第126話 吉報と訃報

※今回も海野和美目線の話になります。


 多くの貴族を招いているオルネラス侯爵家の夕食は、贅を尽くしたと表現するのがピッタリだと思える豪華さだ。

 海が近いので海産物を使った料理が豊富で、素材が新鮮だからとても美味しい。


 魚介類だけでなく、少し内陸には牧畜をしている地域もあるらしく、肉料理も数多く並べられていた。

 前菜が三品、メインの料理が二品、それ以外にパンやスープ、デザートなど……どれも美味しいのだけれど正直体重が気になってしまう。


「全部食べない方が良かったかな?」


 涼子も私と同じことを考えているようだが、すでに食べ終えてしまっているのだから後の祭りだ。


「えっ、どうして? 全部食べちゃいけないマナーでもあるの?」

「いや、無いけどカロリーが……」

「あー……あたしはいくら食べても太らないから関係ないかな」

「こいつ……」


 確かに亜夢は私たちよりもよく食べているけど、体重や体型を気にしている姿を見たことがない。

 たぶん、涼子よりも無駄に元気だからだと思うが、私は別の理由で体重が増える予定だから、太り過ぎには注意しないといけない。


 いつもは食事の後、貴族の御婦人たちのダラダラとした歓談に付き合わないといけないのだが、明日が年越しパーティーの本番とあって今夜は早めに解散となった。

 営業スマイルを顔に張り付けて御婦人たちを見送った後、私たちも滞在している部屋へと戻った。


 港町に観光に出掛けた時に、霧風君に依頼されたという宝石商を装った女性が接触してきた件は、もう涼子と亜夢にも話してある。

 私たちの滞在している部屋は、オルネラス侯爵の屋敷とは別棟で、庭園の中の離れのような造りになっている。


 日中にハウスメイドさんが掃除やベッドメイクをしてくれているが、夜は私たちだけで気兼ねなく過ごせるようにしてくれている。

 霧風君の使いの人が訪ねてくるには、もってこいの状況だ。


「ねぇ、和美。その人って信用できるの?」

「分からない」

「えぇぇ、分からないのに招き入れちゃうの?」

「涼子が心配するも分かるけど、話を聞いてみないと判断できないよ」

「そっか……」

「それに、本当に霧風君の使いならば、いざという時に脱出する手助けをしてくれるんじゃない?」

「なるほど、そうだといいね」


 一応、涼子と亜夢は戦闘訓練も受けているが、本職の人には到底敵わないだろう。

 だが、私たちに危害を加えるつもりならば、ここに来るまでにも機会はいくらでもあったはずだし、予告無しに襲った方が楽なはずだ。


「いつ頃来るのかな?」

「分からない。今夜とは言ってたけど……」

「ねぇ、あたし眠くなってきちゃった」


 緊張気味の涼子に対して、亜夢は満腹になって睡魔に襲われているようだ。

 昼間もはしゃぎっぱなしだったから無理もないのだろう。


 暖炉には火が入っていて、部屋の中は暖かいから余計なのだろう。


「亜夢、寝るならベッドで寝なよ」

「うん……でも話も聞きたい……」


 いくら天然の亜夢でも、自分の今後を左右するかもしれない人物の話は聞いておきたいようだ。


「眠け覚ましにお茶を淹れるね」

「私の分は結構です。カップを使った痕跡があると侯爵家のメイドに怪しまれますから」


 お茶を淹れようと席を立った直後、窓の方から声を掛けられた。

 全員で一斉に振り返ると、いつの間にか昼間の女性が窓の側に立って微笑んでいた。


 足音どころか、窓が開いた気配すらなく、まるで忽然とその場に現れたかのようだ。

 女性は微笑んだまま両手を開いて、何も武器は持っていないとアピールしてみせた。


 自分達だけお茶を飲むのも気まずいので、そのまま三対一の格好でテーブルを挟んで向かい合った。


「まず、キリカゼ卿からの手紙をお渡しします」


 女性は断りを入れてから懐に左手を差し込み、一通の手紙を取り出した。

 宛名は、私の名前が漢字で書かれていた。


「どうぞ……」


 女性が差し出した封筒を受け取る手が震え、視界が涙でボヤけた。

 フルメリンタに向かう霧風君と分かれる時、自分一人で子供を育ててみせる……なんて強がってみせたけど、やっぱり心の底では彼の存在を求めていたのだと思い知らされた。


 手紙の中身も日本語で、フルメリンタでの現状が書かれていた。

 王都に屋敷を構えて、そこで蒼闇の呪いの痣を取り除く施術を行っているらしい。


 フルメリンタは、霧風君の技術と日本の知識を高く買っているそうで、待遇はユーレフェルトよりも遥かに良いそうだ。

 私たちがユーレフェルトから逃げて来るならば、いつでも受け入れられるとも書いてあった。


 愛している……とか甘い言葉が一切無いのはちょっとだけ不満だけれど、私を忘れた訳ではなく、何度も何度も手紙を出したが届かなかったのだと分かった。

 文面を二回読み直してから、手紙を涼子に渡した。


「えっ、読んでいいの?」

「うん、ラブレターじゃないからね」

「なんだ……それはちょっと期待ハズレね」

「ちょっとね」


 涼子に肩を竦めてみせた後、正面に座った女性へと向き直った。


「改めて自己紹介させていただきます。私が和美海野、彼女が涼子蓮沼、こちらが亜夢菊井です」

「ご丁寧にありがとうございます。私のことはネージャとお呼び下さい」

「それは、仮の名前ということですか?」

「私たちは、名前があって無いような存在ですので……」


 ニッコリと微笑んでみせたネージャさんは、緩いウェーブがかかった明るい茶髪で、目鼻立ちがハッキリした中東系の美人だが、この容姿も作られたもののように感じてしまう。

 明日になったら、まったく違う髪色や髪型で、街ですれ違っても気付かないのかもしれない。


「それで、私たちを訪ねて来られた理由は、この手紙を届けるためですか?」

「それも目的の一つですが、一番の目的は皆さんの考えを確かめることです」

「それは、 ユーレフェルトに残るのか、それともフルメリンタに向かうのか、ということですか?」

「その通りです。キリカゼ卿は皆さんをフルメリンタに迎え入れたいとお考えです」


 ネージャさんの話によれば、霧風君は政情不安が続いているユーレフェルトにいるよりも、フルメリンタで暮す方が良いと考えているそうだ。


「皆さんの技術についてもキリカゼ卿から話を伺っています。キリカゼ卿の施術に加えて、皆様をお迎えできればと国としても考えております」

「もし、今すぐフルメリンタに向かいます……と言ったら、連れていってもらえるのでしょうか?」

「申し訳ございませんが、今すぐは難しいです。皆様ご存じかと思いますが、現在ユーレフェルトの東部は治安が不安定な状態です。陸路で向かうにしろ、海路で向かうにしろ、準備が必要となります」

「そうですか……正直、私たちも行くべきか残るべきかも決めかねている状態なので、今すぐにフルメリンタに向かうことは出来ません」


 本音を言えば、私はフルメリンタに今すぐでも向かいたいのだが、涼子と亜夢の意志を確かめていない。

 たぶん、二人とも行きたいとは思うが、私が勝手に決めつける訳にはいかない。


「フルメリンタとしては、皆さんに来ていただきたいと思っておりますが。勿論、強制することは出来ません。皆さんで話し合って決めていただけますか」

「期限はいつ頃まででしょうか」

「そうですね……王都に戻るまでに方針だけでも決めていただけると有難いです。実は、 第一王子アルベリク様が殺害されて以後、王城への出入りが厳しく制限されていて、私たちが入り込む余地がありません。何か連絡を取り合う方法はありませんか?」

「でしたら、私たちは週に一度街に出てエステに使う品物の買い入れなどを行っています。その時ならば接触できるかと……」


 アルベリク様の暗殺が、そんな影響を及ぼしているとは思ってもみなかった。

 だが、私たち三人が城から出歩けるようになっているので、その機会を使えば連絡も逃走も可能だろう。


 私たちの休日の行動パターンを伝えると、ネージャさんは何度も頷いてみせた。


「皆様が城から出て来ていただけるのならば、その時に連絡を取り合いましょう。王都にも我々の協力者がいるので、仕入れのフリをして立ち寄っていただけるように、何か物件を用意しましょう」


 王都での連絡方法について、細かく打ち合わせをした。

 これで、霧風君とも連絡を取り合えるようになった。


「あの、ちょっといいですか?」


 私とネージャさんの話が一段落したところで、涼子がちょこっと手を挙げた。


「何でしょう?」

「霧風君以外に、フルメリンタに私たちの同級生はいませんか?」


 そうだった、霧風君から手紙が届いたことで舞い上がってしまい、クラスメイトの行方を訊ねるのを忘れていた。


「いらっしゃいますよ」

「本当ですか?」

「えっ、誰、誰?」


 涼子も亜夢も机に乗り出すようにして、ネージャさんに話の続きを促した。


「キョーイチ・シンカワ、タクマ・ミモリ、タエ・トミーの三名です」

「えっ……三人だけですか?」

「はい、御存命の方は三名です」

「御存命って……他のみんなは……」


 いきなり、背中に冷や水を浴びせられた気がした。

 最後に会った時、まだ女子も男子も十人以上いたはずだ。


「今お伝えした三名の他にも、フルメリンタへ降伏を申し出た者がおりましたが亡くなりました」

「亡くなったって……何で!」


 それまで黙って話を聞いていた亜夢が立ち上がって叫んだ。


「亜夢、落ち着いて。大きな声を出すと屋敷の人に気付かれる」

「でも、亡くなったって、死んだってことだよね! なんで降伏したのに死んじゃうのよ!」

「落ち着いて、今聞くから……ね?」


 取り乱す亜夢を落ち着かせて、ネージャさんに話の続きを聞かせてもらった。


「皆様のご学友は、戦争奴隷として扱われていました」

「なんで!」

「宣戦布告も無しに攻め込んで来て、何の非も無いフルメリンタ国民を殺害したからです」


 クラスメイトたちはユーレフェルトから命じられて、フルメリンタの兵士だけでなく国境の中州で暮していた農民を殺害したらしい。

 しかも、女性や子供、老人までも容赦なく殺害したそうだ。


「皆様の生まれ育った国には奴隷制度は無いと聞いていますが、フルメリンタでは刑罰として法律に定められています。戦争奴隷は、死罪に準ずるものだとお考え下さい」


 キッパリと言い切ったネージャさんの口調は、まるで判決を下す裁判官のようだった。

 ネージャさんの言う通り、日本で生まれ育った私たちには戦争奴隷は馴染みのない制度だ。


 奴隷として死んだと聞いた時には理不尽だと感じたが、法律によって定められた刑罰だと言われると印象が変わってくる。

 それでも、聞かされた内容があまりにもショッキングで、上手く思考がまとめられない。


 そんな私たちの様子を見て取ったのか、ネージャさんは日を改めて訪問すると言い残して、窓から夜の闇に溶け込むように出ていった。

 残された私たちは肩を寄せ合って、異世界で命を散らした級友の思い出を語りながら涙を流し続けた。

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