第155話 元反乱軍の使われ方

 ライムンドは、ユーレフェルト王国のコッドーリ男爵で小作人の次男に生まれ育ってきた。

 自分の土地を持たない小作人の家は裕福とは言えなかったが、物心が付いた頃からは豊作続きだったので、ライムンドは飢えることを知らずに育った。


 貧しいながらも家族が支え合う生活が一変したのは、ユーレフェルトが隣国フルメリンタに戦を仕掛けてからだ。

 戦費の拠出を名目に、通常の年貢の他に税が取り立てられた。


 度重なる取り立てによって飢え死にすら覚悟した時に、救いの手を差し伸べてくれたのが反乱軍の男だった。

 ライムンドと弟のヌニェスは、家族の食い扶持を少しでも増やすために、反乱軍に加わることを決断した。


 反乱軍の主な活動は、ユーレフェルトの貴族が農民から取り上げた食糧を奪い返し、飢えている住民に配ることだ。

 当然、捕まれば謀反人として処刑される運命だし、襲撃の最中に命を落とすこともある。


 ライムンドとヌニェスも命懸けで戦う覚悟はしていたが、最初の仕事は奪った食糧の運搬だった。

 二人は自分達も戦うと主張したが、満足な食事が出来ず体力が落ちた状態では無駄死にするだけだと止められた。


「兄ちゃん、俺達食ってるだけでいいのかな?」

「ヌニェス、食った分だけ後で働くぞ。俺達みたいに食えないで困っている人がいるそうだからな」


 反乱軍では、一日に二回、腹一杯とまではいかないが、十分な量の食事が与えられた。

 一日一回の僅かな食事、それも三日に一度は食事抜きという生活を続けていた二人にとっては、天国のような境遇だった。


 食事の量が増え、体力が回復したところで、二人は槍の扱いを教え込まれた。

 武術の心得が無い者が身を守りつつ戦うには、リーチの長い得物で相手を近づけない戦い方が一番リスクが少なくて済む。


 槍を模した棒を握り、突く、叩く、払うなどの基本動作をみっちりと仕込まれてから実戦に送り出されたが、初めての戦いでは槍すら与えられなかった。

 全員に行き渡るだけの剣や槍が無く、ただの棒や鉈を握って戦いに参加している者の方が多いぐらいだった。


 それでも戦いが成立しているのは、反乱軍の戦術が奇襲を仕掛け、奪ったら素早く撤収する一撃離脱方式だったからだ。

 鎧に身を固めた敵と戦うのは分が悪いので、警備の隙を突き、陽動を仕掛け、数的に有利な状況を作り出し、貴族の屋敷などから食糧を奪った。


 奪った食糧は、アジトへ持ち帰り、小分けされて貧しい農家へと配られた。

 食糧を奪う戦いをしながら、ライムンド達はユーレフェルトの現状についても教わった。


 無計画に税の取り立てをしなければならなくなった理由や、ユーレフェルトの王族や貴族の横暴な振る舞い、現状を打開しない無力さ、隣国との差など……。

 小作人として生きていたら知らなかった知識を得て、更に現状への不満を募らせたライムンドとヌニェスは組織への傾倒を強めていった。


 本人たちは気付いていないが、これは組織による洗脳教育でフルメリンタの意志が働いている。


「兄ちゃん。俺達の手で国を変えよう」

「そうだな、ヌニェス。ここなら、俺達の力も役に立つ」


 同じ思いを持つ者たちが寝食を共にして、寄せ集めの装備で命懸けの戦場に立つ……反乱軍の若者達は団結力を高めていったが、武器や防具が不足していた。

 金属製の鎧で身を固めた領兵と、正面きって戦うほどの戦力は無かった。


 その為、反乱軍の戦いはゲリラ戦に限られていたが、逆に戦闘を行う部隊が留守にしている間にアジトを襲われ、せっかく手に入れた食糧を奪い返される事もあった。

 非戦闘員の死傷者が増えるほどに領兵への憎しみは増し、組織の戦意は挫かれるどころか高まる一方だった。


 そんなライムンド達に転機が訪れる。フルメリンタの軍隊が攻め込んで来たのだ。

 フルメリンタの軍に対して、どう対処するかで反乱軍内部で意見が分かれた。


 自分達の国とは異なる外国勢の侵略は許せないという意見と、ユーレフェルトの王族や貴族と敵対する勢力なら手を組めるという意見だ。

 組織を二分するかと思うほど意見が対立し、方針をまとめられずにいる間にもフルメリンタは進軍を続けていた。


 そして、その進軍に別の反乱軍が手を貸しているという情報も飛び込んできた。

 フルメリンタから武器や防具が供与され、領兵とも互角の戦いを行っているという話が伝わり、形勢は一気にフルメリンタに協力する方向に傾いた。


 ライムンドのいる組織も上層部がフルメリンタとの交渉に出向き、協力関係を築くことで合意した。

 フルメリンタからは武器や防具が提供され、反乱軍からは食糧や人員が提供される。


 ライムンドとヌニェスも、金属製の胴金や手甲、脚甲、新しい槍などを受け取り、フルメリンタ軍へ組み込まれる事になった。


「兄ちゃん、聞いたか? 戦で活躍すれば騎士に取り立ててもらえるってよ」

「聞いたけど、チャンスは多くないぞ。キュベイラム伯爵とシルブマルク伯爵が降伏すれば戦は終わるらしい。何としても手柄を立てるぞ」


 大きな戦功のあった者が平民から騎士に取り立てられる事はあるが、それこそ戦況を一変させて味方を勝利に導くぐらいの派手な戦功が必要だ。

 大きな戦でも一人出るか否かぐらいの確率だが、騎士になれば貴族としての身分も手に入るので、平民の小作人の次男坊や三男坊にとっては夢のような話なのだ。


 騎士として取り立てるという話は、戦意高揚のためにフルメリンタが意図的に流した噂話にすぎない。

 嘘ではないが、実現するには困難な話に乗せられて、元反乱軍の者達は進んで前線に赴いていった。


 一方、フルメリンタからの降伏勧告を拒絶したシルブマルク伯爵領とキュベイラム伯爵領へは、次々に援軍が送り込まれていた。

 特にシルブマルク伯爵領では、領主と共に落ち延びて来たセルキンク子爵家やカーベルン伯爵家、ベルシェルテ子爵家などの領兵が、新たな装備を与えられ前線に復帰していた。


 正規の兵士の数だけならば、フルメリンタ兵の二倍を超えている。

 ただし、フルメリンタには正確な数が不明の元反乱軍の兵士がいて、銃と火薬という新兵器がある。


 勝敗の行方の予想が付かない状況で、戦いの幕が切って落とされた。

 フルメリンタ側の先陣を切ったのは、元反乱軍の兵士達だった。


 ユーレフェルトの王族や貴族の横暴を正して新しい国を作るため、騎士として取り立ててもらうため、反乱軍の内部で受けた洗脳教育と目の前にぶる下げられた餌に釣られて、がむしゃらに突っ込んで行く。

 ライムンドとヌニェスが回されたのは、南方のキュベイラム伯爵領だった。


 キュベイラム伯爵領は、広大な田んぼが広がる平坦な土地のため、籠城できるような山城が存在していない。

 攻めやすく守りにくい地形と承知しているキュベイラム伯爵は、城へと続く街道に柵を設け、農業用水の土手などを防衛線として野戦の支度を整えていた。


 その上で、例年ならば、まだ水を張っていない田んぼに水を入れてフルメリンタ勢を待ち構えた。

 街道を進もうとすれば、弓矢や魔法の格好の標的となり、田んぼを進もうとすれば泥に足を取られて素早く動けない。


 ライムンドとヌニェスも盾を構え、槍を携えながら泥田を這うようにして進んでいた。

 盾から体をはみ出させれば、容赦なく矢の餌食になる。


 春まだ遠い季節に泥田に浸かっていると、足元から体温を奪われ、体力を削られた。

 正面から飛んでくる矢に気を取られていると、頭上から落ちて来る火球を食らう羽目になる。


「兄ちゃん……待って……」

「ヌニェス、頭を出すな! 狙い撃ちされるぞ」


 元反乱軍の兵士の中では一番年下だったヌニェスの体力に合わせていたため、ライムンドたちは最前線からは大きく遅れていた。

 兵士達が踏み荒らしたことで泥田は更に深くなり、ライムンドたちの前進を阻んでいた。


「ヌニェス、あの倒れている兵士のところまで行くぞ」


 ライムンドは、矢で頭を射抜かれて倒れている兵士に歩み寄り、放り出されていた盾を拾って泥田に突き立て、自分の持っていた盾を並べるように突き立てた。


「ヌニェス、こっちだ。ここまで頑張れ!」

「分かった……」


 ヌニェスを待つ間、ライムンドは倒れた兵士の死体を盾の根本へと引き摺り寄せた。


「兄ちゃん……ごめん、もう歩けない……」

「ヌニェス、こっちに来て座れ」

「座れって、それ……」

「もう死んでる、泥に沈み込んで座るよりマシだろう」


 ライムンドは倒れていた兵士の遺体を敷物代わりに使うことにした。

 そのまま座り込んだら、泥に沈んで立ち上がることさえ困難になるからだ。


「いいから座れ! きれい事なんて言ってる場合じゃないんだぞ」

「分かったよ」


 ライムンドとヌニェスは兵士の遺体を敷物代わりにして、泥に突き立てた盾の裏側に座り込んで息を整えた。

 ヌニェスの持っていた盾は頭上に掲げて、放物線上に攻撃してくる火の魔法への備えとした。


「兄ちゃん、早く行かないと手柄を立てられないよ」

「馬鹿、ヘロヘロの状態で辿り着いたって、待ち構えている敵にやられるだけだ」

「でも、ここにいたって助かるとは限らないだろう」

「そんな事は分かってる、でも死んだら終わりなんだからな」


 実際、ライムンドの言う通り、泥田を這いずって農業用水の堤まで辿り着いた連中は、待ち構えていたユーレフェルトの槍兵達に突き倒されていた。

 堤まで辿り着く兵士が増えた事で、弓矢の量が減り、更に辿り着く者が増えてはいるが、泥田で体力を奪われているためにユーレフェルト優位の状況が続いている。


「兄ちゃん、もう十分休んだから行こう」

「いや、もうちょい待て」

「何でだよ、手柄立てられなくなるよ」

「焦るな、後ろを見ろ。フルメリンタの連中が押し出してきてる。何か策があるはずだ」


 元反乱軍の兵士に続いて押し出して来たフルメリンタの兵士達は、盾を並べて進んで来ると、農業用水の堤に隠れているユーレフェルト兵に対して魔法による攻撃を始めた。

 山なりに飛んで行く火球は、堤に隠れている兵士の頭上から降り注いだが、同時に泥田を進んで辿り着いた元反乱軍の兵士も巻き込んでいた。


「あいつら、俺達を使い潰すつもりか!」


 予想外の攻撃によってユーレフェルト側が混乱したのに乗じて、堤まで辿り着いた連中が死に物狂いで暴れ回り、形勢がフルメリンタ側に傾き始めた。


「兄ちゃん、どうするの?」

「フルメリンタの連中と一緒になって進むぞ。捨て駒にされるのなんて真っ平だ」


 ライムンド達はフルメリンタ兵に吸収される形で合流し、盾を並べて農業用水の堤まで辿り着いたが、ユーレフェルト側は次の防衛線まで撤退を完了させていた。

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