第133話 酔客
※今回は富井多恵目線の話です。
正月の休みが終わると、庶民はすぐにいつもの生活に戻った。
霧風の話によれば、王族や貴族はあと一週間はパーティー続きだそうだ。
一般庶民からしたら、毎日パーティーなんて羨ましいと思うのだろうが、霧風はウンザリしているようだ。
なんの伝手も無い状態から自分たちの居場所を確保するために、なんとかフルメリンタの貴族たちと良好な関係を築こうとしているらしいが、そうした人脈作りには向いていないみたいだ。
「あぁ、あと何日続くんだ、こんな生活……顔も名前も覚えきれねぇよ」
「そんなこと言わないで頑張って」
「はぁ……」
アラセリさんやハラさんから出席者の情報をもらいながら、なだめすかされている姿は幼稚園に行きたくないと駄々を捏ねている子供のようだ。
まぁ、気持ちは分らないでもないが、ちょっと情けない。
「シャキっとしろよ、霧風。庶民はもう普段の生活に戻ってるぞ」
「あぁ、いいなぁ……俺もそっちがいいよ」
「そんな風に文句ばっかり言ってると、アラセリさんに愛想尽かされるぞ」
「いや、それは困るから行くことは行くんだけどね……貴族の謎マウント合戦、見栄張り合戦に付き合うのはマジで疲れるんだって」
霧風は、他の貴族から見れば新参者だけど、国王や宰相のお気に入りだそうで、敵対するよりも取り込もうとする奴が多くて対応が大変らしい。
「そんなに嫌なら無理して行かなくても良いんじゃないの?」
「いや、俺たちには何の後ろ盾も無いし、何かあった時に人脈は必要だからね」
「それって、あたしらのため?」
「うーん……少しはあるけど、俺が必要だと思うからやってるだけだよ」
「そっか、あたしらのためだったら必要無いって言うつもりだったけど、霧風自身のためならば、グダグダ言ってないで行ってこい」
「だよねぇ……しゃーない、行ってくるか……」
とか言って、仕事に出掛けたのはあたしの方が先だったし、たぶん帰りは霧風の方が早いと思う。
あたしの方が大変だ……なんて言うつもりは無いし、仕事は楽しい。
結局、パーティーに行きたくないと駄々を捏ね、アラセリさんとイチャついてる霧風にイラついているだけだ。
うん、まさかリア充爆発しろ……なんて言葉を異世界で実感するとは思わなかった。
「ホント情けないっていうか、デレデレして締まりが無いというか……」
「あははは……タエ、男ってのはそんなものさ」
草笛亭の昼の営業が終わった後、まかないをいただきながら店主のブリメラさんに愚痴をこぼしたら笑われてしまった。
「そうなんでしょうけど、もうちょっとシャキっとしてもらいたいと言うか……いや、キリって感じかな」
「惚れてるのかい?」
「い、いや、惚れてるとかそんなんじゃなくて、世話になったというか、ちょっと尊敬してた……?」
「そうなのかい? まぁ、何にしても自分の気持ちには素直でいた方がいいよ。その人だって、自分が嫌なことは嫌なんだって素直に言ってるだけさ」
「そうかもしれませんけど……」
「何が好きで、何が嫌なのか、他人の心の内側なんて言葉にしてもらわないと分かりやしないんだよ。言わなくても察してもらえるなんて思うのは、相手に対する甘えだし横暴さ」
確かに、言葉にしないと気持ちは伝わらない。
戦争奴隷として強制的に働かされていた頃、何も言わず、何も聞かずマグロみたいに対応していた時には扱いが酷かった。
開き直って、どうして欲しいか問い掛けて、相手の卑猥な欲望を満たしてやるようにしたら暴力を振るわれる頻度が激減したものだ。
そう考えてみると、霧風の駄々は行きたくない、パーティーは好きじゃないという意思表示であり、アラセリさんに甘やかしてもらいたいという要求なのだろう。
こうやって考えてみれば霧風の行動も理解できる。
理解はできるけど、好ましい行動かと聞かれれば、ノーと答えるしかないだろう。
「まぁ、そんなに肩肘張ってる男が良いなら、そういう男を探すしかないね」
「いや、別に肩肘張ってる男が好きって訳じゃないですよ」
「あぁ、うちの店に来るような連中は止めておきなよ。摑まえるなら、もっと金廻りの良い男にするんだね。さて、そろそろ夕方の仕込みを始めるかね」
「はい、あたしは掃除を済ませちゃいますね」
草笛亭での仕事にも慣れて、考えなくても動けるようになってきている。
ただし、慣れることと雑になるのは別なので、ポイントポイントをしっかり抑えて、見落としや失敗が無いように気を付けている。
「ブリメラさん、仕込みの量を増やしたりしないんですか?」
「あぁ、増やすつもりは無いよ」
「でも、増やしても売れ残るような感じはしませんよ」
「いいんだよ。これだけ売れれば十分に儲けは確保できている。パッと売り切って、後の時間はゆっくり過ごすのさ」
営業中の草笛亭は、いつも満席という印象がある。
あたしが働き始めてからでも、昼も夜も、売り切って閉店が続いている。
かなりの人気店だから、仕込みを増やしても売り切れるはずだが、ブリメラさんは利益よりも家族との時間と大切にしている。
週に一日は完全休業で、翌日の仕込み作業も行わないそうだ。
「赤ん坊なんてものは、ビックリするぐらい早く大きくなるものなんさ。ドナトにとっては初めての子供だからね、一緒にいられる時間はキチンと確保してやらないとね」
人気店だからこそのホワイトな労働条件といったところだろうか。
この日の夜も、開店から三時間ほどで串焼きを売り切ってしまった。
「タエ、売り切ったから表の看板裏返しておくれ!」
「はい、分かりました」
「酒の注文も終わりだよ。ゆっくり飲みたきゃ店を変えとくれ」
リーズナブルな価格で少しお腹をみたし、程良く酔っぱらう。
軽く飲んで帰るのには丁度良いし、店を変えて飲むにしても注文する料理や酒が減らせるから安上がりで済む。
草笛亭を利用するお客の殆どは、それを理解して上手く利用してくれているのだが、中にはゴネる客もいる。
「なんだ、この店は……客を追い出そうってのか!」
閉店間際に入ってきた見慣れない二人連れの客は、最初に頼んだ串焼きと酒を半分ほど飲み食いしたところで閉店だと告げられて、文句を言い始めたがブリメラさんも黙っていない。
「そうだよ。うちはパッと売ってパッと閉めるやり方で商売してるんだ」
「ほぅ……まぁ、まだ食い終わっても、飲み終わってもいねぇから帰らねぇけどな」
でっぷりと太った二人組のオッサンは、食べかけの串焼きにも飲みかけの酒にも手を付けず、下らない話に興じている振りを始めた。
他のお客たちが帰った後も、手をつける素振りを見せない。
実に分かりやすい嫌がらせだ。
痺れを切らしたブリメラさんが、客に催促した。
「飲みも食いもしないなら、さっさと出ていっておくれ!」
「いやいや、まだ食べてる最中だし、飲んでる最中だよな」
「あぁ、その通りだ。あぁ、でもちょっと待ちな……」
連れの言葉に同意しかけたオッサンが、あたしに舐めるような視線を向けてきた。
「そこの姉ちゃん、もう閉店だっていうなら、この後付き合えよ。そしたら帰ってやるよ」
「おぉ、そりゃいいな。たっぷり可愛がってやるぜぇ……」
「ふざけんじゃないよ! うちのタエは……」
「まぁまぁ、ブルネラさん、そんなに怒らなくても大丈夫ですよ」
「タエ……」
ブルネラさんは、あたしが戦争奴隷だったと知らないから心配してくれてるんだろうけど、こんなオッサン二人を相手するのは簡単だ。
簡単だけど、別に好き好んで体を開くつもりもない。
「何だよ、なかなか話の分かる姉ちゃんじゃねぇか」
「そうだよ、人間てのは動物と違って話が分かるからねぇ……それと、帰るんだったら、もったいないから串焼きは食べちゃって」
「んん? 串焼き……?」
「あぁ、うちの串焼きは大きすぎて食べにくいかな?」
オッサンたちが食べ残していた串焼きを風属性の魔法で細かく切り刻んでやった。
「ひっ……」
「あたしは魔物とか盗賊の討伐やってたんだけど、血生臭いのに飽きちゃって仕事を変えたんだけど、どうしてもって言うなら遊んでやってもいいよ」
「じょ、冗談じゃねぇ……」
「あぁ、帰るならお勘定を済ませてからね」
「こ、ここに置くぞ」
「はい、確かに、毎度あり!」
「ちっ、二度と来るか、こんな店……」
オッサン二人組は、お金を置くとブツブツ捨て台詞を残して帰っていった。
「まったく、とんでもない奴らだよ」
「出過ぎた真似をしてすみません、ブリメラさん」
「とんでもない、大助かりさ。それにしても、タエが討伐ねぇ……」
「へへぇ、こう見えて結構強いんですよ。鋼熊ぐらいなら一撃で倒しちゃいますよ」
「あははは、そんじゃあ強盗に入られたらタエに助けてもらいかね」
どうやらブリメラさんは、あたしが冗談を言っていると思ったようだ。
まぁ、あたしのような可憐な少女が熊を倒せるなんて思わないよね。
無粋なオッサンたちのせいで、いつもより遅くなったので、ブリメラさんは泊まっていけと言ったけど、断って帰ることにした。
別に調子に乗ってる訳でもないし、油断をしているつもりもない。
街の賑やかな辺りを抜けて、貴族街へと向かって人通りが少なくなった所で足を止めて振り返り、暗がりに向かって声を掛けた。
「コソコソ後を付けて来ないで出て来なよ」
草笛亭を出た後、風属性の探知魔法を使っていたら、二人組が尾行しているのに気付いた。
声を掛けても姿を見せないが、さっきのオッサン達だろう。
「女だと思って舐めてるみたいだけど、ここからでもあんたらの首を飛ばせるんだよ」
どうやら気付かれていることすら認めたくないようなので、頭スレスレを狙って魔法で切り裂いてやった。
「ひぃぃぃ! 待て、もう手出ししないから見逃せ!」
「嘘だったら、次は容赦しないからね」
「分かった! 約束する!」
肉眼ではボンヤリとしか見えなかったが、探知魔法は二人の人物が逃げるように走り去る様子を伝えてきた。
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