第154話 調略
現時点において、コルド川東側のユーレフェルト勢で最大の戦力を誇っているのは、北の山間部を守るノルデベルド辺境伯爵だが、フルメリンタとの戦には参加していない。
ユーレフェルト王国第一王女アウレリアを狂信するブランビーノ侯爵が独断で戦を始めた後、領地を接するフルメリンタのムルカヒム辺境伯爵から忠告されたからだ。
ノルデベルド、ムルカヒムの両家は領地の境に共同管理の館を所有していて、常に連絡を絶やさないようにしている。
これは地続きの国境線を接する両家が、戦乱に巻き込まれて互いに損耗しないためだ。
その連絡ルートから、いち早く開戦の知らせが届けられ、同時に参戦しないように忠告が添えられていた。
忠告の内容は、度重なるユーレフェルトからの奇襲にフルメリンタ国王レンテリオは業を煮やし、コルド川東岸の占領を決断したというものだった。
先の中州に対する攻撃も、今回の攻撃も、ユーレフェルト王家の統率が乱れていることが原因で、この先も改善される見込みが薄いこと。
国境線の安定のためには、コルド川東岸地域の安定が欠かせないことなどを理由としていたが、ノルデベルド辺境伯爵はこの理屈には無理があると感じた。
確かに、コルド川東岸地域がフルメリンタの支配下に置かれれば、従来の国境線は安定するが、新たな国境線には火種が生まれてしまう。
国土に差が生まれて、国力に差が付けば戦を仕掛けにくくなるのは確かだろうが、そもそも戦なんてものは理屈で始めるものではない。
ただでさえ、異世界から召喚したユート・キリカゼの知識を活用して、フルメリンタは急激な発展をし始めている。
国土を奪われ、国の発展度合いでも大きく水を開けられた者達が、大人しく引っ込んでいるだろうか。
フルメリンタが主張する永続的な安定は、フルメリンタにとって都合の良い理論でしかないとノルデベルド辺境伯爵は受け取ったが、忠告を拒絶するのは難しい。
ノルデベルド領は、ユーレフェルト国内において有数の軍備を誇っている。
かつてコルド川東岸地域では、エーベルヴァイン公爵家が最大の勢力であったが、先の戦での失態によって没落している。
今はノルデベルド辺境伯爵が一番なのだが、国境を接するフルメリンタのムルカヒム辺境伯爵家も相応の戦力を揃えている。
両家は何度も婚姻を重ねた親戚関係ではあるものの、あくまでもユーレフェルトとフルメリンタという別の国に属している。
互いに戦とならないように心を砕いているが、いざという時の戦力は保持している。
仮にノルデベルド家の戦力がセルキンク子爵に援軍を送れば、ムルカヒム家に攻め込まれる恐れがあるのだ。
そして、援軍の派遣を迷う暇もなく、セルキンク子爵とカーベルン伯爵は相次いで敗北。
この時点でノルデベルド辺境伯爵は、援軍の派遣を諦めた。
クラーセン伯爵家には、ユーレフェルト王国第二王子ベルノルトが滞在していることをノルデベルド辺境伯爵も知っていたが、援軍を出せる状況では無くなっている。
仮に援軍を送り込もうとすれば、ムルカヒム辺境伯爵に背中を突かれ、セルキンク子爵領やカーベルン伯爵領を陥落させたフルメリンタ軍に横っ腹を突かれることになる。
いくら兵力を揃えているノルデベルド辺境伯爵家であっても、無謀な行動と言わざるを得ない。
援軍の派遣を諦めたノルデベルド辺境伯爵は、ムルカヒム辺境伯爵にフルメリンタがコルド川東岸地域を占領した場合に備えて裏工作を依頼した。
自領の防衛を除き一切の戦闘を行わない代わりに、戦争終了後には所領を安堵してもらおうという目論みだ。
依頼を受けたムルカヒム辺境伯爵だが、王都ファルジーニとは連絡を取らなかった。
開戦以前に、ノルデベルド辺境伯爵の投降は織り込み済みで、所領の安堵などの条件も伝えられていた。
ムルカヒム辺境伯爵は、いかにも王都と連絡を取り合っているように装い、頃合いを見計らって内諾を得たとノルデベルド辺境伯爵に伝えた。
これによって、コルド川東岸地域にあるユーレフェルト貴族九家の内、七家がフルメリンタに下ったことになる。
残る二家は、コルド川に架かるセゴビア大橋を渡った先にあるシルブマルク伯爵領と、その南側に広がるキュベイラム伯爵領だ。
シルブマルク伯爵領は、元は第二王子派のザレッティーノ伯爵が治めていた。
ザレッティーノ伯爵は前回の戦において、講和直前に集団魔法を撃ち込み混乱を誘発した罪などを問われて転封を命じられた。
その後釜として送り込まれたのが、第一王子派のシルブマルク伯爵だ。
シルブマルク伯爵領の南側に位置するキュベイラム伯爵家も第一王子派で、奇しくもコルド川東岸地域に残されたのは第一王子派のみとなった。
フルメリンタは、この二つの領地でも反乱組織を扇動しようと試みたが失敗している。
理由は、第一王子派の宗主でもあり、ユーレフェルト王国の財務部門を一手に握っているラコルデール公爵の強力なバックアップがあったからだ。
ザレッティーノ伯爵は、先の戦に際して住民から食料の取り立てを行っていた。
シルブマルク伯爵が領主として赴く際に、疲弊した住民対策として財政、食料の両面で大規模な支援を行った。
言い方は悪いが、金の力で不満を抑え込んだ形だ。
一方、キュベイラム伯爵は、前回の戦の際にエーベルヴァイン公爵などから食料か兵力の拠出を要請されたが、これを断っている。
王位継承争いで対立する派閥からの要請でもあるし、王家から直接命じられた訳ではないと突っぱねたのだ。
その結果として過度な取り立ては行われず、領主に対する住民の信頼が醸成された。
隣接する地域で厳しい取り立てが行われた一方で、領主様は自分達を守ってくれたという思いが出来上がっていたために、フルメリンタの工作は上手くいかなかった。
フルメリンタは進軍を一旦停止、シルブマルク伯爵領、キュベイラム伯爵領を包囲する形で陣を組み両家に対して降伏を促す使者を送った。
降伏の条件は、ノルデベルド辺境伯爵と同様に領地を安堵して、フルメリンタの貴族として迎え入れるというものであったが、両家は共に要求を拒否した。
シルブマルク伯爵領へは、セゴビア大橋を通じて国軍が送り込まれ、食料などの物資も届けられていた。
キュベイラム伯爵領へは、船を使って対岸から兵士や物資が送り込まれている。
この地をフルメリンタに奪われれば、奪還するのは難しくなるのは明白だからだ。
シルブマルク、キュベイラム両家からの降伏拒否の返答により、大詰めの戦いの幕が切って落とされた。
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