第142話 初日の明暗
ユーレフェルトの集団魔法が中州の城門に撃ち込まれてから、時を置かずして開戦の知らせがフルメリンタ各地へと伝えられた。
王都をはじめとした遠隔地へは瑠璃鷹を使い、中州に近い地域には早馬で使いが出された。
それと同時に、フルメリンタからユーレフェルト国内にも瑠璃鷹が飛び立って行った。
一羽は反乱組織を裏から操る工作員に、もう一羽はコルド川の上流地域へ向かった。
コルド川は、ユーレフェルト北から南に向かって流れていて、フルメリンタが侵略ラインとして定めている川だ。
コルド川の東側の面積は、ユーレフェルトの国土の三分の一を占めている。
フルメリンタとユーレフェルトは、ほぼ同等の広さの国土を持っているので、コルド川東岸地域をフルメリンタが手にすれば、国土を奪われたユーレフェルトの倍の国土を手にすることになる。
勿論、占領したからといっても、農業生産力や兵士をそのまま手に入れられる訳ではないが、それでもこれまで同等だった国力に大きな差が生まれる。
この国力の差を利用して、長年の敵対関係を決着させるのがフルメリンタの狙いだ。
コルド川には主要な橋が四本架かっている。
フルメリンタを飛び立った瑠璃鷹が向かったのは、その四本の橋の上流だ。
川沿いの葦の茂みに囲まれた漁師小屋のような建物で瑠璃鷹を出迎えたのは、フルメリンタの破壊工作部隊だ。
時刻は、まだ昼にもなっていない。
「始まったぞ、俺たちも今夜動くぞ!」
小屋の中には、二十人ほどの男が集まっている。
二十人もの男が出入りしていれば、普通ならば目立って不審に思われるだろうが、小屋の周囲は鬱蒼と葦が茂り、出入りは船に限られているために、全く人目についていない。
小屋に繋がる船着き場には四艘の小舟が繋がれていて、小屋の内部には大人が一人で抱えられるぐらいの小ぶりの樽が幾つも積まれている。
樽の中身は油と火薬だ。
コルド川に架かる四本の橋のうち、一番下流にあるセゴビア大橋は石造りだが、その他の橋は木造だ。
この四本の橋を真夜中に爆破炎上させて落とす計画だ。
当初、コルド川に架かる橋は全て落としてしまう計画だったが、セゴビア大橋は容易に壊せそうもないのと、全ての退路を断ってしまうことでユーレフェルトの抵抗が強まることを回避するために残すことになった。
「手順は頭に入ってるな? ここ数日、雨も降っていないから川の流れも安定している。予定通りに作業を進めろ」
リーダーの言葉に、全員が無言で頷く。
既に何度も現地の下見をして、どこに誰が何を仕掛けるのかも決まっている。
しかも、コルド川が国境の川ではないこともあって、ユーレフェルトは橋への警戒を全くしていない。
フルメリンタの工作員たちにとっては、作戦というよりも単なる作業といっても良い状況だ。
誰一人焦る様子も気負う様子も見せず、二十人の男達は粛々と準備を始めた。
同じ頃、反乱組織を裏で操っている工作員たちも慌ただしく動き始めていた。
進軍を開始したフルメリンタ兵に先立って、ユーレフェルトの民衆に対して情報操作を行うためだ。
単純に開戦、進軍を始めたでは、フルメリンタ兵は侵略者となってしまう。
勿論、フルメリンタの目的は侵略なのだが、馬鹿正直に侵略しますでは民衆の反発を招いてしまう。
そこで必要になるのが情報操作だ。
工作員たちは行商人に扮して、いかにも自分の目で見たかのように街や村を回っては噂話を広げていく。
「フルメリンタの救世軍が来るぞ! 横暴なユーレフェルト貴族を追い出して、俺たちを圧政から解放してくれるそうだ!」
「地主ばかりが儲ける世の中ではなく、農民も腹いっぱい食えるようにしてくれるそうだぞ!」
話を聞いた民衆は、はいそうですかと納得した訳ではなく、半信半疑というよりも疑わしいという表情をしていた。
そもそも、フルメリンタは友好的な隣国ではなく、長年に渡って中州の領有権を争っている国だ。
むしろ敵国といってよい国の兵士が進軍してくるのを疑うのは当然だろう。
「どうなっちまうんだ、この村は」
「今でも食い扶持を奪われてるんだ、これ以上は酷くならねぇんじゃないか?」
「本当に腹いっぱい食えるようになるなら、ユーレフェルトでもフルメリンタでも構わないさ」
これまで農民から食料を奪っていたのはフルメリンタの工作員の差し金だが、農民は領主の横暴だと思い込まされている。
難しいことは分からないが、食い物を奪う奴らを追い出して、腹いっぱい食えるようにしてくれるなら、フルメリンタでも構わないという意見が大勢を占めるようになっていく。
フルメリンタ進軍の知らせは、反乱組織にも届けられた。
「ユーレフェルトが中州を取り戻そうとして、逆にフルメリンタに攻め込まれているらしい」
「俺たちはどうするんだ?」
「噂ではユーレフェルトの横暴な貴族を排除して、民衆を解放すると言ってるらしい」
「そんな話、信用できるのかよ」
「だが、俺たちだけじゃユーレフェルトの貴族に勝てないし、フルメリンタの進軍も止められないぞ」
「じゃあ、指を咥えて見てるだけなのか?」
「いや、フルメリンタに協力して仲間の仇を討とう。それに恩を売っておけば、戦いが終わった後で土地を分けて貰えるかもしれないぞ」
「自分の土地が持てるのか?」
「絶対とは言えないが、貴族を追い出せば、その土地は誰のものでもなくなるんだ。少しぐらいは分けてくれるんじゃないのか」
「おぉぉ……」
反乱組織に連れて来られた連中の殆どは、食うに困った農家の次男坊や三男坊だ。
自分の土地が手に入るかもしれないという言葉は、この上もなく魅力的に響き、一気にフルメリンタに加勢する方向に意見が傾いていった。
フルメリンタが開戦と同時に一斉に動き出した一方、ユーレフェルトの貴族の動きは鈍い。
前回、エーベルヴァイン公爵が中心となって中州に奇襲を仕掛けた時は、国王の許可は得ていなかったものの第二王子派の派閥の中では情報が共有されていた。
ところが、今回の奇襲については、オルベウス・グランビーノ侯爵の独断専行で、派閥内部でも情報が共有されていなかった。
途中、通過してきた領地を治める貴族に対しても、元エーベルヴァイン領の治安を回復し、国境に検問所を設営するという説明しかしていない。
コルド川東岸地域に領地を持つ貴族たちは、オルベウスがフルメリンタに奇襲を仕掛け、更には反撃を受けて侵攻を許すなど思ってもいなかった。
反乱組織との小競り合いへの備えはしていても、軍勢を迎え撃つ支度などしていない。
何よりも、戦が始まったと知らせる者すら居ないのだ。
元エーベルヴァイン領の南側に領地を持つユルゲン・ベルシェルテ子爵が一報を聞いたのは、開戦から半日以上経った夕方になってからだった。
「なんでだ! どうしてフルメリンタが攻め込んで来てるんだ!」
「報告によれば、グランビーノ侯爵の軍勢が講和を破り、戦を仕掛けたそうです」
「馬鹿か! 折角キリカゼ卿と引き換えにエーベルヴァイン領を取り戻したばかりだというのに、フルメリンタに攻め入る口実を与えてどうするつもりだ!」
「それは、私には分かりかねます……」
「オルベウスはどうした?」
「戦死したという話です」
「勝手に仕掛けて、勝手に死んで、どれだけ迷惑を掛ければ気が済むんだ!」
ユルゲンは腹立ち紛れに怒鳴りちらしたが、報告に来た騎士にすればとばっちりもいいところだ。
「兵を城に集めて出撃の準備をせよ。それと、王都の知らせを出して援軍を要請しろ」
「はっ!」
ユルゲンは、前回フルメリンタ軍はエーベルヴァイン領から先まで攻め込んで来なかったので、今回も同様だと考えていた。
ベルシェルテ領と元エーベルヴァイン領の境辺りに防衛線を敷き、守りを固めているうちに他の領地も体制を整え、フルメリンタ包囲網が出来上がるはずだと目論んでいた。
ところが、この時点でフルメリンタの軍勢は、既にベルシェルテ領内へと侵入していた。
ユルゲンが城に集めた兵は、翌日出撃することも無く籠城の体制を取ることになる。
フルメリンタは、ベルシェルテ領に向かった軍勢の他に、北と西に向けても進軍を行っていた。
西は占領した地域をフルメリンタの土地として支配し、治安を安定させていくための部隊で、北と南に向かった軍勢が侵攻の主力となる。
主力の軍勢の中でも、先行部隊の進軍速度は群を抜いていた。
騎兵が馬に乗って移動するのは当然として、歩兵は馬車に乗せて移動させた。
装備は最低限とし、食糧も各自二日分程度しか持たせていない。
不足する食糧をどこから補うかといえば、工作員が領兵になりすましてユーレフェルトの農民から集めた追加の取り立てだ。
侵攻する地域に、事前に食糧が置かれていれば、わざわざ持ち込む必要は無いという訳だ。
開戦初日にしてフルメリンタは大きく駒を進め、ユーレフェルトは後手に回ることになった。
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