放って離脱したそうだ。

 この時も、反撃に出てきた兵士の明かりに向かって散弾を撃ち込んだおかげで、反撃部隊の足が止まり、その間に無事に離脱できたそうだ。


 更に三回目の夜襲では、大砲を持ち出した。

 野営している天幕の列に向けて大砲を撃ち込むと、待ち伏せしていた連中まで巻き込んだらしく、反撃も受けずに戻ってこられたそうだ。


 連日の夜襲成功によってフルメリンタ側の士気は高まり、偵察にいった兵士によるとユーレフェルト側の士気はガタ落ちしたらしい。

 散弾による死者は少なかったようだが、怪我人が相当数に上がったようだ。


 逆に大砲による攻撃は、多くの死者を出したらしい。

 業を煮やしたユーレフェルトは、お返しとばかりに夜襲を仕掛けてきたが、待ち構えていた散弾部隊の餌食になったらしい。


 ただし、戦線については全く動いていない。

 それでもフルメリンタの指揮官たちは、戦果が上がっているという実感を得て焦りからは解放されたようだ。


 夜襲に参加した散弾部隊の銃をメンテしていると、上機嫌なマフェオが声を掛けて来た。


「タクマのおかげで助かったぜ、最小の弾数で最大の戦果を得る。おかげで上官連中も落ち着いたみたいだから、無茶な突撃とかやらされる心配は無くなったぞ」

「それは何よりです。折角の勝ち戦なんですから、無駄死にはしたくありませんもんね」

「まったくだ。こっちはこれ以上動けないんだから、さっさと南の戦線と、街道側の戦線を押し込んでケリをつけてもらいたいぜ」

「同感です。ユーレフェルトも、さっさと諦めればいいのに」

「そうだな。まぁ、奴らにとっては自分達の国土だから、簡単に諦められないんだろうぜ」


 前回の戦いで、ユーレフェルトに侵攻したフルメリンタが、霧風一人と引き換えに退却したのは、戦線を維持できなかったという理由の他に、自分達の土地という意識が無かったからでもあるのだろう。

 今回、ユーレフェルトの連中が粘っているのも、自分たちの国を取られなくないからだろう。


 だとすれば、ユーレフェルトの連中に諦めさせて、土地を放棄させるには何か一押しが必要なのかもしれない。

 ただ、その何かが何なのかは、俺の頭では思いつかない。


「新川だったら思いつくのかな。あいつ、大丈夫だろうな……」


 街道に沿って進む部隊に合流した新川は、俺なんかよりも遥かに知識があるし、頭が切れる。

 あいつなら、あと一押しを思いつくかもしれない。


「マフェオさん、まだ夜襲は続けるんですか?」

「あぁ、毎日じゃないけどな、向こうに狙いを絞らせないようにしながら続けるようだ」

「そうですか、でも狙うんだったら同じ所を毎日襲った方が効果あると思いますよ」

「いや、それじゃ待ち伏せされて反撃されるだろう」

「そうなんですけど、嫌がらせは毎日やった方が効果ありますからね」

「お前、いい性格してんじゃねぇか」

「まぁ、否定はしませんよ。というか、夜襲だけじゃないくて、昼間に遠くから見張りを狙撃するとかした方が効果高いんじゃないですか。昼間気を抜かせないように……」

「お前、本当にいい性格してるよ。さっそく上申してくるぜ」


 笑いを抑えきれないといった感じで去って行くマフェオも、十分いい性格してると思うけどな。

 俺の足りない頭じゃ、この程度のことしか思いつかないけど、少しでも早く戦争が終わるように、姑息な手段でも考えることにしよう。

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