第156話 一進一退
セルキンク子爵領、カーベルン伯爵領、そしてクラーセン伯爵領と転戦してきた新川恭一と三森拓真は、銃撃部隊の一員として戦いの後方に置かれるようになった。
フルメリンタとしては、残す二つの領地を落とせばコルド川東岸地域を制圧できるので、ほぼ目標は達成できたと考えている。
そのため、新兵器である銃をユーレフェルト側に奪われないために、前線から離す決断を下した。
元々、フルメリンタの長銃は射程が長いため、前線に配置しなくとも効果を発揮できる。
散弾銃は近距離からでないと効果を発揮できないので、こちらに関しては折を見て前線への投入も考えているようだが、最前線に置かれている元反貴族派には供与されていない。
新川と三森は、部隊で使われている長銃のメンテナンスを担当していた。
開発の段階から関わって、試射によるトラブルの発生も全て経験してきた二人だから、メンテナンスはお手の物だ。
フルメリンタの長銃の性能は安定していて、薬莢の不良による不発を除けば、銃本体の不具合で発射不能になる事は一度も起こっていない。
新川の提案で、極力構造を簡略化した効果が表れているようだ。
一丁ずつ入念にメンテナンスを行う二人は、今や銃撃部隊には必要不可欠な存在となっている。
一応、銃撃部隊に所属する兵士は、自分でもメンテナンスが出来るように教えられているが、新川と三森に対する信頼は絶大だ。
「キョーイチ、俺の銃は上がってるか?」
「あぁ、終わってる。銃身を掃除して、着火部も新しく交換しておいたぞ」
「おぉ、ありがとう。ピカピカじゃん」
「俺が手を掛けたんだから当然だ」
「それじゃあ、あとは戦場で俺達が手柄を上げるだけだな」
新川と三森が加わっている銃撃部隊の評価は、戦いが進むにつれて高まり続けている。
初戦のグランビーノ伯爵の騎馬隊を殲滅したのを皮切りに、ここまでのフルメリンタがユーレフェルトを圧倒しているのは、銃撃部隊のおかげと言っても良い。
戦前から実力は評価されていたが、実際に戦果を上げて部隊全員が自信を得たことで、更に命中精度も向上している。
手柄を上げるだけと軽口を叩くだけの実力は十分に伴っている。
その戦果が、新川と三森の情報、開発、メンテナンスによるものだと分かっているから、二人を元奴隷だと侮る者はいない。
それどころか、この戦が終われば表彰されるのは間違いないから、無駄死にするなとさえ言われている。
この戦いにケリがついたら軍を抜けようと考えている二人にとっては、渡りに船の状況なので言われるがままに戦闘には関わらなくなった。
弾薬の管理と銃のメンテナンスが、今の二人の役割となっている。
コルド川東岸に残されたユーレフェルト側の二つの領地のうち、南側に位置するキュベイラム伯爵領では、田植え前の田んぼに水を張ってフルメリンタ勢を足止めする作戦をとった。
船を使って対岸から物資や援軍を受け入れていはいるが、地理的に追い詰められている事に変わりはないので、少しでも時間を稼ぐ作戦だ。
一方、武装解除して落ち延びてきた他家の兵士を受け入れ、セゴビア大橋を使って王国からの支援を受けているシルブマルク伯爵は、反転攻勢に出る作戦を採用した。
物資も人員も整っているし、守ってばかりではジリ貧だという判断からだ。
シルブマルク伯爵は元反乱軍の歩兵を前線に並べたフルメリンタ勢に対して、騎馬部隊をぶつけて蹴散らす作戦に出た。
借り入れが終わり、乾いた田んぼが広がる土地は、騎馬部隊が疾走するのに持って来いの場所だ。
馬の体重と突進力を伴う騎馬部隊は、正式な訓練を受けた事の無い元反乱軍の兵士にとっては悪夢のような存在だった。
戦線を突き破られ、混乱したところを後続の部隊に叩かれる。
この騎馬部隊によって、街道に沿って進んできたフルメリンタ勢は後退を余儀なくされたが、クラーセン伯爵領を攻め落としたフルメリンタ勢の進軍は止まらなかった。
北側のフルメリンタ勢には、新川や三森が所属する銃撃部隊が控えていたからだ。
元反乱兵を盾として使い、長銃を使って狙い撃ちにする。
盾を破って入り込んで来た者には、近距離から散弾を浴びせる。
馬を失ってしまえば、あとは歩兵同士の戦いとなる。
騎馬部隊の後に続き、陣形が崩れた相手ならばユーレフェルトの歩兵も互角以上の戦いをしたのだろうが、勢いに乗って攻め込んで来る敵を相手にするのは簡単ではなかった。
しかも、フルメリンタの指揮官は、元反乱軍の兵士に対して、敵陣に入り込んだら撤退だと叫ぶように指示を出していた。
フルメリンタの兵が叫んでも意味は無いが、ユーレフェルトから奪った防具を身に着けた者たちが叫べば戦場は混乱をきたす。
更に、銃撃部隊にはユーレフェルトの防具を身に着けている者は撃って構わないという指示が出されていた。
つまり、元反乱軍の兵士ならば撃ってしまっても良いということだ。
同士討ちを恐れるユーレフェルト側を混乱させる一方で、フルメリンタ勢は同士討ちでも構わないという姿勢だから、前に出る勢いが違ってくる。
一応、銃撃部隊は手柄を稼ぐためにユーレフェルト側の将校を狙っていたが、元反乱軍の兵士を誤射するケースは少なくなかったようだ。
ユーレフェルトの騎馬部隊が壊滅した後、戦場では泥沼の戦いが繰り広げられたが、銃という武器を持つフルメリンタが終始主導権を握り、戦いを優位に進めた。
その結果、反転攻勢に出ていた街道側でもユーレフェルトは後退を余儀なくされた。
クラーセン伯爵領から進んでくるフルメリンタの部隊がセゴビア大橋を押さえてしまえば、自分達はコルド川東岸で孤立する羽目になるからだ。
これは、前回の戦いでユーレフェルト国内に攻め込んだフルメリンタ勢が後退を余儀なくされた状況に似ている。
あの当時、セルキンク子爵の奮闘によって補給が絶たれる恐れが出てきたために、フルメリンタは戦線を縮小せざるを得なくなった。
同様の事態に直面したシルブマルク伯爵勢も、一度攻め込んだ場所から後退するしかなかった。
街道側に配置した部隊の一部を北側に割り振るためなのだが、今度はその配置で揉め事が起きた。
フルメリンタに対して反撃し大勝した者たちが、同じ戦術を使って大敗した場所に自ら進んで行きたがらないのは当然だ。
結局、爵位の低いセルキンク子爵の兵が北側に向かうことになったが、部隊の士気は上がらない。
一度敗北を喫し、武装解除を受け入れて領地を明け渡した相手に、新たな策も無く再戦を挑まなければならないのだ。
勝ち目の無い戦いをするよりも、橋を渡って逃げてしまえば良いと考えるのが人情というものだろう。
結局、配置転換に応じて北側の戦場に向かったのは、予定数の七割に留まった。
残りの三割は、防具を捨て、剣を捨て、槍を捨て、一般市民になりすまして橋を渡って行った。
人員を入れ替え、新たな騎馬部隊を投入したシルブマルク伯爵勢だが、結果は当然のように惨敗、いたずらに馬と兵を失う事になった。
「なぁ新川、ユーレフェルトの連中って学習しないのかな?」
「そんな事は無いと思うが、まだ銃の威力を測りかねているんじゃねぇの?」
「そっか……わざとやられた振りをしているとかじゃないだろうな?」
「いやぁ、そこまでの余裕は無いだろう。たぶん……」
ユーレフェルトの軍勢が同じ作戦で惨敗を繰り返す様子を見た三森と新川は、余りの無策ぶりに逆に何かの策略ではないかと疑いすら抱いた。
結局、二人の心配は杞憂に終わり、ユーレフェルトからの目立った反攻は行われなかったが、クラーセン伯爵領から南下を続けてきたフルメリンタ勢も一旦進軍を止めた。
このまま進んでしまうと、セゴビア大橋まで到達してしまう可能性が高くなったからだ。
セゴビア大橋を押さえてしまえばユーレフェルト側の補給を断つ事ができるが、その一方で取り残された兵士たちが死に物狂いの戦いを挑んでくる可能性が出てくる。
元反貴族派の兵士も使い潰してきたことで数を減らしていて、このまま殲滅戦に突入すればフルメリンタが大きな損害を被る恐れがある。
そこでフルメリンタは、北側の進軍を止めると共に、銃撃部隊の半分を街道側に振り分ける事にした。
「三森、俺が行くよ」
「いいのか? あっちの方が危なそうだぞ」
「いいよ、三森はこの戦いが終わったら富井のところに行くんだろう?」
「いやいや、勝手に死亡フラグを立てないでくれ。今は生き残ることだけ考えろよ」
「そうだな。まぁ、大丈夫だろう、後ろでメンテだけやってるよ」
「おぅ、命大事に、ご安全に……だぞ」
「分かったよ」
銃撃部隊の振り分けに伴って新川恭一と三森琢磨は、戦争奴隷となって以後、初めて別行動をとる事になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます