第153話 国からの発表
フルメリンタの王都ファルジーニでは、連日ユーレフェルトとの戦争の情報が伝えられている。
目抜き通りの交差点や、人々の憩いの場である広場などに立札が設置され、そこに戦況をしるした紙が張り出される。
まだ紙が高価だから、号外や瓦版のような形で配布するのが難しいので、立札形式が使われているようだ。
各種のメディアやコミュニケーションツールが発達した日本では、立札で知らせても世の中への影響は限定的だが、ファルジーニではすぐに口コミで情報が伝わっていく。
なにより、長年に渡って敵対関係にあるユーレフェルトに対して、優位な状況で戦争を進めているのだから、話題にならない方がおかしいのだろう。
我が家の食卓でも、ユーレフェルトとの戦争が話題に上る回数が増えている。
ただ、フルメリンタによる発表の内容については少し疑わしいと感じている。
あまりにも、フルメリンタが一方的に戦を進めている情報ばかりだからだ。
最初の告知は、何の前触れもなしに戦を仕掛けてきたユーレフェルトの軍勢を返り討ちにしたというものだった。
戦いには新兵器が投入され、ユーレフェルトの騎馬隊は成す術も無く壊滅したと伝えていた。
おそらく、新兵器は新川と三森が情報を伝えた銃なのだろう。
「間違いないと思うよ。もう連発式の開発までしてたもの」
「マジで?」
「マジ、マジ」
ファルジーニへ来る前に、新川や三森のいた駐屯地へ寄ってきた富井さんの話によれば、銃の開発は恐ろしい速度で進んでいたらしい。
「でも、そんなに簡単に銃の製造とか出来るものかね? それに銃に使う火薬は、どうやって確保したんだ?」
「なんか、魔法を使っているって新川が話してたよ」
火薬作りに必要な材料を土属性魔法を使って量産し始めたそうだ。
普通に作れば時間が掛かるところを魔法によって時間短縮するならば、このタイミングで実戦配備できるだけの数を取り揃えるのも可能なのだろう。
「ということは、銃対魔法、もしくは銃対弓矢……みたいな感じなのか?」
「火薬を製造しているなら、爆弾とかも作ってるんじゃない?」
「そうか、銃を作っているなら大砲とか作っていても不思議じゃないか」
フルメリンタによる告知には、新兵器についての詳しい説明などは載っていなかったが、いくら銃が実戦配備されたとしても進軍速度は信じられないほど速い。
開戦から数日で、次々に領地を占領下に置いたという知らせは俄かには信じられない。
元諜報部員だったアラセリに、戦争が行われているユーレフェルト王国東側の地図を描いて、フルメリンタから発表がある毎に進軍度合いを記してくれたのだが……。
「アラセリ、こんな数日で、いくつも領地が落ちるものなのか?」
「そうね、普通に考えるならば早すぎると思う」
「それって、フルメリンタが嘘の発表をしているってこと?」
「もしくは、フルメリンタに内通していたのかもしれない」
「なるほど、降伏すれば領地は安堵する……みたいな話をつけてあったのかな」
「それならば、この進軍速度でもおかしくないわ」
ユーレフェルトでは王位継承争いに絡んで、貴族同士が足の引っ張り合いをしていた。
そんな状況を考えれば、条件さえ良ければフルメリンタに寝返る者がいても不思議ではない。
「どの貴族が裏切ったんだと思う?」
「裏切るとしたら、南のベルシェルテ子爵でしょう」
「ベルシェルテ……あぁ、フルメリンタに来る直前に会見した第二王子派の一人か。あれっ、第二王子派だったら、アルベリクが暗殺された後はベルノルトが国王になる可能性が高いんだから裏切る可能性は低くない?」
「状況的には、そう考えるのが正しいと思うけど、あまり信用の置けない人物なの」
アラセリが言うには、北のセルキンク子爵と比較すると、ベルシェルテ子爵は腰の据わらない人物らしい。
「東はフルメリンタのとの国境の川、南は海、北側は第二王子派の宗主というべきエーベルヴァイン公爵領、西側も第二王子派のコッド―リ男爵領という状況だから、第二王子派に加わっていただけで、状況が悪くなれば寝返る可能性の高い人物という評価だったわ」
「そう言えば、前回フルメリンタが攻め込んだ時には、北側のセルキンク子爵の奮闘があって押し返せたんだよね。だったら、そっちにも調略を仕掛けていたんじゃない?」
「可能性はあると思う。いずれにしても、フルメリンタが侵略する準備を周到に整えていたのは間違いないわ」
開戦を知らせて来た、宰相ユドの部下ナブドゥルも言っていたが、国王レンテリオは目先の損得ではなく五年先、十年先を見据えて決断しているのだろう。
それに比べて、下らない王位継承争いに血眼になっているようでは、ユーレフェルトには勝ち目の無い戦いなのかもしれない。
「なぁ、霧風、こんだけ楽勝ムードなら、三森と新川は大丈夫かな?」
「分からない、大丈夫であって欲しいけどね」
戦争はフルメリンタ側が優位に推し進めているようだが、局面ごとの状況までは分からないし、三森たちがどこで戦っているのかも分からない。
「あいつら、危ないところに押し込まれたりしてなきゃいいけど……」
「情報だけ流して戦場に出るのは免除してもらえなかったのかな」
「戦争奴隷として死んでいった仲間の恨みを晴らしたいのかも」
「富井さんも、そう思ってるの?」
「あたしは……無いな。あたしらを召喚した王族を直接殴れるなら話は別だけど、末端の兵士と殺し合いをするのは違うと思うし、せっかく助かった命をそんな場所で危うくするのは勿体ないでしょ」
「あいつらも、さっさとこっちに来ればいいのに」
「そう思うけど、難しいんじゃない? 今回の戦争で銃が威力を発揮したら、もっと強力な武器を……って感じになるんじゃない?」
「それはありそうだな」
銃は強力な武器だけど、当然他の国に流れて真似されるようになるだろうし、そうなれば機関銃とか、ミサイルとか、もっと強力な武器の情報を求められるだろう。
新川や三森が、どれほど兵器の知識を持っているか分からないけど、現代知識チートをするなら、もっと平和的な知識の方が良いと思うんだが……フルメリンタが放してくれないかもしれない。
「どっちを応援する気も無いけど、さっさと終わってくれないかな」
富井さんの意見には全面的に賛成だが、戦争を早期に終結させるならばフルメリンタが勝利してしまった方が早い気がする。
「コルド川の東側を占領するつもりだって聞いてるけど、ユーレフェルトが納得するかだな」
「戦争が当り前の世界って、やっぱ馴染めないわ。あたしも戦争に加担したし、山賊一味を皆殺しにしたけど、殺し合いなんて無い方が良いに決まってるよ」
「まったくだね」
戦争を止めたいと思うけど、俺一人の力では何も出来ない。
今はただ、ユーレフェルトの王城に残してきた海野さんたちが巻き込まれないように祈るしかない。
そして、開戦の知らせを聞いてから二十日ほど経ったある日、ユーレフェルト王国第二王子ベルノルト戦死の知らせを聞いた。
アルベリクが暗殺された後、一人しかいなかった王子が殺されたとなれば、ユーレフェルトの反発は必至だろう。
戦争の短期終結の望みは薄くなったように感じる。
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