第138話 主導する者

 フルメリンタの王都ファルジーニの空高く、西から飛来した一羽の青い鳥が大きく円を描いた後、ゆっくりと城に向かって降りていった。

 青い鳥は瑠璃鷹と呼ばれる魔物の一種で、両翼を一杯に広げると大人の背丈以上にもなる大きな鳥だ。


 卵の頃から育てて仕込むと、伝書鳩のように手紙を届けられるようになる。

 鳩とは違い、他の猛禽に襲われる心配は無いが、気性が荒く、食費が掛かるので一般人では飼うのは難しい。


 先程到着した瑠璃鷹はフルメリンタの北西、ムルカヒム辺境伯爵領から手紙を運んで来た。

 ムルカヒム辺境伯爵領以外にも、複数の拠点との連絡に瑠璃鷹が使われている。


 瑠璃鷹を使えば、馬で数日掛かる距離も、その日のうちに到着できる。

 現代日本の通信事情とは比べものにならないが、それでもこの世界では最も早い連絡手段の一つであるのは間違いない。


 瑠璃鷹によってフルメリンタ各地から寄せられる情報は、宰相ユド・ランジャールの下へと集められ、情報が分析され、国王レンテリオに伝えられる。


「第一王女の狂信者どもが動いたか?」

「先日、国境の検問所の建設だと知らせてきたそうですが、最前線の陣地を築くつもりのようです」

「我々に攻め込む口実を与えてくれる奇特な連中だ、たっぷりと銃弾でもてなしてやらねばならんな」

「戦が始まった後、反乱軍に背後を突かれ、擂り潰されるように全滅する予定です」


 国王レンテリオと宰相ユド・ランジャールは、顔を見合わせてほくそ笑んだ。

 この世界では、戦を始めるなら最初に書面もしくは使者の口上によって宣戦布告を行い、その後に武力による戦いが行われる。


 宣戦布告をせずに奇襲を仕掛けるのは、卑怯な行為であると非難され、戦いに破れた場合には多額の賠償金を請求される。

 そのため普通は手順を踏んでから戦うのだが、前回の戦いでユート一人を差し出すことで領土を取り戻せたので、またしても宣戦布告無しで奇襲を仕掛けようと考えているようだ。


 フルメリンタとすれば、侵略の口実を自分たちで作ってくれるのだから、これ以上無いぐらい有難い。

 当初は、反乱組織を動かすか、あるいは偽のユーレフェルト兵を仕立てて戦端を開かせる予定だったが、アウレリアの信奉者の動きを知り宰相ユドは計画を修正した。


「狂信者どもは、エーベルヴァイン領の治安を回復し、街道の往来を再開させる……という名目で兵を送り込んでいるそうです」

「国王オーガスタが、そんな与太話をどこまで信じているのか知らぬが、我らを侮ったツケはシッカリと払ってもらおう」


 変更された計画では、アウレリアの狂信者たちが戦いを始めると同時に、フルメリンタからも反撃を行う。

 いよいよ長銃のお目見えとなるのだが、フルメリンタからの反撃に呼応して、反乱軍がアウレリアの狂信者たちを攻撃する予定となっている。


 万全の反撃態勢を整えているフルメリンタに加えて、反乱軍に背中を突かれれば、アウレリアの狂信者どもは瓦解するであろう。


 更には、国境で戦が始まったら、ユーレフェルトの東部と中央部を分割するコルド川にかかる橋を全て落とす計画が進められている。

 これによって、コルド川東岸にユーレフェルトは援軍を送り込めなくなる。


 その間にフルメリンタは増援を送り込み、反乱軍と共にコルド川東岸を支配下におく計画だ。

 力を合わせて、民を顧みない王族を狂信的に支持する軍を滅ぼすことで、反乱組織にとってフルメリンタは味方であると思い込ませる。


 自分達の力だけでは圧政を敷くユーレフェルト貴族を排除できないが、フルメリンタの力を借りれば国を自分たちのものにできると錯覚させるのだ。

 勿論、ユーレフェルトの貴族を排除した後も、フルメリンタは占領した地域を民衆に引き渡すつもりは無い。


 フルメリンタの裏工作によって作られた、虚偽の圧政を取り除き、秩序を回復するという名目の下に緩く支配を続けるつもりだ。

 次の王位を巡って第一王子派、第二王子派、国王派に分かれて足の引っ張り合いをしている間に、フルメリンタの手は着実に進められ実を結びつつある。


「ユド、カルマダーレの様子はどうだ?」

「はい、キリカゼ卿の治療と我が国との交流を目的とした留学生五名が、あと三日ほどでファルジーニに到着する予定です」


 フルメリンタの東の隣国カルマダーレからは、既に大貴族であるオーグレン公爵家の次女アレクティーナがユートの施術を受けに来ている。

 触れ込み通りに蒼闇の呪いの痣が消えることを確認し、他の貴族の子供も施術を受けられるように交換留学生制度が作られた。


 カルマダーレの貴族とすれば、自分の子供を一人で他国に向かわせるのは不安なので、複数人を一度に受け入れる制度はすんなりと受け入れられた。

 フルメリンタにとっては、事実上カルマダーレの貴族の子供を人質にしている状況が作れるので、反対する理由は無い。


「全員貴族の子供なのか?」

「はい、全員子爵家以上の家柄であると聞いています」

「間者である可能性は?」

「これまでの報告を見る限りは大丈夫だと思われます」

「そうか、順調すぎて逆に心配になるな」

「ですが、気を緩めるつもりはございません」


 国王レンテリオと宰相ユドにとって、ユーレフェルトの奇襲は想定外であったものの、その後の展開は思い通りに進められている。

 ユーレフェルトのコルド川東岸を切り取れれば、国力は単純計算で三割増し以上。 

 領土を減らしたユーレフェルトと比較すると、およそ倍の国土を有することになる。


 ユーレフェルトの西に隣接するミュルデルスとマスタフォの二国が、今後どの程度の協力を申し出るかにもよるが、簡単に手出しできなくなるはずだ。


「我の目の黒いうちに、コルド川東岸を手に入れ、フルメリンタによる支配を強固なものとする。その後どうするかは、倅たちに任せるとしよう」

「私は、陛下ならばユーレフェルトの全土を手に入れ、ミュルデルスやマスタフォすら手中に収めると思っております」

「貴様は、どこまで我を働かせるつもりだ」

「この大陸全てを手にされるまでです」

「我は不老不死ではないぞ」

「陛下ならば可能です」

「やれやれ、悠々自適な老後は我には訪れんのか。だが、それでは貴様も楽はできぬぞ」

「ご心配には及びません。私の仕事は、きちんと後任に引き継ぎます」

「こいつめ、一人で逃げられるなどと思うなよ」

「それならば、暴走しないように、しっかり手綱を握っていて下さい」


 宰相ユドはニンマリと笑みを浮かべた後で、もう一度表情を引き締めた。


「陛下、戦争奴隷上がりの男二人はいかがいたします?」

「フルメリンタへの反逆の意志は?」

「感じられないそうです」

「キリカゼ卿に仇成す可能性は?」

「ほぼ無いという報告が届いておりますが、やはり最前線に放り込みますか?」


 ユドの問いにレンテリオは少し考えてから答えた。


「いや、無理に殺すのは止めにしよう。キリカゼ卿はカルマダーレとの関係を保つ鍵だからな、仲間が前線で死んだとなれば進んで協力しなくなるかもしれぬ」

「では、生き残らせて恩を売った方がよろしいでしょうか?」

「そうだな、火薬や銃がもたらす戦果次第だが、褒美を与えて役職を変えて、異世界の知識を引き出すことに専念した方がよかろう」

「では、そのように……」


 国王レンテリオには火薬や銃の製造、実験に関する報告も届いている。

 国境の中州に銃撃部隊が配置されたのも、実戦における効果を確認するためだ。


 火薬については、コルド川に架かる橋を落とす作戦にも用いられる予定だ。

 製造、検証の過程も、今は新川恭一の手を離れて、フルメリンタの土属性の魔導士が行っている。


 土属性の魔法を使えば特定の鉱物の精製が可能となるが、最初に目的の鉱物を知る必要がある。

 新川が製造した硝石を認識したことで、フルメリンタの魔導士が硝石を精製できるようになったのだ。


 手間の掛かる硝石の製造も、材料となる物質を集めて、魔法を使って抽出を行えば遥かに容易に精製できる。

 硫黄、炭との配合の割合などを変えての検証作業も加速度的に進み、火薬は兵器として使えるレベルにまで引き上げられている。


 宰相ユドにとって、新川や三森の存在は最初の硝石のようなものだ。

 現代日本の進んだ文明は、認識できなければ再現できない。


 認識して利便性を理解すれば、すぐに再現はできなくても、工夫して似たような物を生み出すことはできる。

 霧風優斗の知らなかった火薬の知識を新川恭一が持っていたように、火薬や銃の有用性から、まだ二人には利用価値があるとレンテリオは判断したようだ。


「陛下、ユーレフェルトに残っているというキリカゼ卿の友人はいかがいたしますか?」

「そちらも有用な人材のようだ、手に入れたいと思うが焦る必要は無い。コルド川東岸地域の有力貴族を捕らえられたら、交換しても良いしな」

「なるほど……では、状況次第ということにいたします」

「うむ、優先順位は間違えるなよ」

「心得てございます」


 通常、相手国の領土を切り取るような戦は、占領する面積に応じて時間が掛かるものだが、今回フルメリンタは広大な地域を一気に手に入れるつもりでいる。


「夏までには目途を立てたいものだな」

「それほど長くは掛からないかと……」

「機を逃さずに仕掛けるように伝えよ」

「かしこまりました」


 ユーレフェルトの王族は、誰一人として予期していない戦いの幕開けは、静かに着実に近づいている。

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