第120話 絡み酒

※今回は新川恭一目線の話です。


 俺達が移動した後も銃の開発自体は続けられているようで、時々試射の音が聞こえてくる。

 ずっと気を付けて聞いている訳ではないが、暴発したような音は聞こえてこないから、それなりに順調に推移しているのだろう。


 銃撃部隊では、より実戦に近い形で単発式の長銃の運用について検討が重ねられている。

 例えば、銃弾の携行用に革製の弾帯を作らせたり、二段撃ち、三段撃ちなどの集団での戦術の検討などだ。


 これらの他にも、火薬を用いた爆発物の製造と運用方法の検討も行われている。

 実際に戦争が始まるとしても、年が明けて春になってからという話だから、まだまだ先という感じもするが、銃撃部隊の隊長バジーナは油断なく準備を進めている。


 戦争は事前の準備で勝敗が決まる……というのがバジーナの口癖だ。

 確かに、振り返ってみればユーレフェルト王国によるフルメリンタへの侵略戦争は、準備不足の上にイレギュラーな事態が重なって失敗している。


 仮にワイバーンが飛来していなかったとしても、中洲の領地を守り抜けなかったような気がしている。

 一方のフルメリンタも、突然の侵略に対して反撃は行えたが、折角手にしたエーベルヴァイン領については放棄する形になっている。


 侵略されたから反撃しただけで、まさかエーベルヴァイン領に深く進攻できるとは考えていなかったようだ。

 そして、次に戦争が起こった時には、フルメリンタは万全の態勢で臨むつもりのようだ。


 全面的に確保した国境際の中洲の領地には、前線基地の機能をもたせるべく、多くの建物や塀が築かれているらしい。

 その中洲の建物には、食糧や武器などが既に運び込まれ、兵士の駐屯も始まっているそうだ。


 一日の作業を終えた後、食堂で夕食を済ませたら、酒瓶とドライソーセージを持って三森と一緒に部屋に戻った。

 酒は、米から作った濁り酒で、甘口だが度数は強い。


 この訓練所に移動してきてから、一緒にトレーニングした兵士達に勧められて酒を覚えた。

 といっても、飲むのは非番の前の晩だけと決めている。


「今週もお疲れ」

「お疲れ」


 湯飲み茶碗ぐらい器に酒を注ぎ、三森と乾杯した。

 ゆっくりと味わいながら、四分の一ほどを飲み下した。


 ふわっと麹の香りが鼻に抜け、サラリとした甘みを口に残して食道を下った後、かーっと胃袋が熱くなってくる。


「ふぅ……旨いな」

「日本の酒よりも旨いんじゃないか?」

「どうだろう、普通の日本酒と甘酒をブレンドしたみたいな感じじゃないの?」

「あぁ、確かにそんな感じなのかも……」


 日本にいた頃は、正月にお猪口一杯飲むぐらいだったので酒の味など分からないが、三森の例えは的を射ていそうだ。


「なぁ、新川、戦争の後どうするか決めたか?」

「いや、まだだけど、魔法を活かせる仕事がしてみたいな」


 土属性の魔法は、穴掘りと壁作りぐらいにしか役に立たないと思っていたが、物作りの現場では威力を発揮している。

 鉱石からの鉱物の精製、形状変化、硬化や軟化などの状態変化。


 銃身や発射機構、銃弾など、金属加工には土属性の魔法が使われていて、精度はかなり高い。

 陶器の製造現場でも、土属性の魔法は重宝されているらしい。


 そうした仕事に就くには修業が必要だろうが、何かを作る仕事をやりたい。

 日本に帰れる当てが無いなら、生涯を懸けられる仕事に巡りあいたい。


「鍛冶師とか、陶芸家とか?」

「まだ具体的には決めてないけど、そんな感じだな」


 もう一口酒を飲んだ後、ドライソーセージを齧る。

 サラミに似ているけど、胡椒ではなく山椒と唐辛子で結構辛い。


 辛いけれども旨みも濃くて、これは酒が進みそうだ。


「ヤバいな、酒飲みになりそうだ」

「あー言えてる……」


 三森もドライソーセージを味わった後で酒を飲む。

 もう顔が真っ赤になっていて、目がトロンとしてきている。


「三森、ペースが速いんじゃないか?」

「ん? そうだな……」

「三森はどうするか決めたのか?」

「んー……俺はカッコイイ男になる」

「はぁぁ?」

「女からも、男からも惚れられるような男になる!」


 既に三森の呂律が怪しくなっている気がする。


「どうやってカッコイイ男になるんだ?」

「知らん!」

「おいおい……」

「知ってるなら教えてくれ! どうやったら俺はカッコイイ男になれるんだよ……」


 たぶん、三森はまだ富井への気持ちを引き摺っているのだろう。

 分かっているけど面倒な事になりそうだから、富井の名前を口に出す気は無い。


「てか、フルメリンタの思惑通りに戦争が終わると思うか?」

「またワイバーンが飛んで来るとかしなければ大丈夫じゃね?」


 銃撃部隊で戦術などの検討もしているので、フルメリンタの目標も見えている。

 コルド川の東側、ユーレフェルトの国土の三分の二を切り取るつもりだ。


 前回、エーベルヴァイン領すら確保出来なかったフルメリンタが、より大きな地域を奪うことなんて普通なら考えられないが、作戦を聞いていると出来そうな気がする。

 現状も、表向きにはユーレフェルト国内での暴動、反乱がフルメリンタに及ばないようにする備えとなっているが、実際には侵略のための下準備が進められているらしい。


 そもそも、ユーレフェルト国内での暴動や反乱の一部は、フルメリンタが裏で糸を引いて起こしているようだ。

 内乱騒ぎで疲弊させ、その上でコルド川に架かる橋を全て破壊して補給を絶ち、一気に制圧する気らしい。


「でも、コルド川に架かる橋を全部落とせるものなのか?」

「そのための火薬であり、爆弾だろう……そんなことより、どうやったら俺がカッコイイ男になれるか考えてくれよ」

「カッコイイ男は人に聞いたりしないだろう」

「んじゃ、なにか? 俺はカッコイイ男にはなれないってか?」

「いや、そうは言ってねぇけど……」

「じゃあ、どうりゃいいんだよ」


 うわっ面倒くせぇ……絡み酒かよ。


「とりあえず……筋トレかな」

「筋トレかぁ……他には?」

「他? 武術を極めるとか」

「武術かぁ……他は?」

「知らねぇよ。とりあえず、何かを極めてみれば分かるんじゃね?」

「極める……極めるか。何を極めればいいんだろうなぁ」


 ドライソーセージを肴に酒を飲み、見る見るうちに三森はグデグデになっていく。

 本人は大真面目なんだろうが、果たして明日の朝まで覚えているかどうか……。


「なぁ、新川……」

「なんだ?」

「フルメリンタにはホストクラブとか無いのかな?」

「はぁ? ホストクラブだぁ?」

「いや、ホストクラブとかで働けば、女にもてる方法とか教えてくれそうじゃね? 知らんけど……」

「かもしれないけど、ホストクラブは無いんじゃねぇの」

「無いかぁ……無いのか、ホストクラブ」

「てか、ホストになったら万人から好かれる訳でもねぇだろう」

「そうか……富井はどっちだと思う?」


 ちっ、こいつ自分から富井の名前を口にしやがった。


「知らねぇよ。俺は富井じゃねぇから分からねぇよ」

「だよなぁ……あー戦争なんか行かないで、俺も王都に行っちゃおうかな」

「行ってどうすんだ?」

「そりゃあ……どうしよう」

「はぁ……ノープランかよ。カッコイイ男を目指すのは良いとして、せめて何をやって食っていくとか考えた方が良くないか?」

「だよなぁ……何すりゃいいんだよ……」


 三森はグネグネしながら頭を抱えた。

 日本では高校生だった俺達は、まだ進路に悩む時期ではなかった。


 突然連れて来られた異世界で、勝手も常識も分からないままに自分の将来なんて決められるはずがない。


「とりあえず、さっさと戦争を終わらせて、王都に行ってみるしかねぇだろう」

「だよなぁ……てか富井は無事に王都に着いたのかな? 霧風には会えたのかな」

「さぁな、日本だったメールや通話アプリで聞けるけど、こっちは情報の伝達方法が無いからな。そう考えると、富井と再会できたのは奇跡みたいな確率だな」

「そうだよ! これって運命じゃね?」


 うわぁ、余計なこと言っちまった。


「やっぱさ、俺と富井は結ばれる運命なんじゃね?」

「いや、あっさり振られたじゃん」

「おまっ、それ言っちゃアカンやつやろ」

「まだ諦めてねぇのかよ」

「簡単に諦められっかよ……もう二度と会えないと思ってたのに、生きて再会できたんだぞ」

「まぁ、そうだな……速攻で振られたけどな」

「新川ぁ! お前、そういうとこだぞ!」


 何がそういうとこなんだか……まぁ言いたいことは何となく分かる。


「てかさ、富井のどこに惚れたんだ?」

「知らん……」

「はぁ?」

「誰かを好きになるの理由なんて要らねぇんだよ。理屈じゃねぇんだよ、理屈じゃ」

「そんなもんかねぇ……」

「そんなもんなの! てか、霧風の野郎、富井に手ぇ出したりしねぇだろうな」

「しねぇだろう」

「いやいや、俺は命の恩人なんだから、礼は体で払ってもらおうか……とか」

「でも、霧風はもう嫁がいるんだろう? ヤーセルさんが話してたじゃんか」


 ヤーセルさんの話では、見てる方が恥ずかしくなるぐらい仲睦まじいらしい。


「あっ、そうか……じゃあ大丈夫か。でも、あの行商人みたいな男が……」

「そんなことをウダウダ考えてる暇があるなら、いい男になる方法を考えた方がいいんじゃねぇの?」

「だよな、だよなぁ……でも、どうすりゃいいの? 誰か教えてくれぇ……」


 三森は茶碗に残っていた酒を煽ると、机に突っ伏した。


「おい、寝るならベッドで寝ろよ」

「うん……分かってる、俺はカッコイイ男になる……」

「おい、三森」

「うん……うん……」


 駄目だこりゃ……。

 富井が惚れるような男になるには、相当男を磨かないと駄目だろうな。


 三森を担いでベッドに移動させ、残ったドライソーセージを齧りながらチビチビと酒を飲む。

 さて、俺はこの先どうしたもんかねぇ……。

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