第144話 フルメリンタの戦略
ユーレフェルト王国の元エーベルヴァイン領の北方を治めるセルキンク子爵は、この半年余りの間に起こった出来事を振り返り、フルメリンタの用意周到さに戦慄していた。
ユーレフェルト王国が……というよりも第二王子派が突如フルメリンタに戦を仕掛けるまでは、セルキンク子爵領は平穏な土地だった。
あまり友好的ではないフルメリンタと川一本を挟んで向かい合っているとは言っても、小競り合いが起こるのは中州のある辺りに限られているので、紛争も起こっていなかった。
セルキンク子爵は実直な人物で、一応第一王子派に属してはいたが、王位継承争いからは一歩引いて積極的な関わりを持たないようにしていた。
領地経営についても先代から受け継いだ方針を守り、民に対しても重税を課したことも無い。
国境の川からの豊富な水と、肥沃な土地柄のおかげで農作物も良く育ち、領地の面積は広くないが民衆の暮らしは豊かだった。
ところが、戦争を境にして状況が一変する。
ユーレフェルトの奇襲、ワイバーンの襲来、フルメリンタの侵略……その辺りまでは、緊急事態だったがセルキンク子爵は上手く対応した。
領主を失ったエーベルヴァイン領が押し込まれた際も、故郷の川沿いに堅実な戦いでフルメリンタの軍勢を押し戻した。
フルメリンタが侵攻を諦めたのは、セルキンク勢が奮戦したために背後を分断される危険を感じたからでもある。
フルメリンタの侵攻が止まり、徐々に撤退に移り始めたことで状況は落ち着きを取り戻して良くなっていくと思われたのだが、むしろ雲行きが怪しくなり始めた。
戦の応援に駆け付けた第二王子派の貴族の私兵たちが食料不足に陥り、豊かな土地として知られていたセルキンク領は国から食料の拠出を求められたのだ。
国からの要請とあらば無碍に断る訳にもいかず、求めに応じたことでセルキンク子爵家の財政は悪化し始める。
更には、中州の土地を失った難民が流入したことでエーベルヴァイン領の状況は悪化の一途を辿り、その影響はセルキンク領にも波及する。
食うに困った民が暴徒と化してセルキンク領の村を襲ったり、エーベルヴァイン家や国から更なる食料や戦力の拠出を求められ、子爵家の治安と財政は悪化の一途をたどった。
当然、その背景にはフルメリンタの工作員の暗躍がある。
エーベルヴァイン家の騎士や国からの使者、暴徒の一部もフルメリンタの工作員によるものだ。
更には、村を回って子爵家による取り立てを装って民の食い扶持を奪っていったのもフルメリンタの工作員だ。
架空の食糧拠出要請に応じ、身に覚えの無い民への取り立てが横行することで、子爵は急速に民衆の支持を失っていった。
全ては、最初の戦でフルメリンタに手強いと印象を持たれてしまったからだ。
そして、再び戦端が開かれた翌日、セルキンク子爵の居城はフルメリンタの軍勢に包囲された。
あまりの速さに、セルキンク子爵は今度の戦いが周到準備されたものだと見破った。
見破りはしたが、対抗する術が無い。
打って出るだけの支度が整わない以上は籠城するしかないのだが、そのための食料の蓄えが無い。
多くの兵士や村を追われて逃げ込んできた住民の腹を満たすだけの食料は、一週間分有るか無いかといった状況だ。
とりあえずの籠城をして態勢を立て直し、対策を考えようとする子爵の下へフルメリンタの使者が訪れた。
フルメリンタからの要求は、武装を解除しての城の明け渡しで期限は明日の夜明け。
それまでに返答が無ければ攻撃を行うという性急なものだった。
「いかがいたしますか?」
「このような無礼な要求に対し、一戦もせずに膝を屈する訳にはいかぬ。降伏するにしても、あちらの力を確かめ、こちらの力を見せつけてからだ!」
セルキンク子爵の居城は小高い丘の上に築かれていて、堅牢な城壁に囲まれている。
城壁の上から弓矢や魔法を撃ち降ろされれば、近付くことすら困難な城だ。
セルキンク子爵は城の守りを当てにして、フルメリンタの戦力を削ってから停戦に持ち込むつもりでいたのだが、その狙いは外れることになる。
使者を追い返すと、フルメリンタは早々に攻撃態勢を整えて押し出してきた。
大盾を並べてジリジリと距離を詰めて来る戦術は、従来のものと何ら変わっていないようにみえた。
城側も、弓兵と魔導士を並べて迎撃態勢を整え始めた時だった。
城壁の旧兵が弓を構えたところでフルメリンタの軍勢の足が止まり、次の瞬間ユーレフェルトの人間は耳にしたことの無い破裂音が響き渡った。
パ、パーン……という複数の破裂音と共に、城壁の上で弓を構えていた兵士がバタバタと倒れた。
更に破裂音が響き、城壁の弓兵や魔導士が倒れ込む。
「何だ、何が起こっている!」
「分かりません、見えない攻撃を受けています」
城壁上の兵士が混乱に陥ったと見ると、フルメリンタの兵士たちは前進を再開した。
城側が応戦しようとすると、再び破裂音と共に見えない攻撃に襲われる。
銃という未知の武器によってセルキンク側の被害が増え、更に混乱が広がったとみるや、フルメリンタ側から鉄の盾に守られた荷車が城壁に向かって突進を始めた。
城側も接近を許すまいと迎撃を試みるが、援護の銃撃に晒されて思うような攻撃ができない。
城壁に取り付いたフルメリンタ兵は、直径三十センチほどの土管のような筒を三本荷車から降ろし、土属性の術者が掘った穴を使い城壁に向けて設置した。
「点火! 伏せろ!」
ドン、ド、ドン……っと腹に響く爆発音が連続し、城門の中央が吹き飛ばされる。
更に、最後の一発は背後の城の壁を崩して大きな穴を開けた。
原型は出来上がったものの、設置して狙いをつけるところまでいっていない大砲を、フルメリンタは攻城兵器として活用したのだ。
「門が開いたぞ! 突っ込め!」
破られた城門に向かって突っ込んでいくフルメリンタ兵は、腰に剣を下げてはいるものの、手にしているのはグリップの付いた四十センチほどの筒だ。
槍構えて向かってくるセルキンク兵に向かって、フルメリンタ兵は筒を腰溜めにして構えた。
「撃てぇ!」
筒の正体は単発式の散弾銃で、セルキンク兵は発射音と威力によって戦意を圧し折られてしまう。
セルキンク子爵が降伏を申し出るまで、フルメリンタが攻撃を開始してから二時間も掛からなかった。
子爵一家と領兵は武装を解除させられ、僅かな食料を持たされただけで城を追われた。
フルメリンタが子爵一家を処刑したり、人質に取ったりしなかったのは、歴然たる戦力の違いを他の貴族や兵士に伝えさせて戦意を挫くためだ。
長銃や散弾銃、大砲など、フルメリンタは事前に準備を重ねてきたが、それでも全ての戦場に送り込めるほどの物量は確保出来ていない。
限られた資材を可能な限り効果的に使うために、その恐ろしさを伝える者が必要だと考えたのだ。
実際、最初の戦ではフルメリンタを押し戻す最大の功労者だったセルキンク子爵の居城が、フルメリンタによって半日と持たずに陥落させられたという知らせは、後の戦いに大きな影響を与えていくことになる。
北側の戦線が、銃と火薬という新兵器によって推し進められた一方で、南側の戦線は一人の人物によって大きく動かされていた。
元エーベルヴァイン領の南側に領地を持つユルゲン・ベルシェルテ子爵も、セルキンク子爵と同様にフルメリンタによる素早い侵攻によって籠城せざるを得なくなった。
フルメリンタから武装解除と城の明け渡しを求められ、それを拒絶したのもセルキンク子爵領と同じであったが、そこから先の状況は少々異なっていた。
ベルシェルテ子爵の居城の門は、フルメリンタからの大規模魔法の連発によって破壊された。
通常、城門を破壊するような大規模魔法は、十人以上の魔導士が力を合わせて発動させている。
今回の戦の発端となったグランビーノ侯爵の軍勢が放った集団魔法も、九人の魔導士が火球の形成に魔力を注ぎ、それを筆頭魔導士が制御して撃ち出している。
多くの魔導士が力を合わせて発動させるために、一発撃つまでには相応の時間が掛かる。
それを連続して撃つには、膨大な数の訓練された魔導士が必要になる……というのが、これまでの常識だったのだが、フルメリンタの攻撃を支えたのはたった一人の魔導士だった。
一年前には、不用意に死ぬだけで周囲に災厄をもたらす厄介者とされ、自爆兵器としての価値しか認められてこなかったヤーセル・バットゥータは、今やフルメリンタのエース的存在だ。
たった一人で、魔導士数十人分の働きをするヤーセルの魔法によって、ベルシェルテ子爵もその日のうちに城を明け渡すことになった。
これによって、フルメリンタは開戦二日で二つの領地を手に入れたことになる。
セルキンク家、ベルシェルテ家から手に入れた武器や装備は反乱勢力に横流しされ、フルメリンタは戦力すらも現地調達して大きくなっていく。
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