第125話 接触

※今回も海野和美目線の話になります。


 オルネラス侯爵の館に着いた翌日から、私達は予定通りに動き始めた。

 まずは、館の一室を借り受けてエステルームを開設して、侯爵夫人の長旅の疲れを癒した。


「あぁ……生き返ったような気分よ。カズミの施術も素晴らしいけど、今日はアムのマッサージで体の疲れが溶けていったわ」

「ありがとうございます。そう言っていただけると施術をした甲斐があります」


 普段は天然ぷりが玉に瑕の亜夢だけど、マッサージに関しては天才的だ。

 筋肉を揉みほぐしながら、水属性の魔法で血行やリンパの流れを促進することで疲れを癒すのだ。


 城で施術を行っていると殆ど立ちっぱなしなので、私達も足の張りや浮腫みには悩まされてきた。

 亜夢は自分の足をマッサージするうちに、魔法を使った血行促進のコツを体得したそうだ。


 涼子も同じようなマッサージをしているのだが、理論的に考えすぎてしまうのか、亜夢と比べてしまうと若干ではあるが効果が薄い。

 ただ、それも亜夢と比べての話であって、普通のマッサージとは比べものにならないほど効果はある。


「あなた達も、働いてばかりではなくて楽しんでちょうだいね」

「ありがとうございます。ですが、オルネラス家を訪問される皆様の多くは、奥様と同じように王都から戻って来られると伺っております。皆様が楽しめるように、まずは癒しを提供させていただければと思っております」

「まったく、カズミは真面目ね。分かったわ、そういうことならば、カズミ達が早く楽しめるように、お客様方も癒していただこうかしらね」


 今回のオルネラス侯爵への訪問は、第一王子派の内部でも影響力を持っているオルネラス派とでも呼ぶべき勢力との繋がりを強めておくためでもある。

 第一王子派は旗印であった第一王子アルベリク様を失って窮地に立たされたが、第二王女ブリジット様が王位継承を目指すと宣言したことで息を吹き返した。


 息を吹き返しただけでなく、第一王子派の後ろ盾であるラコルデール公爵と共に財政面での反撃を始めた。

 貴族同士は他家の内情に対して干渉をしないという不文律があるそうだが、王家となれば話は変わってくる。


 領民から高額な税を取り立て、不正な蓄財、禁制品の製造や販売など……王国の法律に背いていると疑いをかけられれば、王国の調査は受け入れざるを得なくなる。

 例えそれが、第一王子派であるラコルデール公爵が仕切っている財務部の調査であったとしてもだ。


 効果はすぐに現れて、第二王子派の貴族が過去の罪状を暴かれて多額の追徴金を課せられたという話が、私達のエステサロンにも伝わってきていた。

 同時に、第二王子派との対決姿勢が先鋭化しつつあるという話も伝わってきている。


 そうした緊迫した状況の中で、財務関連の役職に就いていないオルネラス侯爵派は争いに加わっていないらしい。

 言うなれば、第一王子派における穏健派みたいな位置付けらしい。


 そして今回、オルネラス侯爵が自分の屋敷に招いた貴族の中には、第一王子派だけでなく国王派とされる貴族も加わっているそうだ。

 城のエステサロンでも、第二王子派の立ち入りは禁じられたが国王派の施術は続けている。


 もし、内戦のような状況が起こった場合には、こうした穏健派の貴族のところへ逃げ込むことも考えておかねばならない。

 今回の旅行は、そうした事態が起こった場合のための避難訓練でもある。


 オルネラス侯爵家に到着した翌日から三日間、私達はひたすらエステの施術を続けた。

 亜夢と涼子は、中年男性の貴族にもマッサージを行い絶賛されていた。


 そして、激動の一年も残すところ二日となった日、ようやく本格的な観光に出掛けられることになった。

 オルネラス侯爵家の兵士二名が、私たちの護衛に付いて街を案内してくれるそうだ。


 侯爵家のお膝元とあって、街の治安は比較的良いと聞いているが、港町とあって外国人もいるし、荒っぽい海の男もいるので場所によっては注意が必要らしい。

 護衛の兵士が付くのも、私達がトラブルに巻き込まれたり、危険な場所に迷い込んだりしないためだ。


 事前に、どんなものを見て回りたいのか、どういった食事をしたいのかなどの希望も伝えてある。

 朝食を済ませた後で屋敷を出発して、街で買い物をしたり、港の風景を楽しんだり、海の幸を堪能できる店で昼食、夕方には屋敷に戻る予定だ。


「和美、涼子、早く早く!」

「ちょっと、亜夢、走らないで!」

「えぇぇ……早く行こうよ!」

「慌てなくても街は逃げたりしないわよ」

「逃げるかもしれないじゃない」

「逃げるか!」


 馬車を降りた途端、走りだそうとする亜夢の襟を掴んで捕まえている涼子。

 私にとってはいつもの風景だが、護衛の兵士は苦笑いを浮かべている。


「アム様、街は年末の買い物をする者達で混雑しておりますので、はぐれないようにお気を付け下さい」

「は、はい……」


 これも伯爵夫人にリクエストしておいたのだが、案内の兵士には物腰が柔らかい人と強面の人を選んでもらった。

 第二王子派との対立が先鋭化して以後、王城の外へ買い物に出掛ける時に、それまで護衛に付いていてくれたドディさんとガマールさんはブリジット様の護衛に回されてしまった。

 私達が狙われる可能性は低いと判断されたのか、王城勤めの女性がお目付け役で同行するようになっている。


 男性との接触が減っているので、亜夢にはイケメンを付けておけば勝手に走りだして迷子になる可能性が減ると考えたのだが、どうやら上手くいったらしい。

 護衛の一人イスマンさんは栗色の髪の長身で、細身だけど鍛えられた体付きをしている。


 彫りが深く、グリーンの瞳が印象的なイケメンで、たぶん亜夢の好みのど真ん中だ。

 もう一人の兵士ムラドさんも長身だが、イスマンさんよりも肩幅が広く、ガッシリとしている。


 こちらは涼子の好みにピッタリだと思う。

 実際、亜夢は大人しくなったし、涼子もまんざらではなさそうだ。


 ドラマとか漫画で、リゾート地で恋に落ちるストーリーをよく目にするが、城から出てオルネラス侯爵家でのエステも終わらせて、気分が解放された二人は物語のヒロイン気分なのかもしれない。


「和美、置いてくよ!」

「ちょっと待ってよ」

「やだ、待たない!」

「イスマンさん、捕まえといて下さい」

「かしこまりました」


 港街まで観光に来たのは、港や船の様子を確かめるためでもある。

 陸路が無理なら、海路でフルメリンタを目指すつもりでいるのだが、現状では妄想レベルで現実味は全くない。


 観光程度でどうなるものでもないのだろうが、それでも妄想しているだけではなく、実際に現場に足を運ぶのだから前には進んでいるはずだ。

 イスマンさんが言っていた通り、街は買い物客で賑わっていたが、バーゲンセールの会場や年末のアメ横ほどの人出ではない。


 正月料理に欠かせない食材を売る店や、新年を迎えるための飾りを売る店など、既存の店の他に多くの出店が軒を連ねていた。

 そうした縁起物は私達にはあまり関係は無いが、見ていると季節感を感じて楽しくなってくる。


 通りを見物しながら歩いて抜けて、目的の港へと辿り着いた。

 港には、大小様々な船がひしめき合うように停泊している。


 中でも大きな船は、港から少し離れてた場所に錨を下ろしていた。


「近くで見ると大きいね」

「うん、思っていたよりも大きいかも」


 涼子が言う通り、交易に使うと思われる船は大きく、全長は四十メートルぐらいありそうだ。

 帆を張るためのマストは一本で、船の後部には三階建てぐらいの船室らしきものがある。


「あれだけ大きかったら、簡単には沈まないんじゃない?」

「どうだろうねぇ……」


 実際に船を見ればイメージが湧くかと思っていたのだが、実物を見ても具体的なことは分からないままだった。

 港近くの高級そうな料理屋で昼食を食べながら、イスマンさんに交易について質問する振りをして、航海についても色々と聞いてみた。


 すると、優秀な船乗りならば天候を読んで嵐に遭わずにすむらしいが、地域によっては海賊が出没したりするらしい。

 そのため大きな交易船には、護衛のための戦闘員を乗せているそうだ。


 交易船は貿易商が所有していて、商会の依頼に応じて外国から商品を仕入れてくるらしい。

 つまりは、船に乗ってフルメリンタを目指すならば、貿易商とのコネが必要になるのだろう。


 オルネラス侯爵領には、どんな貿易商がいて、どのくらいの船を所有しているのか、根掘り葉掘り聞いてみたかったが、そこまですると疑いの目を向けられかねない。

 後はパーティーの雑談などで、貿易商の情報を仕入れるしかなさそうだ。


 昼食後、観光と買い物を再開して、自分達で使う服やアクセサリー、エステに使えそうな香料などを見て回った。

 グルグルと街を見て回り、教会前の広場のベンチで一休みしていると、鞄を持った二人組の女性が近付いてきた。


「お嬢様達、宝飾品はいかが? はるばるフルメリンタやカルマダーレから仕入れたものもあるよ」


 一瞬押し売りかとも思ったのだが、イスマンさんとムラドさんが一緒にいると分かって近付いて来ているし、フルメリンタという言葉に興味をひかれた。

 声を掛けて来た女性が鞄を開くと、綺麗な色石を使ったネックレスやイヤリングが並べられていた。


 値段も店舗を構えている店よりはリーズナブルな気がする。

 一人が接客担当で、もう一人は少し離れた場所で周囲を警戒しているように見えた。


 これだけの宝飾品を持ち歩いているならば、当然の行動なのだろうが、私にとっては外国、特にフルメリンタからの仕入れについて訊ねるチャンスに思えた。

 思い切って、護衛担当らしい女性に話し掛けてみた。


「すみません、ちょっと話を聞かせてもらってもいいですか?」

「構いませんよ」

「外国からの仕入れって、どんな風にするものなんですか?」

「うーん……それは商売上の秘密なんですけどねぇ……」


 女性は渋い表情を浮かべながら、隣に並んだ私に手の中の紙を見せた。


『驚かずに話し続けて下さい。カズミ・ウンノさんですね。私はユート・キリカゼ卿から頼まれている者です』


 文面を読み終えた後、大きな声を上げず済んだ自分をちょっと褒めてあげたい。

 女性は宝飾品の話をしながら、何気ない様子で紙を裏返した。


『今夜、オルネラス侯爵の屋敷に忍んで行きます。お泊りの部屋の窓の鍵を開けておいて下さい』


 私が頷いてみせると、女性は手に持った紙を小さく千切って捨てた。

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