第147話 序盤の戦況
ユーレフェルト王国に攻め入ったフルメリンタの軍勢は、北、南、そして西の三方に分かれて進軍を続けている。
兵法において戦力の分散は悪手といわれているが、今回の戦いには当てはまらないようだ。
北に向かった部隊には銃と火薬という新兵器があり、南に向かった部隊には一人で集団魔法並みの強力な攻撃を繰り出せる魔導士がいる。
では、西に向かった部隊はというと、こちらは無尽の野を行くような状況だった。
これまでならば、西に向かうルートはユーレフェルト王国の主力、エーベルヴァイン公爵家と戦わなければならなかったのだが、その主力となる兵が存在していない。
前回の戦いで、ワイバーンの襲撃を受けて領主であるアンドレアス・エーベルヴァインは戦死。
主力となる騎士や兵士にも大きな損害を出したために、逆襲を仕掛けたフルメリンタ兵に押し込まれた。
その後、他家の兵力を借り、交渉の末に領地を取り返したものの、家督の相続が認められず、兵の補充や立て直しも行われなかった。
それに加えて、エーベルヴァイン領では反乱軍が活発化して治安が悪化。
民衆からの支持は、ゼロどころかマイナスに振り切れている状態だ。
そんな状況下に足並みを揃えたフルメリンタの軍勢が押し出して来たのだ、財産を持つ者たちは荷物をまとめて一斉に逃げ出した。
エーベルヴァイン家の兵士たちも、戦死しても恩賞が貰えるあても無い状況では、進んで戦おうなどとは思うはずもない。
そして、西に向かうフルメリンタの軍勢は、戦いよりもプロパガンダに力を注いでいた。
「横暴なユーレフェルト貴族を追い出せ!」
「農民が食っていける世の中を取り戻すために、我らと共に戦え!」
略奪するどころか食糧を分け与え、共に戦いたいという者には武器や防具まで与える。
そもそも、自分たちが困窮している原因はフルメリンタのせいなのだが、目の前の食糧、魅力的な口約束、そして勢いがユーレフェルトの農民たちを突き動かした。
「恐れるな! 自分達に未来は、自分たちの手で勝ち取るのだ!」
フルメリンタの軍勢は、武装させた反乱軍や農民からの志願兵を前面に押し立てて進軍を続ける。
兵士も現地調達、食糧も現地調達、武器や防具の殆どは、セルキンク子爵やベルシェルテ子爵を武装解除させて手に入れたものだ。
何人戦死しようが、フルメリンタの懐は全く痛まない。
本来、フルメリンタの主力である西に向かう軍勢は、極力自軍の消耗を抑えることを優先して進軍を急がなかった。
がむしゃらに占領地域を拡大させるのではなく、北と南の進軍度合いを見極めながら、足並みを揃えて西を目指している。
開戦後のフルメリンタの目標は、北と南、それぞれ二つの領地を陥落させることだ。
北はセルキンク子爵領とカーベルン伯爵領、南はベルシェルテ子爵領とコッドーリ男爵領だ。
フルメリンタが四つの領地を手に入れようとするのには理由がある。
コルド川よりも東側のユーレフェルト王国領には、九つの家によって統治されていた。
その中で最大の領土を誇っていたのがエーベルヴァイン公爵家だが、現在は存在していないのと同然だ。
次に大きな領地を持つのは、最北の地を治めているノルデベルド辺境伯爵家だが、こちらはフルメリンタ側のムルカヒム辺境伯爵に睨みを利かされているので動けない。
つまり、まともに動ける貴族は七家しかないのだ。
七家の内の四家を落してしまえば、半数以上を制圧したようなものだ。
加えて今回は初めからコルド川の東側を占拠するつもりで準備している。
北、南、西へ向かって進軍すると同時に、後方支援のための援軍が続々と送り込まれている。
前回の戦いを教訓として支援部隊を充実させたフルメリンタと、反乱軍騒ぎで足下を揺さぶられているユーレフェルトでは、序盤の趨勢は動かしがたい。
ただ、コッドーリ男爵領に向かった南側の軍勢は、殆ど無傷で居城を陥落させたが、北のカーベルン伯爵領に向かった北側の軍勢は苦戦を強いられた。
ユートが占領された領土と引き換えにフルメリンタに送られた後、第二王子派から第一王子派に鞍替えしたカーベルン伯爵は、ここで何らかの戦果を上げておく必要を感じていた。
落ち延びてきたセルキンク子爵の騎士や兵士を囲い込み、単なる籠城戦を選ばずに野戦による足止めを試みた。
狭隘な地形や森などの障害物の多い場所を選んでフルメリンタの軍勢を迎え撃った。
魔導士や弓兵を伏兵として一撃離脱を繰り返すことで、カーベルン伯爵の兵士たちはフルメリンタの前線に大きな損害を与えた。
だが、奇襲が通用するのは相手が油断している場合に限られる。
カーベルン伯爵の兵士による奇襲を受けた時、フルメリンタの軍勢には油断があった。
開戦時のグランビーノ侯爵の軍勢との戦いでも、セルキンク子爵の居城を攻め落とした戦いでも、フルメリンタは敵を圧倒していた。
長銃、大砲、散弾銃などの新兵器によって、驚くほど少ない損害で進軍を続けてきた。
ユーレフェルト恐れるに足らず、次の戦いも楽勝だ……といった油断が、カーベルン勢の奇襲を成功させたのだが、フルメリンタの兵が警戒心を取り戻すと状況は一変する。
長銃や大砲を使って、弓や魔法の射程外から攻撃を加えられると、待ち伏せは意味をなさなくなった。
なによりも火薬を使った発射音が、カーベルン伯爵勢を精神的に追いつめていった。
パーン……という発射音が聞こえたと思ったら、体を撃ち抜かれる。
距離も速さもユーレフェルトの常識から大きく懸け離れている。
一瞬にして死をもたらす音によって、兵士たちの腰が引けてしまった。
待ち伏せ、奇襲が通用しなくなり、ズルズルと後退して籠城してしまえば、フルメリンタの思う壺だった。
カーベルン伯爵は、籠城二日で武装解除に応じて城を明け渡すことになった。
フルメリンタが、籠城した兵士たちを皆殺しにせず、武装解除させて解放するのには、いくつかの理由がある。
一つ目は、戦を長引かせて自分が消耗するのを防ぐためだ。
逃げ場を作らず、皆殺しにすると言えば、籠城している者たちは死に物狂いで抵抗するだろう。
武装解除するならば降伏を認めるとなれば、生きていたいと思うのが人情というものだ。
セルキンク子爵からの情報を基に奇襲を仕掛け、一定の戦果をあげたのだからカーベルン伯爵の面子も一応保たれる。
二つ目は、反乱軍に横流しする武器を調達するためだ。
農家の次男、三男などを寄せ集めただけの反乱軍には装備が不足している。
ユーレフェルトの兵士から奪ってしまえば、わざわざ作る必要も無いし、運んでくる手間も省けるという訳だ。
他人の褌で相撲を取るではないが、ユーレフェルトの人的、物的資源を活用する方法は宰相ユド・ランジャールからの通達によって徹底されている。
三つ目は、武装解除した貴族たちに落ち延びた先でフルメリンタの強さを語らせるためだ。
戦に敗れた者は、己の弱さ以外に敗戦の理由を求めたがるものだ。
自分が弱かったのではなく、フルメリンタが強すぎたのだと宣伝させるためには、殺してしまったら意味が無くなる。
生かしたまま解放し、フルメリンタのプロパガンダに一役買ってもらうつもりなのだ。
実際、カーベルン伯爵が早々に籠城を諦めたのも、セルキンク子爵からの情報があったからだ。
城門どころか城の壁まで壊した大砲の威力は、話が伝わるうちに尾鰭が付いて対処不能な兵器として伝わっていった。
そして、実際に大砲によって城門が破られた時点で、兵士はもとより伯爵自身の戦意が失われてしまった。
カーベルン伯爵は、家族と僅かな手勢と共に領地を出てユーレフェルトの王都を目指して落ち延びていった。
王都へと向かいながらカーベルン伯爵は、戦の顛末を記した書状を配下の騎士に持たせて先行させた。
国王への報告とは別に、第一王子派への情報を提供することが目的だ。
彼我の戦力差が著しく、全滅よりも戦力を温存するために一時的に降伏した……セルキンク子爵、カーベルン伯爵からの報告は、後の戦況に大きな影響を及ぼしていくことになる。
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