第157話 元反乱軍兵士と召喚者
※今回は新川恭一目線の話になります。
銃撃部隊の振り分けに伴って、俺は街道に沿って進むフルメリンタの部隊へ合流することになった。
こちらには今まで銃撃部隊が同行しておらず、いわゆる従来通りの戦いが行われていたらしい。
ただし、街道を進んできた部隊は、シルブマルク伯爵領に来るまでは戦闘らしい戦闘はしてこなかったそうだ。
この辺りはエーベルヴァイン公爵が治めていた領地だそうで、前回の戦いで領主が戦死したり、国土を奪われる切っ掛けを作ったせいで相続が認められなかったりしたせいで、反乱軍が跋扈する地域になっていたらしい。
といっても、その反乱軍を裏から糸を引いて操っていたのがフルメリンタだそうで、まともな組織は残し、山賊同然の連中の始末までしていたそうだ。
そして今回の開戦と同時に、まともな組織をフルメリンタに味方するように仕向け、戦いもせずに進軍を続けてきたらしい。
反乱軍の連中を取り込んで、戦力を増やしながら街道を進んできたフルメリンタの軍勢だったが、シルブマルク伯爵領で初めて劣勢に立たされたそうだ。
北に向かった軍勢と南に向かった軍勢が蹴散らし、武装解除させてきた、セルキンク子爵、カーベルン伯爵、ベルシェルテ子爵、コッドーリ男爵などの兵士が、新たに武装を与えられて立ち向かって来たのだ。
対するフルメリンタの軍勢の最前線に立っていたのは元反乱軍の兵士達で、その多くは元農民だから兵としての練度が違いすぎた。
数に任せて押し込むどころか、逆に押し戻されて戦線を後退させる羽目になったが、ユーレフェルトの軍勢の反転攻勢はすぐに止まった。
俺や三森がいたフルメリンタの軍勢がセゴビア大橋に迫ったことで、退路を断たれる心配が出て来たからだ。
俺たちが街道を進む部隊に合流した時、ユーレフェルトの軍勢はシルブマルク伯爵領まで後退していた。
「うぇぇ、こっちも随分と酷い戦があったみたいだな」
一緒に移動してきた銃撃部隊の連中が顔を顰めるのも当然で、合流地点に近付くほどに漂う腐臭が濃くなっていた。
戦場で死んだ連中の遺体は、可能であれば回収して埋葬するが、戦闘が続いている状態ではそんな余裕は無い。
埋葬できない遺体は当然腐敗し、その臭いの濃さが戦闘の激しさを物語っている。
一時、戦線を押し戻したユーレフェルトの軍勢は、今はガッチリと守りを固めてフルメリンタ勢が街道を西に進むのを阻止する構えだ。
セゴビア大橋を維持し、コルド川の東側に戦力を残した状態からと、完全に制圧された状態からでは、挽回する労力に大きな差が生じる。
ユーレフェルトとすれば、なんとしてもシルブマルク伯爵領とキュベイラム伯爵領だけは死守しなければならないのだ。
合流した到着した翌日から、早速銃撃部隊は戦闘に組み込まれた。
といっても、最前線で肉弾戦を繰り広げる元反乱軍の後方から、ユーレフェルトの指揮官や弓兵を狙って狙撃を繰り返すだけで、相手からの攻撃が届く場所までは出ない。
ユーレフェルトの前線で指揮をとる騎士が狙撃されると混乱が生じて、一時的にフルメリンタが戦線を押し込むが、反撃を食らって押し戻されるのを繰り返している。
多くの死傷者を出しながらも攻撃を続けたが、朝から夕方まで戦ってバリケードを二つ突破することしか出来なかった。
俺は昼間の戦闘には参加せず、部隊の連中が戻ってきてから銃のメンテナンスを担った。
銃身の内側を専用のブラシを使って掃除し、発射機構に問題は無いかチェックし、必要とあれば交換、外側も綺麗に拭きあげておく。
銃弾も一発ずつチェックし、不良品を撥ねた上で、上品と中品に分けておく。
弾薬に余裕があるうちは上品のみで戦い、余裕が無くなったら中品も混ぜることにしている。
後方からの援護射撃が主な役割だから、銃撃の速度はあまり重視されないが、それでも不発があるとテンションが下がる。
銃撃はメンタルの状態によって命中率が下がったりもするので、なるべくストレス無く戦ってもらいたい。
手元が良く見えるように、明るい場所で作業を進めていると、歩み寄って来た数人の男が話し掛けてきた。
「気楽なもんだよなぁ、俺らが死に物狂いで戦っている後ろから、その魔道具を使うだけだもんな」
「ちっとは手前ら命懸けで働いてみせろや」
視線を上げた先にいたのは、土埃にまみれた三人の男だった。
憎しみの籠った目で睨み付けてくる俺と同じ歳ぐらいにみえる若い男が二人、その後ろから三十近い男が仲間を制止するように声をかけた。
「おい、八つ当たりはやめておけ」
「何でですか、俺らが毎日命懸けで戦ってんのに、こいら後ろで楽してるだけじゃないっすか」
「そうですよ、俺らはフルメリンタの道具じゃねぇつーの!」
どうやら三人は元反乱軍の兵士のようで、後方であまり汚れの目立たない服装で銃を磨いている俺が気に食わなかったのだろう。
「俺は元々フルメリンタの人間でも、ユーレフェルトの人間でもないぞ」
「じゃあ、何だって言うんだよ。その魔道具を売りつけて儲けてる連中か!」
「俺はユーレフェルトの馬鹿王族によって違う世界から強制的に連れてこられた者だ」
「はぁ? 何ぬかしてやがんだ、こいつ」
「俺達は戦いなんて無い平和な世界で暮らしていたのに、勝手に連れて来られ、帰る方法も無く、頼る人もおらず、脅されて強制的に戦わされ、三十人以上いた仲間のうちで生き残っているのは七人だけだ。全部、お前らのクソみたいな国のせいだ」
「そ、それがどうした。俺らは今、命懸けで戦ってんだ」
俺達の話し声を聞いて、銃撃部隊の連中が何事かと集まってきたが、引っ込みが付かなくなった若造は虚勢を張るように喚き散らした。
「当り前だろう、お前らは自分の国のために戦ってんだろう? 命かけるのは当然だろう。俺は、俺達は全く関係の無い国のために戦わされ、戦争奴隷に落とされ、文字通り死ぬほど働かされ、そこから自分の知識と才能を使って這い上がって来たんだ。お前らなんかに文句言われる筋合いはねぇよ。悔しかったら、お前も知識と才能を使って生き残ってみせろ。前線で這いつくばってるのが嫌だって言うなら、手柄立てて偉くなってみせろ」
「う、うるせぇ! 俺達は百姓のせがれだ。いきなり戦に出て手柄なんて立てられる訳ねぇだろう!」
「だったら、なんでそんな格好してんだ。防具を身につけて、槍を握って、それのどこが百姓だ。戦うのが嫌だってぬかすなら、防具も槍も捨てて畑か田んぼで震えてろ」
「お、俺だって好き好んで戦ってる訳じゃねぇ! 黙ってたら飢え死にするだけだから戦ってんだ!」
「だったら泣き言なんか言ってんじゃねぇ。これは、お前らの戦いなんだろう。嫌でも逃げられないなら、知識と才能を使って何とかしてみせろ。できなきゃ死ぬだけだ」
整備を終えた銃に上品の銃弾を込め、若造に狙いを定めて構える。
俺と若造の距離は十メートルも離れていないから、発射すれば頭が吹き飛ぶだろう。
ギョっとした表情で後退りした若造に代わって、年上の男が前に出て頭を下げてきた。
「待て、待ってくれ! 事情も知らずに失礼なことを言ってすまなかった。ほら、お前らも頭下げろ!」
「なんで俺まで……」
「いいから!」
年上の男が慌てるのも当然で、弾を込めた俺を見て、集まってきていた銃撃部隊の連中も銃を手にして弾を込め始めていた。
その一人が、三人に向かって口を開いた。
「勘違いしているようだが、俺達は前線にいるあんたらが楽に戦えるように後方から支援してるんだ。俺らがいなくなれば、前線の負担は更に増えるだけだぞ。その俺達の働きを支えているのが、このキョーイチだ。キョーイチに何かしやがったら、お前ら背中から撃たれる覚悟しておけよ」
「分かった、よく分かった。他の連中にも言っておくから、この場は収めてくれ」
年上の男が何度も頭を下げて、他の二人にも下げさせて、冷や汗を拭いながら去っていった。
銃撃部隊の連中は、また変な奴らが絡んで来ると困るから、交代で俺を護衛すると言い出したが、銃撃は目が命だからさっさと寝ろと追い返した。
さっきは脅しのために長銃をつかったが、護身用には試作段階だったリボルバー式の拳銃を持って来ている。
六連発だから、二、三発続けて撃てば、大抵の奴らは恐れをなして引いていくだろう。
元反乱軍の連中に同情しない訳ではないが、嫌味を言われて黙っていられるほど俺は人間ができていない。
向こうが殴ってくるなら、こっちも相応の対応をするまでだ。
翌日、翌々日の戦いで、フルメリンタ勢は防衛線の一つを突破して、戦線を前進させることになった。
陣地を引き払い、これまで戦場だった地域を通り抜け、次の陣地へと移動する。
馬車に揺られながら外を眺めていると、街道の両側にひろがる田んぼには、戦死者の遺体が山積みにされていた。
あの中には、俺に絡んできた連中の仲間も、もしかすると本人も含まれているかもしれないが、特別な感情は沸いてこなかった。
幸い、二日に渡る戦いでも、銃撃部隊には一人の怪我人も出ていない。
指揮官や弓兵を狙い撃つ戦術は、戦線の優劣に変化をもたらし、フルメリンタが前進する大きな要因となった。
一つだけ心配があるとすれば、既に上品の銃弾を使い尽くして、残りは中品の銃弾のみになってしまっている。
こちらの弾が尽きる前に、早めに補給をしてもらいたいものだ。
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