第149話 戦争の実感

※今回は海野和美視線の話です


 年末年始の休暇期間をユーレフェルトの南端にあるオルネラス侯爵領で過ごし、久々に戻った王城は相変わらずピリピリとした空気に包まれていた。

 第一王子アルベリク様が暗殺されて以後、王位継承をめぐる派閥同士の対立が先鋭化し、私たちのエステサロンにも第二王子派の貴族の出入りが禁止されたままだ。


 とは言え、私たちがやる事には変わりは無いし、当事者という意識は殆ど無い。

 私たちを勝手に召喚して、クラスメイト達を虐げてきた第二王子派に良い思いはさせたくないが、そうした行為を黙認していた第一王子派だって同罪だという意識がある。


 日本に戻る方法が無い以上、この世界で生きていかなければならないから、長い物には巻かれろではないが、結局どちらかの派閥に所属するしかないのだ。

 私、涼子、亜夢の三人は、王城でエステサロンを運営しながら、フルメリンタに脱出する機会を探っている。


 本当は、オルネラス領にいる間に海路でフルメリンタを目指せれば良かったのだろうが、その時点では準備が整っていなかったのだ。

 結局予定通りに王城に戻ってしまったのだが、戻ってみると王城の警備の厳しさを再認識させられた。


 小高い丘の上に建てられていて、城に入る道は三ヶ所だけ。

 どこも二十四時間体制で警備が敷かれているから、簡単に侵入することは出来ない。


 エステサロンが休みの日には、街に降りての買い物が許されているが、必ず二名以上の騎士が同行することになっている。

 商会との交渉の場には同席しないものの、部屋の外に控えていて脱走出来る余地は無い。


 私たちがユーレフェルトを脱出出来る可能性は、オルネラス領に滞在している時に接触して来た、フルメリンタの工作員ネージャが握っていると言っても過言ではない。

 ただ、さすがに王都からフルメリンタまで、発見されることなく私たち三人を連れ出すことは難しいらしい。


 夏の休暇シーズンなどを使って、再度オルネラス領に滞在できないかとネージャからも提案されているが、夏は高原の避暑地で過ごすのが一般的らしい。

 高原の避暑地は王都から見ると北の方角で、オルネラス領とは逆方向だ。


 王城に比べれば警備体制は緩くなると思うので、抜け出すことは出来るだろう。

 問題は、抜け出した後にフルメリンタに行く方法があるかどうかだ。


 次にネージャと接触する時に、その辺りのことを聞いておこうと思っていたら、エステサロンに来たマダムから意外な話を耳にした。


「ねぇ、カズミは聞いている?」

「何についてですか?」

「またフルメリンタに攻め込まれているらしいわよ」

「えっ、本当ですか?」


 ネージャの話では、フルメリンタから戦争をするつもりは無いということだったが、私達に嘘をついていたのだろうか。


「フルメリンタは、ユーレフェルトのグランビーノ侯爵が先に攻撃してきたと主張しているらしいわ」

「それって、本当なんでしょうか? それともフルメリンタがそう主張しているだけなんでしょうか?」

「フルメリンタの主張は多分本当なんだろうけど、攻め込む準備を整えていたのも事実らしいわよ」


 施術を行っているマダムの情報源は、第一王子派のセルキンク子爵からの書簡によるものらしい。

 突然、フルメリンタの軍勢が攻め込んで来て、武装解除と領地の明け渡しを迫ってきたそうだ。


「なんでも、見たことも無い新しい魔法が使われたそうよ」

「新しい魔法……ですか?」

「遥か彼方から雷鳴のごとき大きな音が響き渡ったと思ったら、金属製の鎧さえ突き破られるそうよ」

「そんな魔法があるのですか?」

「いいえ、見た事も聞いた事も無いわ」


 マダムは首を竦めてみせたが、あまり話を信用していないように見える。

 私も召喚されてから、エステの技術で別行動になるまでの期間しか魔法の訓練に参加していないが、一番強力だという火の魔法でも金属鎧は貫けないはずだ。


 火の魔法の恐ろしさは、鎧は貫けなくても内部の人間を焼き殺せることだ。

 水の魔法、風の魔法などでも、生身の人間は傷付けられるが、金属製の鎧には弾かれてしまう。


 金属製の鎧を貫ける魔法……と考えた時に、私の頭に浮かんだのはライフル銃だった。

 銃弾ならば、金属製の鎧すら貫通できる可能性がある。


 まさか、霧風君が銃に関する知識を伝えたのだろうか。


「それでね。轟音を発する魔法は他にもあって、城の頑丈な門を吹き飛ばしてしまったり、兵士の木盾を粉々にしてしまったそうよ」

「それ、本当なんでしょうか?」

「さぁ、あっさりと領地を明け渡してしまった事への言い訳かもしれないわね」


 ライフルで城の門を拭き飛ばすことは出来ないだろうが、爆弾だったらどうだろう。

 もし本当に銃が存在しているならば、爆破用の火薬があっても不思議ではないだろう。


「ここも戦いに巻き込まれたりするのでしょうか?」

「あははは……まさか、フルメリンタ兵はワイバーンとは違うのよ。どんなに足掻いたところでコルド川は越えられないわ。カズミは心配性ね」


 マダムの言うには、フルメリンタとの国境と王都の間には、コルド川という大河が流れているそうだ。

 過去にも何度かフルメリンタとは大きな戦争があったそうだが、コルド川を越えて攻め込まれたことは一度も無いらしい。


「あちらの派閥がだらしないから、フルメリンタに付け込まれたりするのよ。陛下もいつまでも穀潰しに任せていないで、国軍を投入してフルメリンタを追い返せば良いのに……」


 コルド川の東側には第二王子派の貴族が多く、国王陛下はこの地域の治安回復を第二王子ベルノルトに命じているそうだ。


「ベルノルト様は、どうされていらっしゃるんですか?」

「さぁ? 噂によれば、シェズアルド伯爵領に引き籠っているとか……」


 シェズアルド伯爵家はベルノルトの取り巻きの実家らしい。

 前回フルメリンタ侵攻の際に、国王陛下から領土奪還を命じられたベルノルトは、シェズアルド伯爵領に立ち寄ったまま前線には出なかったそうだ。


 霧風君が引き渡されて領土が返還された後も、ベルノルトはシェズアルド領に居座っているらしい。


「シェズアルド伯爵の居城は難攻不落の城として知られているし、領地に広さの割には豊かな土地だそうよ」

「ベルノルト様は、そこで何をしていらっしゃるのですか?」

「さぁ? 下賤な女でも漁っているのでしょう」


 マダムの言葉を聞いた瞬間、私の心に暗い炎が灯った気がした。

 クラスメイト達が実戦訓練で行方知れずになった時も、ベルノルトやアウレリアは他人事のような顔をしていた。


 百歩譲って、私達は異世界から召喚した消耗品だったからだとしても、自国民が戦っているのに酒色に溺れているなんて許されるはずがない。


「大丈夫よ、フルメリンタがカズミ達を寄越せって言ってきても、私達が守ってあげるわ」

「あっ……ありがとうございます」


 戦争が始まったことに驚いてしまって、自分達が交渉材料に使われるなんて考えもしなかった。

 自分達の能力も、王族や貴族の中年女性にとっては掛け替えのないものなのだろうが、霧風君ほどの重要度は無いだろう。


 だが、もし領土交渉の材料とされるなら、私達にとっては好都合だ。


「戦は、いつぐらいまで続くのでしょうか?」

「さぁ……分からないけれど、春ぐらいには終わるでしょう」


 田んぼや畑などの農作業が本格化する時期までには、何らかの交渉が行われて戦争が終結するというのがマダムの予想だ。


「大丈夫、カズミ達は何の心配もせずに、いつも通りに過ごしていればいいわ」

「はい、ありがとうございます」


 実際、戦争が起こっていると聞いても、まるで実感が伴わない。

 セルキンク子爵の領地が占領されたと聞いても、どこにあるのか、どんな土地なのか、ここからどれぐらいの距離なのか、全くイメージが湧かないのだ。


 日本にいた頃、海外での戦争や暴動に関するニュースを見聞きしていたが、遠い世界の出来事のようで実感が無かった。

 ユーレフェルトとフルメリンタの戦争は、それよりもずっと近い、自分の暮らしている国で起こっている出来事なのに、まるで実感が無い。


 たぶん、こうして人づてで話を聞くだけで、動画も写真も無いからだろう。

 自分の暮らす国で起こっている遠い遠い戦争は、私達にどんな影響をもたらすのだろうか。

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