第152話 計算違い

 進軍を続けるフルメリンタの軍には、ユーレフェルト国内の情報が詳しくもたらされている。

 これは、元々潜入調査を行っていたフルメリンタの諜報員による情報に加えて、反乱組織によっても様々な情報が流れてくる。


 領地の騎士や兵の数、配置、食糧の備蓄場所など、知られたら不味い情報までもが筒抜けになっていた。

 それらの情報によって、クラーセン伯爵領にはユーレフェルト王国第二王子ベルノルトが滞在している事が分かっていたし、滞在場所も把握されていた。


 フルメリンタとしては、ベルノルトを追い立てて川を渡らせてしまうことで、コルド川の東側の領有権を主張するつもりでいた。

 そのためにフルメリンタ軍の指揮官は、クラーセン伯爵の居城を包囲した際に、ベルノルトが落ち延びられるように裏門へと続く道を開けておくように命じた。


 これに対してフルメリンタ軍の最前線に立たされている元反乱軍からは反対の声が上がった。

 ベルノルトへの反感が、フルメリンタ側の予想を上回っていたのだ。


 結局、話し合いの末に、城の門を破った直後に元反乱軍の突入を許す代わりに、裏門を封鎖しないという妥協案が採用された。

 元反乱軍は軽視できない人数になっていて、頭ごなしに命令を下して反発を招き、離反されたら面倒な事になるので、フルメリンタの指揮官は話し合いで解決できて安堵していた。


 そして城攻め当日、フルメリンタの指揮官は、城への突入部隊に散弾銃の部隊を投入しないことを決めた。

 これは、突入部隊の勢いを削いで、ベルノルトが落ち延びるための時間を稼ぐためだ。


 勝負の趨勢は始まる前に決している。あとはどれだけ少ない損害で城を落せるか……フルメリンタの司令官は思考の半分を戦後復興に割いていた。

 戦力差は歴然としているし、銃と火薬という新兵器もある。


 城攻めは、フルメリンタの司令官の目論み通りに進み、終わるはずだったが、計算に狂いが生じた。

 元反乱軍の一部が、命令を無視した行動を起こしたのだ。


 そして、フルメリンタの兵士たちは、元反乱軍の勝手な行動を把握できなかった。

 理由は、元反乱軍は日を追うごとに数を増やしていて、その正確な数を把握できなくなっていたのだ。


 とにかく最前線には元反乱軍を投入する。

 ただし、その正確な人数は把握していない……といった感じだ。


 正確な人数を把握できなかったから、一部の人間が命令を無視して持ち場を離れても分からなかったのだ。

 命令を無視した一団が向かった先は、城の裏門へと通じる道だ。


 ベルノルトを殺すために、待ち伏せを始めた元反乱軍は千人を超えて更に数を増やしていた。

 そしてフルメリンタの指揮官は、計算に狂いが生じている事に気付かないまま城攻めを開始した。


 計算が狂ったのは、ユーレフェルト側も同じだった。

 ベルノルトの取り巻きでもある、クラーセン伯爵の息子バルツァルも、裏門側からは逃げられるものだと思い込んでいた。


 これまでフルメリンタが攻略してきたセルキンク子爵、カーベルン伯爵の居城での戦では、逃げ道が残されていて、そこから武装解除した者達が落ち延びてきたからだ。

 当然、クラーセン伯爵領でもフルメリンタは同じ対応をすると思っていたのだ。


 実際、元反乱軍が命令を無視しなければ、逃げ道は残されていたはずだった。

 そして、計算違いをした者が、もう一人いる。


 ユーレフェルト王国第二王子ベルノルトだ。

 ベルノルトは、王城を襲ったワイバーンが討伐された後、侵略していたフルメリンタを追い出して領土を取り戻すように国王から命じられ、王都から追い出された直後からクラーセン伯爵領に滞在している。


 魔物を討伐する機会が多く、領兵が鍛えられていて、王位継承争いがこじれて戦になった時に立て籠もるのに都合が良いとベルノルトは考えていた。

 クラーセン伯爵領に腰を落ち着けた後、雑事は全てバルツァルに丸投げした。


 第一王子アルベリクが殺害された後は城からの外出も控えて、雑事以外もバルツァルに丸投げして外部とのかかわりを絶っていた。

 そのためベルノルトは、城が包囲されるまでフルメリンタが侵略して来ている事すら知らずにいた。


 セルキンク子爵、カーベルン伯爵が降伏した経緯を聞き、自分が落ち延びる方法をバルツァルから聞きながら、ベルノルトは己の無能さを嘲笑っていた。

 愚者を装って、王位継承争いから距離を取っているつもりが、気が付けば本当の馬鹿になっていたのだから笑うしかないだろう。


 ろくに抵抗もせず、尻尾を巻いて王都に逃げ帰ったら、父親である国王がどんな顔をするのか見物だと、ベルノルトは他人事のように考えていた。

 バルツァルと共に馬車に乗り込み、表門が破られるとほぼ同時にベルノルトは裏門を出て西へと向かった。


 その頃、大砲によって吹き飛ばされた表門を潜って、帆と反乱軍の兵士たちが猛然と城内へと駆け込んでいた。

 城側の迎撃をものともせず、城の奥を目指して一心不乱に走る。


 これまでの戦いでは、散弾銃を使う銃撃部隊が中心となり、圧倒的な火力によって城内を制圧してきた。

 フルメリンタの正規軍だけあって、自分達の役割、今後の戦局などを理解していて、指揮官が望む速さで城を制圧し、降伏を呼び掛ける機会を作った。


 ところが、この戦いでは真っ先に突っ込んでいった元反乱軍が止まらない。

 そもそも使い潰すぐらいのつもりで投入されているから、細かい指示は伝わらない。


 その上、ベルノルトが滞在していると聞かされたから、止まれの命令すら伝わらなくなっていた。

 頃合いを見て降伏を呼び掛けるつもりでいたフルメリンタの司令官や、降伏の勧告が来ると思っていたクラーセン伯爵の思惑など知らずに元反乱軍は暴れ回った。


 更には、元反乱軍が身に着けている武具が、武装解除によって鹵獲されたユーレフェルト様式であったことが戦場の混乱に拍車をかけた。

 同士討ちを懸念する守備側と、がむしゃらに城の奥を目指す元反乱軍。


 本職の兵士と、ろくに訓練も受けていない農民上がりでは、本来ならば技量差を見せつけられる戦いになるのだろうが、迷いと勢いが差を縮め、引っくり返してしまう。

 結局、フルメリンタの司令官が降伏を呼び掛けることも無く城は陥落し、クラーセン伯爵一家は皆殺しにされてしまった。


 一方、裏門から逃亡を図ったベルノルトとバルツァルを乗せた馬車は、元反乱軍によって取り囲まれ火を掛けられた。

 火に気付いたベルノルトとバルツァルは馬車を捨てて逃亡を図るが、周囲を取り囲んでいた元反乱兵達によって血祭りに上げられてしまった。


 城を落とし、気勢を上げる元反乱軍たちをフルメリンタの司令官は苦々しげに眺めていた。

 ベルノルト達を殺害した連中は明らかな命令違反だが、城を落とした連中については命令が届かなかったのだから責任は問えない。


 そもそも、どの一団が命令を遵守し、どの一団が命令無視をしたのかも分かっていない。

 戦力として力を発揮し始めた元反乱軍ではあるが、フルメリンタの司令官は持て余して始めていた。

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