第140話 生真面目な家主

※今回は富井多恵目線の話です。


 今日は日本でいうところの日曜日で、あたしも仕事は休みだ。

 盛り場の飲食店などは休日にも営業しているそうだが、草笛亭は周囲の倉庫で働く人達が休みなので営業しない。


 居候している家の主、霧風も今日は施術は休みだそうで、嫁と朝からイチャイチャしているのかと思いきや、何やら深刻そうな顔で溜息をついている。


「はぁぁ……」

「どうしたんだよ、霧風」

「なんだか、また戦争が始まりそうな気配がするんだ」

「はぁ? 戦争ってフルメリンタとユーレフェルトか?」

「うん」

「去年、戦争が終わって和平条約みたいなのを締結したんじゃないの?」

「そうだけど、終わったかと思ったら……すぐまた戦争とか、地球でも珍しくないじゃん」

「まぁそうだけど……」


 あたしも前回の戦争には参加して、フルメリンタの兵士を殺しているし、戦争奴隷として酷い仕打ちを受けた。

 またあんな事態が起こるのかと思うと、背中を虫が這うような嫌悪感が湧き上がってくる。


「でも、どうして戦争が起こるって分かるんだよ」

「フルメリンタの東の隣国カルマダーレから五人の貴族の子供が、一昨日この街に到着したんだ」

「それが戦争とどういう関係があるんだ?」

「表向きには交換留学生で、俺の施術を受けるという目的があるんだけど、違う見方をすると人質みたいなものだと思うんだよ」

「人質? なんで?」

「西のユーレフェルトと戦争している間に、東のカルマダーレから攻め込まれないための人質。まさか、貴族の子供を五人も見殺しにはできないでしょ?」

「マジか……」

「まぁ、国王陛下や宰相は戦争なんかしたくないって言ってるけど、あの二人は現実主義者だから決して備えは怠らないし、前回奇襲を許してしまったことを忘れていないからね」


 あたしは会ったこともないし、会えるような立場ではないけど、霧風が面談したフルメリンタの国王と宰相は決断が早く、効率を重視する人間らしい。


「だってさ、せっかく手に入れたユーレフェルトの領土を俺一人と交換で返しちゃったんだよ。普通だったら、追加の戦力を注ぎ込んで死守するでしょ」

「まぁ、そうだな」

「戦力を追加して占領地を守ろうとした場合の損害を出すよりも、俺を確保した方が利益になる……つまり、俺を使えばより良い条件でユーレフェルトを切り取れるってことなんじゃないの?」

「あっ……だから人質なのか」


 人質がいない状態でユーレフェルトとの戦争が長引けば、カルマダーレに背中を突かれる心配が出てくる。

 逆に、カルマダーレから人質を取っているならば、安心してユーレフェルトとの戦争に専念できるという訳だ。


「しかも、俺の施術を受けるっていう理由があれば、人質として連れて来られるよりも遥かに友好的だよね」

「うわぁ、そんなことまで考えてるのか……凄いな」

「うん、あの二人は凄いよ」

「いやいや、あたしが凄いって言ってるのは霧風のことだよ」

「えっ、俺?」

「そうだよ、あたしは自分のことで精一杯で、国同士のことなんて考えてる余裕無いもん」

「いや、俺はたまたま国王とか宰相とか貴族と会う機会があるから、その手の話を耳にする機会があるだけだよ。それに、ちらっと聞いた話では、新川と三森は国境の中州にいるみたいなんだ」

「あぁ、あいつら火薬と銃の開発に関わってたね」


 あたしと同じく戦争奴隷に落ちても生き残った新川と三森は、火薬と銃の知識を提供してフルメリンタに協力していると言っていた。

 火薬や銃が実戦で使われるとなると、彼らは検証のために同行させられているのだろう。


「あいつら、戦争に参加させられるんだろうか? というか自分から参加する気なのか?」

「さぁ、そこまでは分からないけど、俺たちはユーレフェルトによって召喚されて、新川たちは兵隊として扱き使われてたんだから、恨んでいてもおかしくはないよね

「まぁ、何の謝罪も賠償も受けていないから、憎たらしいと思っているのは事実だね」


 国境から遠く離れている自分は、わざわざ出向いていって戦争に参加するつもりは無いが、新川と三森の立場だったら自分たちが作った銃で一矢報いてやりたいと思うだろう。

 ただ、相手に銃を向けるということは、自分達も相手から攻撃を受けるということだし、せっかく戦争奴隷から解放されたのに怪我したり死んだりしたら意味が無い。


「こんなことなら、三森のプロポーズを受けてやれば良かったかな。そうすりゃ戦争なんかに行かずに、あたしと一緒に来てた……無理か」

「でも、富井がこっちに来るってことは伝えたんだろ?」

「うん、王都で牛丼屋を開くって言っておいたよ」

「それなら、店員として雇ってくれ……とか言って押し掛けてくるかもよ」

「あぁ、それはあるかもねぇ……あたしの魅力にあてられて、諦めきれずに追い掛けて来ちゃうだろうなぁ……」

「はいはい、そーですねぇ……」

「なんで棒読みなんだよ、失礼な……というか、霧風が心配してるのは海野なんだろう?」

「うん、まぁね……」


 霧風と海野は、ユーレフェルトにいた頃に男女の関係になっていたらしい。

 離れ離れになる前に海野の思いに応えた形で、子供ができたとしても一人で育てると言っていたらしいが、霧風にしてみれば放っておく訳にはいかないのだろう。


 ただ、フルメリンタとユーレフェルトが敵対している状況で、しかも互いの国の王都で重要人物として扱われているのでは、会うことすら困難だ。


「まぁ、海野たちが最前線に出て来ることは考えられないだろうし、新川や三森に比べれば安全だろう」

「そうだけど、次の国王に一番近い位置にいるのが、ベルノルトのクズ野郎だからなぁ……」


 あたしらはユーレフェルトの第二王子ベルノルトがどんな人物なのか良く知らないが、霧風の話によれば街に下りて力ずくで女性を攫っていくようなクズらしい。

 未婚であろうと、既婚者であろうと関係なく拉致して、自分の欲望のはけ口に使うだけでなく、取り巻きの男たちにまで凌辱させていたらしい。


 確かに、そんな奴が王太子として海野たちの近くにいるのでは心配だろう。


「でも、今はベルノルトとは対立する第二王妃の庇護下にいるんだろう? だったら大丈夫なんじゃね?」

「まぁ、ユーレフェルトの国が崩壊しなければね」

「なにそれ、あの国ヤバいの?」

「今すぐどうって話じゃないみたいだけど、フルメリンタに占領されていた地域とかで反乱が起こってるらしい」

「あたしらが居た頃は、そんなヤバい感じはしなかったけど」

「俺が出て来る時には、ちょっと不穏な感じはしてたよ。一番東の方だけだったけど」


 霧風の話によれば、フルメリンタとの国境地域を治めていた貴族が前回の戦争中に戦死したそうだ。

 その貴族がベルノルトの後ろ盾となっていたそうで、国王に断りもなく戦争を始め、領土を奪われる結果となったために家督の相続が認められていないらしい。


 その地域を発端に、他の地域にも反乱の動きが広がっているそうだ。


「そんなのフルメリンタに攻めて下さいって言ってるようなものじゃない?」

「うん、だから心配なんだよね。これで本当にフルメリンタが攻め込んで領土を切り取ったりしたら、残った地域でも反乱が広がって国が亡ぶ……なんてことになったら、王族や貴族に優遇されていた人達が襲撃されるんじゃないかと思ってね」

「あぁ、なるほど……」


 日本に居た頃には、戦争とか革命とか、自分の身や友人の命を心配するような状況は考えられなかった。

 でも、世界に目を向ければ、ISILがシリアやイラクの広い地域を短期間で掌握して、一時的とはいえども支配していた。


 ユーレフェルト国内の反乱がどういったものなのか分からないが、資金や武器が潤沢ならばISILみたいな事をやってのけてもおかしくないだろう。


「ねぇ、その反乱組織にフルメリンタが銃を提供したらヤバくない?」

「うわっ、それは考えてなかった。でも、そこまでやるかな。下手したら自分達に向けられるかもしれないんだよ」

「でも、銃は弾が無かったら何の役にも立たないじゃない。反抗してくるなら弾の供給を止めれば大丈夫でしょ」

「確かに……どれだけの銃や弾を作っているのか分からないけど、銃だったら魔法が使えなくても、剣や槍の訓練を受けていなくても短期間で戦えるようになるな」

「次に戦争が起こっても、案外短期間で決着するんじゃない?」

「かもしれないな……いずれにしても、もう知り合いの訃報は聞きたくないよ」

「それは同感だね」


 フルメリンタやユーレフェルトの王族や貴族が何を考えているのか知らないけど、戦争で犠牲になるのは前線の兵士や戦場となった地域に暮らす人々だ。

 戦争なんてロクなもんじゃないと分かっているのに、あたしにはどうする事もできない。


「なんかさぁ……こういう話をしてると、あたしらって本当に無力なんだって思っちゃうよ」

「ホントそう思う。俺も、国王や宰相、貴族たちと会って話はできても、起こるかもしれない戦争を止める方法を思いつけないもんな」

「どうすりゃいいのかねぇ……」

「ホント、どうすりゃいいんだろうねぇ……」

「とりあえず、今日の昼はカツ丼を再現してみるつもりだから。それ食ってから考える?」

「いいね、カツ丼かぁ……もう口に中に唾液が溢れてくるよ」

「まぁ、期待しすぎずに待っていてよ」


 さてと、クソ真面目な家主の気分が少しでも晴れるように、腕に縒りをかけて作りますかねぇ。

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