第148話 それぞれの戦場1

・ヤーセル・バットゥータの場合


 私の力はフルメリンタを護るために使いたいと思って生きてきたので、ユーレフェルト国内に攻め込むという話を聞いた時には正直戸惑った。

 攻め込むということは、私と同様にユーレフェルトを護ろうと思っている人と戦うことに他ならない。


 私に、その人達を殺す権利があるのだろうか。

 胸の中に生まれた疑問を率直に上官に告げると、次のような答えが返ってきた。


「今のままでは、いずれまたユーレフェルトの連中が攻めて来る。それは、ユーレフェルトとフルメリンタの国力が拮抗しているからだ。ヤーセル、君も知っていると思うが、先の戦が起こるまでフルメリンタは中州の領有権に関しては、儀礼的な攻撃を行う他は手出しをして来なかった」


 我が国フルメリンタと西の隣国ユーレフェルトは、長年に渡って中州の領有権を巡って争ってきた。

 ただし、この十年ほどは中州を分割統治した状態で、儀礼的な小競り合いをするに留まってきた。


 儀礼的な小競り合いというのは、収穫の終わった田畑に向かって、戦の口上を述べた後に攻撃魔法を撃ち込むことだ。

 口上を述べているから当然相手は備えがある、建物も無く損害の出ない収穫後の田畑、それでも一応戦っている形にはなるから民衆の不安のガス抜きにはなる。


 そうした恨みの残らない形で続け、いずれは恒久的な和平を……と思っていたのに、ユーレフェルトの連中が奇襲を仕掛けてきたのだ。


「我々が和平の道を探ろうと、ユーレフェルトの連中が攻めてくるならば守らねばならない。先の戦のように、何の罪もない民が殺されるような事態は起こってはならないのだ。そのためには、ユーレフェルトが戦など起こそうと思わないほどの国力の差を作らねばならない」

「だから、ユーレフェルトに攻め込んで、領土を切り取るのですか?」

「そうだ、コルド川の東側をフルメリンタの国土とすれば、我々はユーレフェルトの倍の国土を持つことになる。そうなれば、奴らとて戦を仕掛けようなどとは思わなくなるだろう」


 確かに上官の言うことにも一理はあるが、我々が侵略行為を働くことには違いは無いだろう。


「コルド川の東側を切り取る準備はしているが、今の状態でユーレフェルトが何もしないなら、我々から仕掛けることはしない。ただし、密偵たちの情報によれば、ユーレフェルトが仕掛け来る可能性は非常に高いそうだ」

「つまり、ただ殴られるのを待っている訳ではないのですね」

「その通りだ。性懲りも無くユーレフェルトが攻め込んで来ようとするならば、相応の報いを与え、更には二度と戦おうなどと思わないような状況を作り上げる。その戦いの鍵を握っているのが、ヤーセル……君だ」

「私……ですか?」


 上官は力強く頷いた後で、私の役目を説明してくれた。


「ヤーセル、君自身がどれだけ理解しているか分からないが、君の攻撃魔法の威力は出鱈目だ」

「はい、訓練場では良くそう言われいます」

「そうだな。だが実際の戦場で君の魔法がどれほどの効果を生むか理解しているか?」

「訓練場とは違うと、おっしゃるのですか?」

「そうだ、君の魔法は訓練場よりも戦場でこそ威力を発揮するのだ」


 上官が言うには、私の魔法は一般的な集団魔法に匹敵する威力があるそうだ。

 その威力の魔法を一人で発動させられるのが、私の何よりの強みらしい。


「そもそも、集団魔法は発動させるまでに時間が掛かる。これは多くの魔導士の魔力を一つにまとめて方向性を与えなければならないからだ。意思疎通が乱れれば、魔法は威力を発揮できなくなるだけでなく、最悪の場合その場で弾けて味方に損害を与える。だがヤーセル、君はその威力の魔法を一人で発動させられる。誰に気を遣う必要も無く、君だけの意志で素早く、的確に発動させられる。これは敵にとっては恐るべき脅威となるのだぞ」


 通常、集団魔法でしか成し得ない魔法を自在に連発できれば、戦況を一変させられるだけの効果を発揮できるそうだ。


「普通ならば泥沼化する戦場であっても、君が魔法を使って相手を圧倒し、戦意を喪失させられれば、戦いは短期間で終わらせられる。それは、味方の損害を減らすだけでなく、敵の無駄死にを防ぐ効果もあるのだぞ」

「味方だけでなく、敵までも護るということですか?」

「そうだ、君ならば、それが可能だ」


 背筋に震えが走った。

 こんな感情を抱いたのは、キリカゼ卿に道を示してもらった時以来だろう。


 私は、この時の上官の言葉を胸に戦場へと向かった。

 国境の中州へと移動してから二週間も経たないうちに、上官の予言通りにユーレフェルトが攻撃を仕掛けてきた。


「敵襲! 敵襲ぅぅぅ!」


 見張りの兵士が怒鳴る声と共に、半鐘がけたたましく打ち鳴らされる。

 直後に大きな魔法が炸裂する音が響き、城門の方向で火の手が上がるのが見えた。


 我々の部隊は、中州に到着した時から臨戦態勢が続けられていて、すぐに行動できる服装での就寝を命じられていた。

 寝台から起き上がったら、準備しておいた鞄を背負って集合場所へと走る。


 集合までに許されるのは、トイレに立ち寄る時間だけだ。

 我々の部隊が出発の準備を整えている間にも、フルメリンタ軍は反撃を開始していた。


 パーン……パーン……という乾いた破裂音は、キョーイチとタクマが監修して作り上げた銃という兵器だ。

 魔法よりも速く、恐るべき貫通力を持つ銃は、この戦いが初めての実戦となる。


 人生の恩人キリカゼ卿の友人であるキョーイチとタクマは、戦争奴隷として辛い経験をしてきた。

 数を増やし、間断無く響いて来る銃の発射音こそが、彼らの努力が実を結んだ証拠だろう。


 私の所属する部隊はベルシェルテ子爵領の制圧に向かう予定だが、そのためには攻撃を仕掛けてきたユーレフェルトの軍勢を退ける必要がある。

 こちらに攻め入ろうと攻撃を仕掛けてきた相手を打ち破り、道を開くのは簡単ではないと思っていたのだが、ユーレフェルトの軍勢は半日と持たずに瓦解した。


 前線から伝わってきた話によれば銃の威力は凄まじく、ユーレフェルトの騎兵隊に何もさせずに打倒してしまったらしい。

 フルメリンタの損害は、最初の攻撃で二名が軽傷を負っただけだというのだから、おそるべき戦果だ。


 銃撃部隊の活躍によって先陣を打ち破ったフルメリンタの軍勢は、すぐさまユーレフェルトへの侵攻を開始した。

 当然、待ち構えている軍勢との激しい戦闘を覚悟していたのだが、拍子抜けしてしまうほど敵がいない。


 国境を接するユーレフェルトの大貴族、エーベルヴァイン公爵家は家督相続が許されず、領内が混乱しているという話は聞いていたが、それにしても全く兵がいないとは思ってもみなかった。

 上官からの命令は、いつ戦闘に入っても良いように余力は残しつつも、可能な限り速く進軍しろというものだった。


 そのために我々は最低限の荷物と食料しか持たされず、戦闘が長期化した場合には大丈夫なのか少々不安を感じたが、戦闘らしき戦闘も無いままに進軍は続いた。。

 結局、抵抗らしいものは一度も無いままに、一人の兵も失うことなくベルシェルテ子爵の居城を取り囲むことになった。


 兵を失わなかったどころではなく、進軍の途中で反乱軍を名乗る者達を吸収して、兵の数は増えている。

 反乱軍は武器や装備はお粗末だったが、食料を持参していて、我々の懸念を解消してくれた。


 我々の部隊を含む南方に展開した軍勢の目的は、南部の二つの領地を陥落させることだと聞かされた。

 そのためには、この城を早急に落とす必要がある。


 城に対して降伏を進める使者が送られたが、当然のように拒絶された。

 籠城したベルシェルテ子爵に対して、最前線に立たされたのは大きな木の盾を持たされた反乱軍の兵士たちだった。


 盾の他は、刃こぼれしたような剣や槍しか武器は無く、中には鉈を握っている者すらいた。

 彼らの役目は、寄せ手の兵が大軍であるように見せかけることで、城への攻撃は私が中心となって行われた。


 前面、そして上に対しても鉄の盾を構えた味方に守られながら、城の城門を目指して歩を進める。

 当然、城側からは雨のように矢が降り注いで来たが、こちらから何の反撃もしないでいたら、途中で攻撃が止んだ。


「使者ならば、武器を持たずに一人だけで参られよ!」


 城からの呼び掛けに答えずにいると再び矢が降り注ぎ、我々はひたすら亀のように守りを固めて魔法の射程まで歩を進めた。

 私の魔法が確実に届く距離まで近づいて足を止めると、また城からの攻撃が止んだ。


「ヤーセル、準備ができたら門の上にいる弓兵から吹き飛ばせ」

「分かりました。いきます!」


 私の前面を守っていた盾が左右に分かれた瞬間、全力で火の攻撃魔法を発動させた。

 自分でも熱気を感じるほどの巨大な火球が飛び、城門の上で弓を構えていた兵士たちを巻き込んで炸裂した。


「盾はそのまま、続けて撃ちます!」


 弓兵が混乱に陥っている間に、城門を目掛けて立て続けに三発の魔法を撃ち込んだ。

 正面に向かって全力で魔法を放つ、訓練場で散々繰り返してきたことを実践しただけだが、城門は魔法の威力に耐えられずに吹き飛んだ。


「よし、左に寄って道を空けるぞ。ヤーセル、良くやった!」

「はい!」


 道の脇に寄った我々を突入部隊が追い越していく。


「ありがとう! あとは任せろ!」

「お疲れさん! ゆっくり休め!」


 追い越してゆく兵士からの感謝と労いの言葉が胸に染みた。


「よし、あいつらが切り開いた後に続くぞ。後方から支援を行い、建物は極力損傷させずに接収する。いくぞ!」

「はい!」


 開戦早々に城門を破られたためか、城を守る兵士たちの戦意は低く、夕暮れを待たずにベルシェルテ子爵は降伏した。

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