第122話 パーティー
フルメリンタの王都ファルジーニは年の瀬を迎えている。
年末年始の過ごし方は、身分や収入によっても違ってくるそうだ。
王族や貴族達は、年またぎの一ヶ月は殆どパーティーに明け暮れるそうだ。
新年を王都で迎えるか、それとも自分の領地で迎えるか、特別に決まりは無いそうで、騒がしいのが苦手な貴族は領地に戻るらしい。
俺はフルメリンタから名誉侯爵という身分を与えられているが、領地は持っていないから帰りようもない。
騒がしいのも苦手なので、出来れば家に籠っていたいのだが、今後のフルメリンタでの生活を考えるならばそうも言ってはいられないだろう。
フルメリンタでは新参者の俺だが、幾つもの家からパーティーの誘いを受けている。
その殆どは、蒼闇の呪いの痣を消す施術を行った患者の家だ。
これまでに七人の痣を取り除いたが、全員が未婚の女性で、中には顔の右半分の殆どが痣で埋め尽くされていた人もいた。
フルメリンタでも蒼闇の呪いの痣で人を差別する行為は禁じられているが、やはり婚礼となると少なからぬ影響があるそうだ。
貴族にとって、縁談は家と家を繋ぐ行為であり、国の役職を得るためには疎かにできない。
簡単に言うなら、羽振りの良い家に娘を嫁入りさせ、自分たちも甘い汁を吸いたいのだろう。
年末年始のパーティーは、そうした者達にとっては婚活の場でもあるそうだ。
正直、俺には関係の無い場所にも思えるのだが、今後の生活を考えるならば、貴族と縁を結んでおく必要がある。
といっても、誰が誰だか顔も名前も分からない状態だし、どんな人物かも分からずに縁を結ぶのも危険だろう。
あくまでも国外から来た無害な田舎者……程度に思わせておくのが良いのだろうが、それも難しいかもしれない。
「こんな感じでいいのかな?」
「旦那様も奥様も良くお似合いですよ」
「ありがとう、ハラさん」
パーティーに参加すると決めたのだが、何を用意すれば良いのか分からず、殆どをハラさんに頼ってしまった。
俺とアラセリの衣装、相手の屋敷までの馬車、持参する品物、そしてパーティーでのマナーまで、準備してもらい教えてもらった。
普通の貴族の家では、領地との行き来にも使うので自前の馬車を持っているそうだが、当然俺は持っていない。
馬車、馬、御者を雇っているなんて、金銭的にも大変そうだ。
フルメリンタからは、名誉侯爵としての家禄が下賜されているので、たぶん金銭的には問題無いのだろうが、普段の生活では必要性を感じていない。
今後、必要になったら準備をすれば良いだろう。
今夜のパーティーの主催者は、フルメリンタ東方に領地を持つモラティノース子爵家だ。
娘のビビアナは左の目の下から首筋まで色濃く痣が残っていたが、施術を終えて綺麗に消えている。
来年十三歳になるビビアナにとって縁談を本格化させる年齢で、大きな懸念となっていた痣が消えたので、施術初日から大泣きされた。
全ての施術が終わった時にはメチャクチャ感謝されて、本来の三倍もの報酬を贈られた。
後で聞いた話では、モラティノース子爵家は農法の改革に熱心な土地柄で、毎年毎年収穫量を増やしているそうだ。
領主のハシント・モラティノース子爵は向上心の強い人物だそうで、領地の拡大や農業分野の大臣の地位も狙っているという話だ。
ただし、どんな手段を使っても成り上がろうといタイプではなく、正攻法で評価されたいと思っているらしい。
そうした点も考慮して、縁を結んでいおいても問題は無さそうだと判断し、パーティーの招待を受ける事にした。
貴族の地位としては、侯爵である俺の方が上になるらしいのだが、あくまでも名誉侯爵だから調子に乗るのは禁物だ。
「まぁ、俺の場合はパーティーの余興みたいなものだろうから、せいぜい向こうの望むような振る舞いをするだけだな」
「ユート、そうとは限りませんよ。ビビアナ様や侍女のユートへの態度を見れば、どれほど感謝していたか分かります。当然、ハシント様も同じだと考えるべきです」
子爵の屋敷に向かう馬車の中で今夜の自分の役割を話したのだが、アラセリに嗜められてしまった。
「そうか、では感謝を受け取りつつ、こちらも感謝を返す感じかな?」
「はい、そうあるべきです」
モラティノース子爵の屋敷は、俺の家の数倍の広さがありそうな大きな屋敷だった。
馬車が玄関の車寄せに停まると、子爵一家が総出で俺を出迎えてくれた。
「これはこれは、ようこそいらっしゃいましたキリカゼ卿。私が主のハシントです」
「お初にお目に掛かります、ユート・キリカゼです。本日はお招きにあずかりまして、ありがとうございます」
姿勢を改めて右手を胸に当て、ハラさんから習ったフルメリンタ式の挨拶をすると子爵は少し驚いた表情を見せたが、直後に満面の笑みを浮かべて見せた。
屋敷の中に招き入れられた後、互いの家族を紹介しあってから席に着いた。
フルメリンタのパーティーは、まず席に着いて食事をした後、別室に場所を移して歓談を楽しむスタイルだそうだ。
俺以外にも五つの家が招待されているそうだが、どこも子爵家と男爵家で家格的には俺が一番上らしい。
「いやいや、私なんて世間知らずの若輩者ですから、皆さんに色々と教えていただきたいと思っております」
「とんでもない。キリカゼ卿がフルメリンタにいらして下さらなかったら、ビビアナのこんなに晴れやかな笑顔は見られなかったでしょう。いくら感謝してもしきれませんよ」
俺とアラセリの席は、モラティノース子爵と同じテーブルで、食事の間は痣を取り除く施術について色々と質問をされた。
食事の時間が終わって別室へと移動すると、それまで別のテーブルに座っていた人達に取り囲まれてしまった。
ビビアナと同様に施術を終えた娘を持つ男爵や、これから施術を希望しいる子爵などは、俺の話に熱心に耳を傾けていた。
「フルメリンタに来てから、落ち着いて施術が出来ています。おかげ様で少しずつではありますが施術の速度も上がっています」
「おぉ、ではうちの娘が施術を受けられるのも遠い日ではありませんな」
「お待たせいたして申し訳ありません。ただ、どうしても顔の目立つ部分の施術ですので失敗は許されません。慎重に進めなければならないので、今少しお待ちいただくことをお許し下さい」
「いえいえ、キリカゼ卿以外には出来ない施術です。焦らずに待たせていただきますよ」
歓談は、痣を取り除く施術からワイバーンの討伐へと移りながら続けられた。
俺の話相手は、家長である子爵や男爵本人で、アラセリは夫人たちと、ビビアナたちは同年代の子供達と集まって話に花を咲かせていた。
ていうか、俺もおっさんの相手じゃなくて、同年代と話がしたいんだけど……まぁ、今年は諦めよう。
パーティーに集まった家は、モラティノース子爵が招待するだけあって穏やかで礼儀正しい人物ばかりだった。
ユーレフェルトの貴族が横暴すぎるのか、フルメリンタの貴族ではこれが当り前なのか分からないが、随分と差を感じる。
それと、今夜集まっている家の多くはフルメリンタの東方に位置していて、隣国カルマダーレの大貴族、オーグレーン公爵家の令嬢の施術についても訊ねられた。
「アレクティーナ様は、施術に満足して帰国なさいましたし、既にカルマダーレからの依頼も何件か受けております。私の施術を切っ掛けにして両国の交流が進み、より良い友好関係が築かれればと思っております」
「素晴らしい、実に素晴らしい。西方のユーレフェルトが不穏な状況が続いている今、東方のカルマダーレと事を構える訳にはいきませぬからな」
「ユーレフェルトには私の友人が残っておりますので、出来れは早期に混乱が収まって、フルメリンタとの関係も修復されればと思っています」
「いや、全くおっしゃる通りで、無益な戦いなんかしない方が良いに決まっています」
この日集まった貴族は、どちらかと言えば厭戦派のようだ。
フルメリンタ東方に領地を持っているから、直接ユーレフェルトの脅威にも晒されていないから、西方に領地を持つ貴族とは感覚が異なっているのだろう。
フルメリンタへ移譲され、王都ファルジーニに来るまでに歓待を受けた西方の貴族の中には、ユーレフェルトに対しての敵意を隠そうとしない者もいた。
自分達の領地を侵略するかもしれない相手に対して、危機感や嫌悪感を抱くのは当然だろう。
逆に東方に領地を持つ今夜の参加者がカルマダーレに対して敵意を見せないのは、これまでも友好的な関係が続いてきたからなのだろう。
フルメリンタが隣国に対してどのように動くのか、その時に貴族たちはどういった反応をするのか、パーティーを通して少しは予想できるかもしれない。
そして、可能であれば戦争を起こさずに済むように、何らかの働きかけをしていきたいと感じた。
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