第132話 国王の真意

 新年を迎えたユーレフェルト王国の王都では、祝賀ムードなどは一切無く、街は平素よりも静まり返っている。

 昨年、第一王子アルベリクが暗殺され、喪に服すという理由で華やかな飾り付けなどは禁じられている。


 表立って新年を祝うことはできないが、庶民は家の中で普段より少し豪華な食事をして酒を酌み交わし、ひっそりと新年を祝っていた。

 一方、貴族社会の中心である王城では、そうした密かな新年の祝い事さえも行われていない。


 直接的な戦いこそ行われていないものの、第二王女ブリジットが次の王位へ名乗りを上げたことで緊迫感が高まっている。

 静かな中にも不穏な空気の漂う王城で、現国王のオーガスタ・ユーレフェルトは実の弟であるベネディット・ジロンティーニ公爵と会談を行っていた。


 ユーレフェルトの先代国王には息子が生まれなかったために、王族の血を色濃く引く三大公爵家の一つジロンティーニ家からオーガスタが婿に入り現国王に即位している。

 第一王妃クラリッサは先代国王とエーベルヴァイン公爵家から嫁入りした王妃の間に生まれた娘で、第二王妃シャルレーヌはラコルデール公爵家から嫁入りした王妃の娘だ。


 有事の際は、王家を三大公爵家であるエーベルヴァイン家、ラコルデール家、ジロンティーニ家が支える。

 つまり、現国王がジロンティーニ公爵家から出ているのだから、次の国王はエーベルヴァイン公爵家か、ラコルデール公爵家の血を引く者になるというのが大方の見方なのだ。


「ベネディット、皆は息災か?」

「はい、おかげ様で」

「アルバートは幾つになる?」

「今年二十歳になります」

「そうか、そろそろ嫁を貰わないといかぬな」

「ええ、良い縁があれば、いつでも……」


 言葉を切ったベネディットがニヤリと笑みを浮かべると、オーガスタも頷いて意味ありげな笑みを浮かべた。


「ワシも甥っ子のためには一肌脱ぎたいところだが、昨年はあまりにも多くの不幸があり過ぎた。フルメリンタとの戦、ワイバーンの渡り、そしてアルベリクの死。アルバートの縁談は喪が明けてからの方が良かろう」

「華美な宴を催したい訳ではありませんが、倅の結婚は多くの者に祝福される形にしたいと思っております」

「そうだな、ならば下らぬ争いが終わった後が良かろう」

「仰せのままに……」


 オーガスタとベネディットは、王城で顔を合わせる時には互いの胸の内を直接的な言葉にすることはしない。

 王城は人払いをしても、王国内部の者を完全に排除することは出来ないので、二人の会話はどこからかエーベルヴァイン家やラコルデール家へと伝わってしまうのだ。


 オーガスタとベネディットの間には、いくつかの共通の目標がある。

 一つは、第二王子ベルノルトの失脚。


 今の時点でも、十分に愚物としての評価が固まりつつあるが、更なる一押しで完全に王位継承争いから排除するつもりだ。

 もう一つは、ベルノルトの失脚の穴埋めとして、第一王女アウレリアをフルメリンタに嫁入りさせる計画だ。


 失態を続ける第二王子派が、保身のための人身御供としてアウレリアを差し出すように仕向けるつもりでいる。

 そして最後が、第二王女ブリジットとベネディスの息子アルバートの結婚だ。


 状況次第ではあるが、女王となったブリジットの伴侶という形ではなく、アルバートを次の国王としようと画策している。

 つまり、現国王派の影響力を次の世代に残すのではなく、次の王位もジロンティーニ公爵家から輩出させようという計画だ。


「アウレリアの一派が中洲の奪還を画策していると聞きましたが……」

「そのようなことを国として行うつもりは無い。そもそも、フルメリンタとの戦もワシの承諾無しに始めたことだからな」

「では、お止めになるので……?」

「無論だ。そのような進言があれば当然止める。進言があれば……な」


 進言があれば止めるが、勝手にやられたら止めようが無い……つまり止めるつもりは無いということだ。


「フルメリンタは守りを固めていると聞いております」

「そのようだな。手に入れた領地を確保するのに必死なのであろう。せっかく攻め入ったエーベルヴァイン領をワイバーン殺しと引き換えに放棄するくらいだからな」

「ふっふっふっ、あれは傑作でした。まさかワイバーン殺しが近付かなければ役立たずとは、フルメリンタも思わなかったでしょうな」

「エーベルヴァインの一派は中州を失う失態を演じたが、余所者一人を差し出して領地を取り戻したのは見事であった。まぁ、肝心の家は無くなったがな」

「まだ家督相続の訴えを起こしている最中ですぞ、そこはお間違いなく……」

「そうであったな」


 エーベルヴァイン公爵家は、当主のアンドレアスがワイバーンとの戦闘中に戦死している。

 本来、嫡男であるオウレスが家督を相続することになるのだが、国王に無断でフルメリンタとの戦端を開き、しかも中州の領地を失うという失態を演じたために相続の許可が下りていない。


「ベルノルト様は、まだ王都に戻られないので?」

「あれには、あれの考えがあるのであろう。こちらのからの指示は送ってあるから、やるべき事は分かっているだろうし、期待もしておる」


 現在、エーベルヴァイン領は第二王子ベルノルトを後見として王家の預かりという形になっている。

 エーベルヴァイン領では、中州から追い出された住人の受け入れやフルメリンタとの戦で財産を失った者達などの不満が高じて反乱騒ぎが続いている。


 王家の預かりという形だから、そうした騒乱の責任は王家にあると言えるが、国王オーガスタは責任をベルノルトに負わせるつもりでいる。


 フルメリンタとの戦での失態、戦後の統治失敗の責任、更には中州を奪回しようと試みて失敗すれば、ベルノルトを失脚させるには十分だと考えている。

 国王オーガスタとジロンティーニ公爵家は、この機会にエーベルヴァイン公爵家を完全に潰し、ユーレフェルト王国の軍務と法務を一手に握るつもりだ。


 第一王子派の後ろ盾であるラコルデール公爵家が財務を握る状況が続いたとしても、訴訟沙汰となれば法務を牛耳っているジロンティーニ公爵家の方が優位に立てる。

 友好的な関係を保つのであれば存続させるが、敵対するならばいずれは潰すことすら考えている。


「春には騒がしくなるかもしれぬが、夏には騒ぎも収まるだろう」


 国王オーガスタは、寒さが緩む春先にアウレリアの一派がフルメリンタに戦を仕掛け、夏までには撃退されて終結すると推測している。


「では、それから縁談の下準備を始めて、喪が明ける頃には発表でるようにいたしましょう」


 フルメリンタとの停戦時には、国王オーガスタやジロンティーニ公爵家も介入し、ベルノルトの廃嫡、アウレリアのフルメリンタへの輿入れでの講和を一気に進めてしまうつもりだ。

 エーベルヴァイン領は、ベルノルトの廃嫡と同時にジロンティーニ公爵家の預かりとして、国の財源も投入して一気に治安の回復を図る。


 第二王子派の貴族の囲い込みも進め、権力の地盤を盤石にしたところで、アルバートとの婚姻をブリジットに突き付ける予定だ。


「今年は平穏な一年であれば良いが、昨年もあれほど騒がしくなるとは思っていなかった。常に備えを欠かさず、事が起これば即応できる体制を整えておかねばならぬ」

「ジロンティーニ家は、王国の安定のために尽力する所存です」

「頼むぞ、ベネディット」

「お任せください」


 外から見聞きしている者からすれば、二人の会話はアウレリア一派の暴走を懸念し、国の安定を願っているかのように聞えるだろう。

 その言葉の裏にある、次の王位を奪取する計画は、まだほんの一部の者にしか伝わっていない。

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