第151話 クラーセン伯爵領
ユーレフェルト王国の東部、コルド川の北東に領地を持つアルナウス・クラーセン伯爵には、バルツァルという第二王子ベルノルトと同じ年の息子がいる。
あまり中央の政治へ感心を持たなかったアルナウスではあったが、バルツァルがベルノルトの学友として王城に召し上げられた時には小躍りするほど喜んだ。
良質な木材のとれる領地は、一方で魔物の生息地としても知られ、無骨な田舎貴族と侮られることもあった家にも運が巡ってきたと思ったからだが……アルナウスは後悔し始めている。
ベルノルトが、思っていたよりも遥かに愚物だったからだ。
王都から聞こえてくるベルノルトの評判は、殆どが批判的なものだった。
学問、政治、軍事、いずれにも興味を示さず、放蕩三昧の日々。
救いがあるとすれば、王族らしい整った容姿に第一王子アルベリクのような痣が無いことぐらいのものだ。
しかも、そのベルノルトに取り入るためにバルツァルまでもが乱行を共にするようになっている。
バルツァルを呼び出して説教したが、自分は田舎貴族で終わるつもりは無い、ベルノルトに取り入り、いずれは宰相まで昇り詰めると言われると、それ以上強く諫めることができなかった。
ベルノルトは見てくれの良い愚物だからこそ傀儡として使いやすい……バルツァルはキッパリと言い切ってみせた。
フルメリンタへの侵攻、ワイバーンの渡り、フルメリンタによる反攻などを経て、旧エーベルヴァイン領の治安回復を命じられた時、バルツァルはベルノルトをクラーセン伯爵領へ連れて来た。
前線に立つ気の無いベルノルトの意を汲む形だが、次の国王候補が自領に滞在することは、派閥内部での力関係にも影響を及ぼす。
実際、雑事の殆どはバルツァルが対応するようになり、派閥内部での発言権も増しつつある。
虎の威を借る狐の威を借る鼠といった感じなのだが、狐が虎に化ければ鼠も狐に化けることになるので、派閥の古株もバルツァルをぞんざいに扱えなくなっている。
第一王子アルベリクが殺害されてからは、全ての連絡はバルツァルを通すようにベルノルトから指示された。
バルツァルが言うには、次期国王の選定が終わるまでベルノルトは動く気が無いらしい。
違う言い方をするならば、国王になってもらいたいならば環境を整えろ……ということらしい。
フルメリンタが侵攻を始めた事を知らせても、追い返せの一言で終わりだったそうだ。
アルナウスは、セルキンク子爵領、カーベルン伯爵領が相次いで占領された事をバルツァには伝えたが、ベルノルトには伝えていないらしい。
「バルツァル、殿下にはお知らせしなくても良いのか?」
「必要ありません、父上。伝えたところで、そのような些事で俺を煩わせるなと言われるだけです」
「しかし、フルメリンタの軍勢は、もう城の間近まで迫っているのだぞ」
「言われなくとも分かっています。だからと言って、ユーレフェルト王国の王位継承権第一位のベルノルト殿下が、一度も戦わずに逃げたなどと言われる訳にはいきません。それに西へと抜ける道は塞がれていないのでしょう?」
セルキンク子爵、カーベルン伯爵、いずれも一戦した後に降伏し、武装解除して領地を明け渡している。
第一王子アルベリク亡き今、ベルノルトの命を危険に晒す訳にはいかないので、退去するしかないのだが、次期国王の面子を保つためにも一戦はする必要がある。
「既に退去する馬車の手配は終えています。一戦して降伏するタイミングは父上にお任せいたします。降伏が認められたら殿下を馬車に押し込み、王都へとお連れいたします。護衛の者もいつでも出られるように手配をお願いします」
「離れの守りは薄い。城内に敵が乱入すると殿下に危険が及ぶかもしれぬ、戦いが始まったら殿下を馬車に乗せ、表門が破られたら裏門から落ち延びろ」
「分かりました、そのようにいたします」
「殿下を頼むぞ、バルツァル」
「お任せ下さい、父上」
初めから降伏前提の戦など、アルナウスにとっては不本意ではあるが、ベルノルトがいる以上他に選択肢はない。
カーベルン伯爵領が占拠された知らせが届いた直後に、北方のノルデベルド辺境伯爵に援軍の要請を行ったのだが、そちらも返事が無い。
翌日、フルメリンタの軍勢がクラーセン伯爵の居城を取り囲んだ。
セルキンク子爵やカーベルン伯爵の情報通り、完全な包囲ではなく脱出経路を残している。
情報と違っていたのはフルメリンタの兵の数で、アルナウスの想定の倍近い数になっていた。
これは、途中で反乱軍の兵士を取り込んだからだが、アルナウスにはその情報は届いていない。
降伏を勧める使者が訪れたがアルナウスは拒絶、フルメリンタは勧告通りに翌日の夜明けから城攻めを開始した。
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