第131話 アウレリア

 ユーレフェルト王国第一王女アウレリアは、良くも悪くも王族らしい王族だ。

 姿を見せるのは、派閥の貴族とのパーティーぐらいのもので、平民どころか貴族とも厳然たる一線を引いていいる。


 第一王女となれば、他国の王族や有力貴族との縁組がなされてもおかしくないのだが、本人は次期国王の座に執着している。

 王家に婿入りした現国王と実の母親である第一王妃クラリッサの力関係、言動などを見て育ったせいで、自分が政争の道具とされるのを良しとせず縁談を断り続けてきた。


 クラリッサにとって夫とは、女王となった自分の下へ繋がりを求めて婿入りしてくる存在であり、ユーレフェルトの利益のために自分が嫁入りする相手ではないのだ。

 ユーレフェルト王国の王侯貴族の結婚適齢期は、女性であれば二十歳前だが、アウレリアは年が明けると二十二歳になる。


 アウレリアにとって優先順位の一位は次期国王への就任であり、それを成し遂げる以前に結婚をする気はない。

 第一王妃クラリッサにより、王族として厳格に育てられたこともあり、元々恋愛感情を胸に抱いたことも殆ど無かった。


 王族である自分と釣り合える男などいないとさえ考えてきたのだが、例外は無かった訳ではない。

 アウレリアが密かに好意を抱いていたのは、近衛騎士のドロテウスだ。


 近衛騎士と王族、どちらの地位が高いかなんて言うまでも無いし、ドロテウスも一応王族に対しては敬意を持って接していたが、見せかけの敬意の裏には強烈な自信を抱いていた。

 自分に対しても敬意をもって接するならば従うが、蔑ろにするならば王族であろうと貴族であろうと叩き殺し、死ぬまで暴れ続けてやると公言してはばからなかった。


 能力が高くとも、いつ背くか分からないドロテウスを騎士団の上役すら近くに置きたがらなかったが、アウレリアは自分の専属騎士として優遇した。

 王族として育ってきたアウレリアには、ドロテウスの異質さは理解できなかったのだ。


 ドロテウスにとっても自分を異物として捉えず、能力を高く評価するアウレリアは理想の主君だった。

 自分に異を唱える者を半殺しにすれば騎士団では糾弾されたが、アウレリアは咎めるどころか問題にもしなかった。


 アウレリアは自分以外の者たちの存在に関心が薄く、ドロテウスが自分のために行動しているのであれば、他の者がどうなろうと構わなかったのだ。

 この方針はドロテウスにとっても都合が良かった。


 アウレリアにさえ従っていれば、他はいくらでも自由に振舞っても許されるからだ。

 超然とした態度で王族らしく振舞うアウレリアと、他の者では手懐けられない野獣のごときドロテウスの組み合わせは畏怖の対象となり、ある種のカリスマ性を持つに至った。


 ただし、アウレリアがやっていたことは、配下に対する丸投げでしかない。

 状況を知り、己の望む形を伝え、そうなるように命じる。


 物事が上手く運んでいるうちは、それで何の問題も起こらないどころか、これぞ王族と賞賛さえされていた。

 実際、第二王子を擁する第一王妃を中心とする一派の中には、アウレリア派とも呼ぶべき者達も存在していた。


 この者たちは、アウレリアが望む社会の形で利益を得られる者達ではあったが、特別にアウレリアから目を掛けられていた訳ではない。

 アウレリアは特定の貴族を贔屓にする訳ではなく、偶々そうした関係になっていただけだ。


 長年に渡って築かれてきたユーレフェルト王国の王族、貴族の風習に支えられ、波風が起きていない状況が続いていれば、あるいは本当にアウレリアが次の王位に就いていたかもしれない。


「召喚の儀式を執り行いなさい」


 召喚の儀式は王家の秘事の一つで、異なる世界から有能な人物を招聘するための儀式とされていた。

 ただし、召喚を成功させるためには、多くの魔導士が死亡もしくは再起不能になるほどの消耗を強いられるのと、召喚が可能とされる時期が限られていた。


 アウレリアが召喚を行ったのは、自分が王位に就くには弟達との性差が不利に働くと考えていたからだ。

 ユーレフェルト王国の王位は、年齢と性別によって継承順位が決められている。


 男性優位の年齢順は、三代前の国王アンゼルムによって国法に定められている。

 それを捻じ曲げて自分が王位に就くには、相応の実績が必要だとアウレリアは考えたのだ。


 アウレリアの思いつきは、第一王妃にも承認され、国王にも黙認された。

 誰が行ったとしても有能な人物がユーレフェルト王国に召喚されることに変わりは無いし、例え何か失敗が起こったとしてもアウレリアに責任を押し付ければ済むと考えたからだ。


 かくして召喚の儀式が行われ、優斗たちはユーレフェルト王国に召喚された。

 召喚の儀式は成功したが、ここで一つ問題が起こった。


 召喚儀式を主催したのは、ユーレフェルト王国の軍務を担当するエーベルヴァイン公爵を中心とする一派だった。

 彼らは、異なる世界からの有能な人物イコール、有能な軍人であると考えてしまった。


 実際、召喚された者達はユーレフェルト王国の同年代の者達よりも多くの魔力を蓄えていた。

 訓練を施せば、召喚者による強力な軍隊が作れると思い込み、それが実行されてしまった。


 彼らの誤算は、優斗たちが恐ろしいほどに平和な日本で生まれ育っていたことだ。

 生き物を殺すことへの忌避感、危険を察知する能力の欠落、思うような実績を残せないままに損耗していく。


 それどころか、役立たずだと追い出された者が、あろうことか敵対する第一王子派の下で予想外の能力を発揮し始めてしまう。

 物事が上手く運んでいる時には、ただ命じるだけでもアウレリアは賞賛されていたが、風向きが変わり始めた。


 これで第一王子の痣が消えて、王位継承への懸念が無くなってしまったら、アウレリア様のせいだ……といった声が出始めたのだ。

 だが、アウレリアは自分の責任だとは露ほども思っていなかった。


 折角召喚した者たちを上手く活用できなかった者たちが悪い……と考えていた。


「召喚した者たちをもっと上手く使いなさい。邪魔者は排除すれば良い」


 アウレリアは命じた。それまでと同様に、ただ命じただけだ。

 派閥に属する者たちはアウレリアの意を実現するために行動を始め、優斗は暗殺されかけ、クラスメイトたちは死地へと送り込まれた。


 それまで、アウレリアは命じるだけで、殆どの物事を思い通りにできたが、今回ばかりは状況が思い通りにならないが、苛立ちを覚えるのは報告を受けた時だけだ。

 王族は些事に拘らない、大局への道筋を示すだけで良い……という教育方針によって育ったアウレリアは一種の怪物だ。


 今は思い通りに進んでいないが、自分が命じたのだから自分の思い通りになると信じて疑わない。

 上手くいかないのは、下々の者どもが無能だからであって自分の責任ではないと思っていた。


 そもそも、命じる者の責任という意識がアウレリアには欠けていた。

 第一王子派の庇護下にある優斗を排除しようとすれば、派閥間の武力対立を招き、その結果として内戦に至る可能性があるなどとは考えない。


 アウレリアにとって邪魔だから排除しなさいと命じるだけなのだ。

 だから、優斗の排除が上手くいかないと知ると、一番簡単に排除できる手段としてドロテウスを動かしたのだ。


 だが、ドロテウスは優斗によって返り討ちにされてしまう。

 ドロテウスの死を知った第二王子派の者たちは、さぞやショックを受けるだろうと考えていたが、アウレリアの反応は実に素っ気ないものだった。


「そう、失敗したのね。引き続き排除を試みなさい」


 哀悼の言葉の一つも無く、ドロテウスですら失敗した作戦を更に進めるように命じる様子を伝え聞き、それまでアウレリアを支持してきた者たちに動揺が走った。

 その泰然自若な姿に更にカリスマ性を感じる者と、あまりに浮世離れした姿に失望する者に分かれ、結果として支持する者はごく一部となった。


 アウレリアは、王城の奥から殆ど外に出ない暮らしを続けている。

 理由は、第一王子アルベリクが殺害され、第一王子派が報復のために第二王子派の王族を狙うという噂が流れたからだが、元々の生活とあまり変わらない。


 時折、第二王子派のアウレリア派とでも呼ぶべき貴族から現状の報告を聞き、こうしなさい、ああしなさいと命じるだけだ。

 取り巻きの者たちが、アウレリアを神格化し、世間の俗事などは耳に入れる必要は無いと思い始めたために、ユーレフェルトの現状も伝わらなくなっている。


 アウレリア本人は、今も王位継承争いの中心にいると思っているが、実際には少数派の御輿に過ぎない存在となっている。

 第二王子派の関心は、第一王子派の反撃をいかに凌ぐかに向けられている。


「フルメリンタに奪われた土地を取り戻しなさい」

「かしこまりました」


 今日もアウレリアの御告げが信者へと伝えられていく。

 夢物語と思うのか、神の御告げと思うかは聞く者次第だろう。

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