第150話 それぞれの戦場2
・新川恭一の場合。
フルメリンタが戦争を始めると聞いた時は、正直早すぎると思っていた。
銃や火薬の開発は恐ろしいほどの速度で進んでいたが、それでも実戦に投入して戦力になるほどの数が揃っていないと思ったからだ。
銃撃部隊の戦力は、長銃二百丁、散弾銃が百五十丁、大砲を運用する三十名、それに弾薬と火薬を管理する後方部隊が全てだ。
いくら銃が未知の兵器だとしても、戦争に使うならば桁一つ数が足りないと思っていた。
ところが蓋を開けて見れば、銃と火薬の威力は俺の予想を遥かに上回っていた。
俺の付け焼刃の戦国知識には、弓と火縄銃の射程ではむしろ弓の方が勝っていたというものがある。
火縄銃は発射にも手間が掛かり、ライフリングの刻まれていない銃身では狙いも定まらなかったらしい。
では、フルメリンタの長銃はといえば、火縄銃とライフルの中間よりもライフル寄りの実力があると思う。
弾は、薬莢に火薬を詰めた形だし、ライフリングも切られている。
故障しないように単発式だが、慣れれば三秒に一発程度のペースでも撃てる。
しかも射程が弓の倍以上ともなれば、大きな戦力格差を生み出せる。
実際、国境の中州に向かって奇襲を仕掛けてきたユーレフェルトの軍勢は、城壁上からの一斉射撃によって壊滅した。
その後の戦いも、城門の破壊に大砲が使われ、突入部隊が散弾銃を乱射し、あっけなく城を落としてしまった。
銃と火薬は、実戦投入が早すぎるどころか十分すぎる戦果を上げた。
俺と三森が同行したユーレフェルトの北に向かった部隊は、二つ目の城を落としたところで一旦進軍を停止した。
理由は、ここまでの戦いで消費した弾薬や火薬が送られて来るのを待つためだ。
上官の話によれば、止まることなく進軍を続けてコルド川の東側を占領する予定だったらしいが、あまりにも進軍速度が速すぎて補給部隊が追い付いて来れないらしい。
同時に、占領した地域をフルメリンタの領土として統治する部隊も追い付いていないそうだ。
という訳で、侵略したユーレフェルト国内で、イレギュラーな休日を過ごすことになった。
「なぁなぁ新川、いくらなんでも上手くいきすぎじゃねぇの?」
「いや、一回待ち伏せくらって損害出てるじゃん」
「あぁ、そんな事もあったな。俺ら後方にいたから被害出なかったけどな」
「まぁな。ここまで圧倒的に勝ち進んで来れたのは、やっぱり射程の違いが大きと思う」
「それは間違いないだろう。相手の攻撃が届かない距離から狙い撃ちするのはチートだぜ」
三森の言う通り、銃と火薬はチート級の威力を発揮している。
そして、俺達の助言があったにしても、これほどの短期間で銃や火薬の開発と生産が実現できたのは、フルメリンタの生産技術に負うところが大きい。
それは別の見方をするならば、情報さえあればユーレフェルトだって実現可能だということだ。
日本の戦国時代でも、火縄銃は猛烈な速度で広がり、無くてはならない兵器となっていった。
戦国時代の日本よりも、相当な速さで銃が実用化された状況を見れば、いずれユーレフェルトでも銃が製造されるようになるだろう。
そうなれば、今のような圧倒的な有利さは無くなってしまうだろうし、拙速だと思われたフルメリンタの開戦の決断は正しかったのかもしれない。
「でもよぉ、いくら弾薬待ちとは言っても、こんなにのんびりしていて良いのか?」
三森の言うように、進軍を止めたフルメリンタの軍勢は、勝ち続けてきた驕りではないが、全体を覆う空気が緩んでいるように感じる。
ただし、弾薬や補給を待つ以外にも進軍を止めている目的があるらしい。
「なんか、反乱軍みたいなのを取り込むって話だぞ」
「何それ? レジスタンス組織みたなのが敵国を導き入れて、国家転覆を狙う……みたいな?」
「ていうか、フルメリンタが裏で糸を引いて反乱組織を作り上げて、これから合流するみたいな感じらしいぞ」
ここまで二つの城を落としてきたが、武装解除させた防具や武器は反乱軍に与えるようだ。
そして、この補給待ちの間に反乱軍がフルメリンタ軍の下に再編成され、進軍が再開された時には最前線に投入された。
「新川、なんか益々後ろに追いやられてねぇか?」
「今回は、銃は温存で元反乱軍を突っ込ませるみたいだぞ」
「うわっ、えげつねぇな」
「戦争だからな。俺達だって真っ先に突っ込まされただろ」
「あー……確かに」
前回の戦いでユーレフェルトが中州に奇襲を掛けた時、真っ先に突っ込まされたのは召喚された俺達だった。
言い方は悪いが、死んでも惜しくない連中が最前線に送られるのは、どこでも同じなのだろう。
「なんか、自分達の国を自分達の手で取り戻せ……みたいに焚きつけられてるらしい」
「げぇ、そりゃ確かにそうなんだろうけど……その反乱軍ってのは元兵士とかなのか?」
「どうだろう、元兵士だったら防具とか武器とか持ってるだろうから、一般市民なんじゃねぇの?」
「益々えげつねぇな」
「次に攻める領地には第二王子がいるって話だから、反乱軍を煽るには丁度良いんじゃね?」
「おぉ、例の馬鹿王子か」
ユーレフェルトの第二王子ベルノルトは愚物だと聞いている。
フルメリンタとしては、ベルノルトを追い出す事でコルド川の東側は自分達の領土であると主張するようだ。
王族が戦いもせずに敗走すれば、占領を受け入れたと思われても仕方ないだろう。
行軍再開から四日後、ユーレフェルトの第二王子ベルノルトが滞在しているクラーセン伯爵領での戦闘が始まった。
クラーセン伯爵領は、これまで通り抜けて来た二つの領地に比べると、戦争への備えが強固だった。
街道の要衝には砦が築かれていて、フルメリンタの進軍を阻む軍勢が待ち構えていた。
既にセルキンク子爵領、カーベルン伯爵領が占領されたという知らせを受けていて、しかも第二王子ベルノルトが滞在しているとなれば、守りを固めるのも当然だろう。
ただし、今のフルメリンタ軍には、守りを固めた場所をゴリ押しで通り抜けるだけの物量が揃っている。
防具を与えた反乱軍を最前線に立たせて肉壁として、大砲を使って門を粉砕して雪崩れ込み、数に物を言わせてクラーセン伯爵勢を圧倒した。
元反乱軍に多くの死傷者を出しながらも、フルメリンタ正規軍は殆ど損耗もなくクラーセン伯爵の居城まで辿り着いた。
クラーセン伯爵の居城は小高い丘の上に建てられている。
城壁の周囲は立っているのもやっとの急傾斜で、しかも遮蔽物となる樹木が一本も植えられていない。
なだらかな場所は表門と裏門へと通じる二ヶ所だけで、こちらは城壁の上から狙い撃ちにされる。
フルメリンタの作戦は、鉄の大盾で守りを固めた大砲部隊を送り込んで城門を破壊し、散弾銃で武装した突入部隊に城の内部を蹂躙し降伏させる予定だ。
フルメリンタは城を望む平地に陣を敷き、翌日の城攻めに備えて野営したのだが、ここで騒ぎが起こった。
翌日の作戦について全軍に通達が行われると、元反乱軍の連中が不満を訴え始めたのだ。
「なんでベルノルトを逃がすんだ!」
「そうだ、ベルノルトは殺せ!」
「あいつは、俺の親友を殺し、そいつの嫁を連れ去ったんだ。絶対に許せねぇ!」
「俺の姉貴も奴に慰み者にされたんだ! 許せる訳ねぇだろう!」
反乱軍にはベルノルトに恨みを抱いている者が多く、その主張を聞けば納得してしまう狼藉ぶりだ。
フルメリンタの司令官と元反乱軍の間で話し合いが持たれ、落としどころが探られた。
結局、反乱軍が主張する裏門の封鎖は却下され、その代わりとして表門を破ったら最初に元反乱軍が突入することを許可した。
ベルノルトの逃げ道は残す、討ち取りたいならば逃げられる前に突っ込んで殺せということらしい。
「新川、俺らも突入させてもらうか?」
「いや、止めよう」
俺達の召喚したのは第二王子派の連中だし、恨みが無い訳ではないが、命の危険を冒してまで最前線に行くつもりはない。
この戦いで銃の有用性を示せたのだから、終戦後は報奨金でもせしめて軍からは抜けるつもりだ。
三森は、どうせ富井を追い掛けてフルメリンタの王都に行くつもりだろう。
「命大事に、ご安全に……だな?」
「そういう事だ」
三森と俺達の立ち回り方を確認した後、翌日の戦いに備えて仮眠に入った。
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