第130話 交換条件

※今回は海野和美目線の話となります。


 フルメリンタの使者ネージャさんと接触して以後、私達三人は何度も今後の方針について話し合いを重ねている。

 ユーレフェルトに残るべきか、それともフルメリンタに移るべきか……。


 ここオルネラス侯爵領に来るまでは、ユーレフェルトから逃げ出してフルメリンタに行く計画を少しずつではあるが進めていたのだが、今は迷いが生じている。

 迷いの原因は言うまでもなく、クラスメイト達が戦争奴隷として扱われ、命を落としたと聞かされたからだ。


 普段は能天気で明るい亜夢が、熱を出して寝込んでしまったほどショックを受けてしまった。

 侯爵夫人には、はしゃぎ過ぎて旅の疲れが出たのだと思うと言って誤魔化したが、亜夢はフルメリンタに不信感を抱いているようだ。


 私もフルメリンタに対して、これまでとは印象が変わってしまった。

 というか、これまで分からないことばかりだったフルメリンタの実像に触れて、ようやく正しく認識し始めたのだろう。


 今の時点では、私はフルメリンタへの移動に賛成寄り、逆に亜夢は反対、涼子が中立といった状態だ。


「私は嫌、フルメリンタには行きたくない」

「それは、みんなが戦争奴隷として扱われて命を落としたからだよね?」

「そう、降伏したのに、そんな目に遭わせるなんて酷い!」

「でも、みんなもフルメリンタの人を殺したんだよ」

「それは……そうかもしれないけど、悪いのは命令した人だよ」

「それって、ユーレフェルトの第二王子派だよ。今のままだと、ベルノルトが次の王様になるかもしれないんだよ」

「でも……私たちは酷い目には遭って……もう、分かんない!」


 クラスメイトを戦争奴隷にしたフルメリンタは許せないけど、その原因を作ったのは間違いなくユーレフェルトなのだ。

 私たちは酷い目に遭わずに済んでいるが、だからと言って許してしまうのは違うと亜夢も気付いたのだろう。


「もう、やだ……日本に帰りたい……」


 亜夢は、両手で顔を覆って肩を震わせ始めた。

 クラスメイトの死を伝えられてから、すっかり情緒不安定になってしまっている。


 亜夢が言うように日本に帰れるのが最善だけど、その方法が全く分からない以上、私たちはこちらの世界で生きていくしかないのだ。

 亜夢の背中をさすりながら涼子が私に問い掛けて来た。


「和美はフルメリンタに行く方が良いって考えてるんだよね?」

「うん、どちらかと言えば……ね」

「むこうに行ったら、私たちも奴隷扱いされたりしないって言い切れる?」

「たぶん、大丈夫だと思う」

「なんで、そう思うの?」

「私達を連れて行きたいと思うなら、クラスのみんなが死んだことは黙っておけば良くない? それこそ霧風君が大切に扱われていることだけを伝えれば、私たちはこんなに警戒しなかったよね」

「あぁ、そうか……確かにそうかも」

「だから、ネージャさんが話した内容に嘘は無いように感じてる」


 初対面の人、それも諜報機関のようなところで働いている人の話を信用するのは危険だとは思うけれど、フルメリンタが霧風君を重要視しているのは確かだろう。

 ネージャさんの話によれば、フルメリンタは霧風君の痣を消す能力を使って、ユーレフェルトとは反対の隣国との関係を強化しようとしているらしい。


 またユーレフェルトと戦争状態になった時に、逆側の隣国からも攻められると窮地に陥るからだ。

 私たちを連れていきたいと考えているのも、霧風君の施術に私たちのエステを組み合わせて、更に付加価値を上げようと考えているからだそうだ。


「ユーレフェルトの領土と引き換えにしてまで呼び寄せた霧風君が重要視されているのは間違いないと思うし、その霧風君の要望だから私たちを連れていこうとしているんだと思う」

「それじゃあ、霧風に価値が無くなったら、あたしたちも用無しになっちゃうんじゃないの?」


 私の推測に亜夢が不満をぶつけて来た。


「そんな事にはならないわよ。亜夢のマッサージを一度でも受ければ、そんな考えには絶対にならない。私が保証する」

「それは……そうかもしれないけど……」


 まだ少し不満そうだが、自分の技術を褒められて亜夢の表情が和らいだ。

 実際、王都からの長旅を終えた人たちからは、亜夢と涼子のマッサージは絶賛された。


 長時間、何日も馬車に揺られていると、座っているだけでも腰や背中が疲れるのだが、二人がマッサージをすると一発でコリも疲れも抜けていくのだ。


「私たちの技術は、どこに行ったとしても必ず通用する」

「でも、だったらフルメリンタじゃなくても良いんじゃない?」

「そうね、フルメリンタじゃなくても大丈夫だとは思うけど、霧風君以外にも新川君、三森君、富井さんがいるならば、合流した方が良い気がするんだ」


 こちらの世界に召喚された時、私たちは全部で三十七人もいたのに、今生存が確認されているのは七人だけだ。

 三十人ものクラスメイトが、命を落としたり行方知れずになっている現状を再確認して言葉を失っていると、涼子がポツリと呟いた。


「あたし、アウレリアを一発殴りたい……」

「殴るだけじゃ足りないよ。あたしは、あいつ本気で殺したい」


 涼子の言葉に、すかさず亜夢が同意した。

 ユーレフェルトの第一王女アウレリアこそが、私たちを召喚した張本人だからだ。


「あいつのせいで、クラスのみんなが酷い目に遭ったんだから、あいつも同じ目に遭わせてやりたい。それを手伝ってくれるなら、フルメリンタに行ってもいいよ」

「出来るかどうか分からないけど、確かにアウレリアには仕返ししたいわね」


 私にも反対する理由は無い。

 ただ、アウレリアは私たちのエステサロンにも姿を見せないし、どこで何をしているのか良く分からない。


 私たちがクラスのみんなと訓練を受けている時でも、たまに見学に現れていただけで、それも短時間で切り上げていた。

 そして、あのドロテウスが姿を見せなくなった頃から、アウレリアの殆ど姿を見せなくなったのだ。


「あいつ、絶対に性格悪いよ。きっと裏から人を動かして、自分は危ないところには出て来ないつもりなんだ」

「亜夢の言う通りだと思う。あいつに復讐するには、あたしたちだけじゃ無理だと思うから……和美、復讐もフルメリンタ行きの条件に加えようよ」

「でも、ネージャさんは王城に入れなくなってるって言ってなかった?」

「あっ、言ってたかも……」


 フルメリンタの使者ネージャさんは、第一王子アルベリクが殺害されてから王城の警備が強化されて潜入できなくなったと話していた。

 そのため、私たちとの接触も王都を離れたタイミングで行ったそうだ。


「ねぇ、和美。アウレリアに仕返しするなら、ベルノルトを王様にしなければ良いんでしょ?」

「そうだけど……涼子、何か良いアイデアでもあるの?」

「無いわよ。無いけど、これから考える」

「涼子は頼りにならないわねぇ……」

「亜夢に言われたくないわよ」

「いやぁ、それほどでも……」

「褒めてないからね」


 復讐の目標が出来たからか、少し亜夢が持ち直したように見える。

 復讐の権化みたいな感じになるのは困るけど、亜夢が立ち直るならば目標にさせてもらおう。


 ユーレフェルト貴族の正月の宴は、昼から始まって、お茶会を挟んで夕食まで続く。

 夕食の後はプライベートタイムだそうで、夫婦や恋人同士が二人きりで過ごす時間だそうだ。


 初めての接触から三日後、ネージャさんが私たちの部屋を訪ねて来た。

 ネージャさんを見た途端、亜夢の表情が強張ったが、喚き散らすほどは取り乱さなかった。


「お気持ちは決まりましたか?」


 世間話などをすることもなく、ネージャさんは単刀直入に訊ねてきた。


「まだ決めかねていますが、若干フルメリンタ行きに傾きつつある……という感じです」

「どの辺りに迷っていらっしゃるのか伺ってもよろしいですか?」


 クラスメイトが戦争奴隷として扱われた件と、自分達がどんな扱いを受けるのか不安だと率直に話してみた。


「皆さんの国の事情は存じ上げませんが、こちらの世界では戦に敗れて捕えられたら戦争奴隷になるのが常識です。なので、余程の事がなければ降伏することもありません」


 ネージャさんの話を聞くほどに、こちらの世界には私たちの常識である人権意識などは存在していないことを思い知らされた。

 

「どこの国でも、戦争に敗れれば奴隷にされる……ってこどですか?」

「いいえ、奴隷にされる前に、講和が成立すれば奴隷落ちは免れます。今回の場合、講和が成立する以前に降伏したようです。我々からすると、降伏したら奴隷落ちとなると説明すらしていないことが信じられません」


 こちらの世界では、講和前の降伏は奴隷落ちとなるので、講和が成立していない時点では死に物狂いで戦いつづけるか、逃げるかの二択だそうだ。

 あまりにも当り前なので説明を怠ったのか、いずれにせよ、常識の違いについて認識していたら、違った結果になっていたのかもしれない。


 私とネージャさんの話が途切れたタイミングで、亜夢が手を挙げた。


「あの、フルメリンタ行きに条件を付けるのは可能ですか?」

「条件? なんでしょう?」

「私たちがフルメリンタに行く代わりに、第一王女アウレリアを殺して欲しいの」

「第一王女……ですか?」


 私たちが話し合った、アウレリアへの復讐についての話をすると、ネージャさんは黙ったまま何度か頷いて見せた。


「出来ますか?」

「いつまでに……と期限を設定するのであれば、難しいと答える他ありません。現在の王城の警備、更には王族の警備ともなれば近付く隙を見付けることすら難しいです」

「期限を付けなかったら?」

「時間は掛かりますが、いつかは仕留められるでしょう。ただ、それが私たちの功績であると証明することがむずかしい」


 亜夢はガッカリしていたが、私は安請け合いしないネージャさんの言動を好ましく思った。

 私からも、質問を投げかけてみる。


「フルメリンタは、もう復讐はしないんですか?」

「それは戦に対して……ということですか?」

「そうです」

「もう講和が成立しましたから、これ以上は望まないと思います。どこかで終わらせないと、延々と戦い続ける羽目になりますから。どちらにとっても消耗するだけです」


 淡々と語るネージャさんの口調からは、ユーレフェルトに対する恨みや敵意といったものは感じられない。

 フルメリンタからユーレフェルトに戦を仕掛ける可能性は低いような気がする。


 この後も、フルメリンタ国内の事情などを聞いたが、この日も結論は出せなかった。

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