第123話 草笛亭

※今回は富井多恵目線の話です。


「お待たせ、こちら大盛りソーセージ三本。でもって、こっちが普通盛り二本乗せだよ」

「おっ、俺の方が一本少ないのか、それじゃ自前の……」

「貧相なものを出しやがったら切り落とすよ」

「ひぇ……」


 パスタに添えられたソーセージを風属性魔法の刃でスパっと切断してやると、ニヤニヤしていたオッサンは小さく悲鳴を上げて股間を両手で押さえた。

 ソーセージほど立派な代物をぶら下げてるとは思えないが、切り落とされた自分の一物を想像したのだろう。


 新たに仕事を始めた草笛亭は、以前働いていた店とは比べ物にならないほど忙しいけど、その分やりがいもある。

 安い、早い、美味い、それに店も綺麗ならば繁盛しない訳がない。


 昼飯時になると、倉庫街で働いている人達がドッと押し寄せてきて、店の前には行列まで出来る。

 ただ、行列が出来るといっても、調理が遅い訳ではない。


 出しているメニューはクリームパスタ一種類で、普通盛りか大盛りか、ソーセージを何本添えるかの違いだけなので、注文されれば一分と経たずに出来上がって来る。

 行列が出来るのは、その日のパスタを売り切れば、昼の営業を終えてしまうからだ。


 とはいっても、すぐ売り切れるほど少量しか作らない訳ではないので、余程出遅れない限りは売り切れの憂き目に遭うことはない。

 店を利用する人も、昼時には人が集中して込むのは良く分かっていて、パッと注文して、パッと支払って、ガガっと食べて次の人に席を譲っている。


 倉庫街で力仕事をする人達相手の店だから、普通盛りでも大盛りサイズだし、大盛りは特盛りサイズだ。

 深めの皿に山と盛られたパスタをゴツい兄ちゃん達が豪快に掻き込む姿は、見ていて気持ちが良い。


 自分で牛丼屋を開いた訳じゃないけれど、ちょっと夢が叶った気分だ。


「タエちゃん、ごっそさん!」

「はい、ありがとうございます!」

「こっち、まとめてお勘定」

「はい、百二十リンタになります」

「ここ置くよ!」

「はい、確かに、ありがとうございました」


 小銭はエプロンの左右のポケットに分けて入れて、パパっと計算してお釣りを返す。

 店主のブリメラさんが計算が早いと驚いていたけど、日本人ならば普通のレベルだ。


「タエ! 売り切ったから、表に看板出しておくれ!」

「はい、分かりました!」


 予定の分のパスタを売り切ったら、店の表に品切れの看板を出す。

 足早に店に向かって来ていた常連さんが、天を仰いで悲鳴を上げた。


「うぇぇぇ……売り切れかよ」

「ごめんなさーい! 丁度売り切れたところです」

「くっそー、場長の野郎がモサモサしてやがるからだよ。しゃーない、明日は早く来るからな」

「はい、お待ちしてます!」


 昼の営業時間はとにかく忙しいけれど、売り切ってしまえば終わりだから気が楽だ。

 後は残ったお客さんが食べ終えて、食器を下げれば昼の営業は終了だ。


「タエ、表を閉めておくれ」

「はい、もう閉めました!」

「それじゃあ、あたしらも昼にしようかね」

「はい」


 昼の賄いは基本的にパスタなのだが、店で出しているものとは味付けが違う。

 今日は、戻した干し貝柱と葱のパスタだ。


 味付けは塩味とスパイス、それに香り付けにゴマ油が少しだけ使われている。


「んーっ! あっさりだけど貝柱の味が濃厚、それに葱のシャキシャキが美味しいです」

「そうかい、そうかい、でもタエは何でも美味しそうに食べてくれるからねぇ」

「そんなことないですよ、ブリメラさんの腕が良いんですって」

「ありがとうよ、お世辞でも嬉しいよ」

「もう、お世辞じゃないです」


 店で出しているパスタも美味しいのだが、賄いで出て来るパスタは輪を掛けて美味しい。

 売り物は原価を考えて作らないといけないけれど、自分達が食べる分は原価よりも何を食べたいのかを優先しているそうだ。


 賄いの時間は、殆どブリメラさんとあたしの二人で話をしている。

 ブリメラさんの息子ドナトさんは無口な人で、だからといって仏頂面をしている訳じゃなく、いつもニコニコしながらあたしたちの話を聞いている。


 話を振られれば答えるけど、自分から積極的に話をするタイプではないようだ。

 ドナトさんの嫁ノエミさんはお喋りなタイプだそうで、丁度あたしが代わりに喋っている感じらしい。


「いやぁ、ホントにタエみたいな働き者が来てくれて助かってるよ」

「そうですか、普通だと思いますけど」

「とんでもない、ノエミが嫁に来る前にも何人か雇ったことがあったけど、タエみたいな働き者はいなかったよ。気が利くし、計算は早いし、客あしらいも上手い、言うこと無しだよ」

「そう言ってもらえると嬉しいです」

「いい子が来てくれなかったら、ノエミに早く戻ってもらおうかと思ったけど、一安心だよ。暫くの間はいてくれるんだろう?」

「はい、まだファルジーニに来たばかりですし、将来はブリメラさんみたいに自分の店を持ちたいと思ってますけど、それはまだまだ先の話です」

「うんうん、しっかりと将来の目標を持ってるとは大したもんだよ」

「いえ、まだフワフワして具体的には固まっていないですけどね」


 実際、お店を手に入れるには資金がどれだけ必要かとか、本当に牛丼屋が開けるのか具体的な検証はしていない。

 目標ではなく夢と言った方が正しいのだろう。


「年内の営業はあと三日だけど、タエは実家に帰るのかい?」

「いえ、実家はちょっと戻れないんで、居候している友達の家で過ごすつもりです」

「そうかい、休み中に何かあったら、あたしらは上にいるから遠慮せずに訪ねて来なよ」

「はい、たぶん何も無いと思いますが、いざという時はお願いします」


 ブリメラさんには、異世界日本から召喚されてきたことは話していない。

 ユーレフェルトに召喚された話をすれば、戦争やその後の話もしなければならなくなりそうだ。


 曖昧に、地方から出て来て、実家には事情があって戻れない……みたいな感じにしておくつもりだ。

 実際、実家には戻りたくても戻れない。


 霧風がフルメリンタの貴族に召喚術について訊ねているそうだが、戻る方法どころか召喚術そのものの情報すら掴めていないそうだ。

 日本に帰れない現実について深く考えてしまうと涙が零れてしまいそうだから、休みの間に霧風夫妻に見せつけられずに済む方法を考えて気を紛らわす。


 賄いの後は休憩を挟んで夜の営業まで働いているので、霧風たちと顔を合わせるのは殆ど朝だけだ。

 それでも、仲睦まじい様子には当てられっぱなしなのだ。


「タエも良い人を見つけたらどうだい?」

「んー……今は働いている方が楽しいんで、恋愛とか結婚には興味ないです」

「まぁ、夢中になってる時はそんなものかもしれないね」


 この店は、元々ブリメラと旦那さんの二人で始めたそうだが、旦那さんは五年ほど前に病で亡くなられたそうだ。

 幸い、息子のドナトさんは成人していたし、娘さんも嫁に行った後だったから店を続ける上での問題は少なかったらしい。


「まぁ、でも気心知れたパートナーがいれば、仕事をする上でも心強いよ。居候している友達ってのはどうなんだい?」

「もう結婚してるんで、あたしはお呼びじゃないですよ」

「タエと同い年なのかい?」

「えぇ、そうですよ」

「ほぉ、その年で結婚して家を構えているとは、随分とシッカリした子だね」

「いやぁ、友達がシッカリしていると言うよりも、嫁さんがシッカリしてるんですよ」

「そうなのかい? でも、嫁さんにシッカリ使われて実績を残しているなら、それはそれで大したものだよ」

「なるほど、確かにそうですね」


 まぁ、霧風については大した奴だとは思っているが、日頃のアラセリさんにデレデレの姿を見ていると評価が下がりがちだ。

 それでも、期待はずれとか欠陥品と言われた追い出されたところから、隣国で名誉貴族として取り立てられるまでになったのだから、やっぱり霧風は大したものだ。


「さぁて、そろそろ仕込みを始めようかね」

「あたしは、ざっと掃除しちゃいますね」

「あぁ、頼むね」


 しっかりとした掃除は明日の営業前に行うが、昼の営業での食べこぼしなどを簡単に片付ける。

 それが終わったら、夜の営業の仕込みを手伝う。


 草笛亭は、昼はパスタ屋、夜は串焼き屋の営業をしている。

 串焼きも基本的に一種類、焼き鳥のネギマの肉を変えて、バーベキューサイズにしたものと、後は安くてそこそこ美味い強い酒だけだ。


 こちらも串焼きを売りきったら閉店で、安く、美味く、早く酔えるから、仕事終わりに軽く一杯引っ掛けて帰る人達から人気になっている。

 草笛亭で二、三杯飲んでから、ジックリ飲める店に移動する人もいるそうだ。


 仕込みをしている時、ブリメラさんは惜しげも無くレシピを教えてくれる。

 スパイスのレシピまで教えちゃって良いんですかと訊ねたら、タエなら全部教えたって少しも惜しくはないと言われて、ちょっと泣いてしまった。


 肉の捌き方から、スパイスの調合、薪や炭を使った調理の火加減などのコツ、毎日毎日本当に勉強になる。

 日本にいた頃は、惰性で学校に通っていた感じだったけど、今は毎日仕事に行くのが楽しくて仕方がない。


 草笛亭の串焼きは、焼く前にスープを使って下茹でをする。

 これで味が抜けることなく、中まで一度に火を通すのだ。


 下茹でしたものにスパイスを振って炭火で表面を焦がすと、香ばしい串焼きが素早く焼き上がるという訳だ。

 安く、早くを実現するために、ブリメラさんと今は亡き旦那さんが考え出した方法らしい。


 あたしも自分の店を出す時には、色んな工夫を凝らして、安くて早くて美味しい料理を出したい。

 そのためにも、ブリメラさんから教われるものは全て吸収して糧とするつもりだ。


「タエ、そろそろ開けようか」

「はい、夜の営業も頑張っていきましょう!」


 店を開けると、待ちわびていた常連さんがドッと入って来た。

 今夜も忙しくなりそうだ。

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