第121話 王都の仕事
※今回は富井多恵目線の話です。
霧風の家に居候を始めてから十日程が経った。
最初は霧風に嫁がいるのに驚いて、次に嫁との仲が良いのにほっこりして、今は呆れている。
なんつーか、イチャイチャしすぎだ。
まぁ、言ってみれば新婚カップルだからイチャつくのは当然なんだろうが、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
冗談めかして、イチャつきすぎだと霧風本人に釘を刺してみたのだが、いやぁ……それほど……などとニマニマしやがって、全く効果無しだ。
家の管理全般をしているハラさんに愚痴ってみると、無言で二度三度と頷かれた後でポンポンと肩を叩かれてしまった。
つまり、諦めて慣れろってことなんだろう。
まぁ、屋敷の主夫婦が喧嘩ばかりしているよりは遥かに良いのだろうが、はぁ……新婚家庭ってのは、かくも甘ったるいものだとは思っていなかった。
屋敷を管理しているハラさんだが、最初はあたしを敵視しているように見えたけど、激甘カップルに辟易として話す機会が増えてからは、親身に相談に乗ってくれている。
仕事着を買うならば、どこそこの店が良いとか、美味しいパン屋や市場の情報、王都での習慣なども教えてくれる。
「ハラさん、あたしギルドに行ってくるね」
「食堂の仕事はどうしたんだい?」
「うーん……あんまり良くなかったんだよねぇ。店も汚いし、店主の態度も良くないし、長く働きたいとは思えなかったんだ」
「あぁ、そりゃあ別の所を探した方がいいね」
「うん、年末だし、どこも人手を探してるみたいだから、今のうちに良い店を探すよ」
「あぁ、そうした方がいい。気を付けて行っておいで」
「はい、行ってきます」
ハラさんに見送られながら霧風の屋敷を出て繁華街の方へと足を向ける。
霧風の屋敷があるのは貴族街の一角で、ギルドがあるのは繁華街の中心部だ。
ギルドと聞くと、荒くれ者の冒険者がいて、割の良い依頼や受付嬢を巡って喧嘩沙汰が絶えない……みたいなイメージがあるけど、王都の場合は少し違っている。
王都の周囲は、王国騎士団などの活動によって危険な魔物は排除されているそうで、討伐を生業としている冒険者の数は少ない。
その一方で商業活動は活発だから、一般的な仕事の求人が多いのだ。
言うなれば、フルメリンタ版のハローワークみたいな感じだ。
なので、朝一番の仕事の奪い合いみたいなものも、あまり無いそうだ。
ただ、今は年末の繁忙期なので働き手を求める店が多く、それに伴って新しい職場を見つけたいと思う人も多いようで、ギルドの内部は賑わっていた。
「さてさて、良い仕事はあるかな……?」
ギルドの求職案内は、業種ごとに分けられて壁に張り出されている。
あたしが探している飲食関係の他には、建築土木、運搬などの力仕事、事務仕事、護衛業務などの荒事、清掃などの軽作業など多岐に渡っている。
飲食関連の掲示板には、新しい求人が次々に張り出されているようで、今の時期なら選び放題に思える。
ただし、全ての求人が好条件とは限らないし、実際に昨日まで通っていた食堂は噴飯ものだった。
掲示板に張り出されている求人票には、店の名前、場所、仕事の内容、給料などの待遇について書かれている。
こちらの世界には時給という概念は無いらしく、給料は日給または週給単位が殆どだ。
「うーん……どれにしようかねぇ。この前の店の近くは嫌だなぁ……」
ハラさんに話した通り、昨日まで通っていた店はハズレだった。
店主からは胸や尻を撫でるセクハラをされるし、店は汚いし、賄いの味も微妙だった。
どうせ働くならば、将来自分の店を持つ時の参考になるような店にしたい。
「と言っても、求人を出すような店はどこも問題を抱えてそうだけどねぇ……」
幾つも張り出されている求人の中から、倉庫街の近くにある店の求人票を選んだ。
頭に浮かんだのは、王都に来た日にダウードに連れていってもらった串焼き屋だ。
あの店も高級レストランのような清潔さは無かったけれど、昨日まで通っていた食堂のような不潔さも無かった。
倉庫街で荷運びをする力自慢の男たちが、串焼きにかぶりつきながらエールを煽る姿は見ていて気分が良かった。
あたしが牛丼屋を始めたいと思ったのも、同年代の男子とかが丼を抱えて掻き込む姿を見るのが好きだからだ。
「よし、ここにしてみよう」
選んだ求人は食堂での配膳係、経験によっては料理も担当してもらうかもしれないと書かれている。
求めるのは男女問わずで、他の求人に比べると給料も少し良い。
求人票を剥がして、受付に持って行く。
「この仕事を受けたいんだけど……」
「はい、ギルドのカードと職歴票をお願いします」
「はいよ」
ギルドのカードは身分証、職歴票は履歴書と銀行の通帳を一緒にしたようなものだ。
これまでの職歴と、ギルドに預けているお金の金額が書かれている。
カードと魔道具を使って本人確認をして、職歴票と照合するそうだ。
「タエさん、先日までの食堂の仕事はお辞めになるんですか?」
「うん、あそこはねぇ……まぁ、辞めたところの悪口を言うのは止めておくよ」
「いえ、ギルドとしても斡旋した仕事の内容は把握しておかないといけませんので、どんな不満があったのか率直におっしゃって下さい」
「そうなの? じゃあ……」
店や主の印象を話すと、受付嬢は顔を顰めてみせた。
「まぁ、触られても減るもんじゃないんだけど、なんて言うか、触り方がねちっこい。てか、求人は女性限定だったから、最初からそっちが狙いなんじゃないの?」
「まぁ、その可能性は無きにしも非ずですね。でも、タエさんが魅力的だったんですよ」
「なぁに? あたしにお世辞いっても何も出ないわよ」
「いえいえ、お世辞なんかじゃなくて本心ですよ。というか、タエさんは護衛の仕事とかなさらないんですか?」
「えっ、なんで?」
「だって……山賊の一味を一人で壊滅させてますよね?」
「あぁ、あれね。あれは、あいつらが間抜けだったからで、襲い掛かってくる状況じゃあ無理よ」
山賊一味を皆殺しにした状況を簡単に説明すると、受付嬢はポカーンと口を開いて言葉を失っていた。
「タ、タエさん、街中での殺し合いは駄目ですよ」
「やだなぁ、やる訳ないでしょ。ちゃんと殺さない魔法も練習したから大丈夫よ」
「えぇぇ……そういう話じゃないですけど」
ユーレフェルトで教え込まれた風属性魔法を活用するなら、護衛とか討伐の仕事をした方が良いのだろうが、自分から血生臭い仕事をする気は無い。
ただし、相手から突っ掛かって来るなら話は別だ。
あたし自身は、もうどうなったって構わないけれど、霧風夫婦とかに害が及ぶならば容赦をする気は無い。
別に惚れている訳じゃないけれど、自分が戦争に参加させられて奴隷落ちし、そこから這い上がる切っ掛けを作ってくれ恩義は感じている。
それに、そもそも同じ日本の高校のクラスメイトとして、理不尽に召喚された仲間としての繋がりも感じている。
ユーレフェルトとの縁は切ったし、あたしを奴隷として酷使していた連中とも縁を繋いでおく気は無い。
そうなると、こちらの世界で自分と繋がっている人間は限られてしまう。
これから、こちらの世界で暮していけば新しい縁が結ばれていくのだろうが、今ある縁は大事にしていきたいと思うようになった。
勿論、昨日まで働いていた店とは縁切りだけどね。
「では、タエさん、こちらの受注を受付ました。これから向かわれますか?」
「うん、とりあえず挨拶して、可能ならば今日から働いちゃうかも」
「分かりました、今日から作業に入ったならば、報告をお願いします」
「了解、了解、じゃあね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
ギルドを出て仕事を受けた店に向かう。
年の瀬が近いとあって街を行き交う人も増えているような気がする。
ハロウィンの渋谷とか、年末のアメ横ほどではないが、それでも雑踏と呼ぶのが相応しいぐらいの人はいる。
大通りの交差点には、制服姿の兵士が立って交通整理を行っていた。
馬車の間をぬって道を渡り、倉庫街へと向かうと、こちらも表通りほどではないものの多くの人が忙しそうに歩いている。
一応、ギルドで店の場所は確かめて来たのだが、周りは倉庫ばかりなので目印になるものが無い。
こういう時には地元の人に聞いた方が早い。
荷物の積み込みを終えたのか、一服始めたおっちゃんに声を掛けた。
「ねぇ、草笛亭って食堂知らない?」
「草笛亭は、その通りを渡った先の右側の店だ」
「ありがとう!」
訊ねた相手が良かったのかもしれないが、一発で知っている人に当たるならば、そこそこ評判は良いのだろう。
草笛亭では、昼の営業に向けた仕込み作業が始まっているらしく、良い匂いが漂っていた。
「こんにちは! ギルドで求人募集を見て来ました」
「あぁ、良く来てくれたね、冷えるから入って閉めておくれ」
店の中では大きなテーブルを作業台にして、三十代前半ぐらいの大柄の男性が真剣な表情で小麦粉を捏ねていて、女性の声は奥の厨房から聞こえてきた。
二十人ほどが座ると一杯になりそうな店で、テーブルや椅子、床、窓枠を見ると掃除は行き届いているようだ。
暫くして現れたのは、あたしよりも少し背は低いけど、横幅は倍くらいありそうな五十代ぐらいの女性だった。
「あたしが店の主のブリメラだよ。こっちは息子のドナト。でもって、ノエミが一緒に店をやってたんだけど、こないだ双子を出産してさ。さすがに子供二人を育てながら店をやるのは大変だから、人を雇うことにしたんだよ」
「初めまして、タエといいます。よろしくお願いします」
「うん、うん、若いけどシッカリしてそうだね。食堂で働いた経験は?」
「昨日まで別の食堂で働いてたんですけど、ちょっと色々ありまして……」
そう切り出すとブリメラさんの表情が曇った。
「店の者と喧嘩でもしたのかい?」
「いえ、あんまり辞めた店を悪く言いたくないんですが……」
サクッと辞めた理由を話すと、さもありなんとブリメラさんは頷いてみせた。
「あぁ、そんな店は辞めて正解だよ。うちは昼は麺料理、夜は飲み屋って感じだけど……どうだい、今日からは入れるかい?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ、仕事の内容を説明するよ」
ブリメラさんが説明してくれた仕事の内容は、開店前の掃除と営業中の配膳だった。
基本的に昼のメニューはパスタ一種類で、違いは盛る量とソーセージを何本付けるかだけだそうだ。
「うちは、忙しい人足相手の早さ勝負だからね。パッと食わせて、さっさと追い出す。昼の時間は何人捌けるかで売り上げが変わってくるから、そのつもりでやっておくれ」
「分かりました」
「慣れて来たら仕込みも手伝ってもらうけど、とりあえずは接客に専念しておくれ」
「はい、了解です」
うん、なんとなくだけど、牛丼屋っぽい雰囲気の店のようだ。
これは色々と勉強させてもらえそうだ。
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