第115話 実像

※今回も富井多恵目線の話です。


 王都ファルジーニでの霧風の評判を聞いて、会いに行くべきか行かないべきか少し迷ってしまった。

 ダウードが紹介してくれた宿で一晩じっくり考えて、とりあえず少し見栄えの良い服を買いに行くことにした。


 あたしが着ている服は、戦争奴隷から解放された時に貰ったもので、一応女性用ではあるものの下はモンペみたいなズボンだし、見てくれも良くない。

 特にファルジーニの街を行き交う女性達に比べると、なんというかダサいのだ。


 宿で朝食を済ませてから、ブラブラと街を散策しつつ道行く女性の服装を観察する。

 市場などで働く女性、店舗で売り子を務めている女性、買い物に歩いている女性、それぞれ微妙に違っているようだが、細かい違いまではよく分からない。


「どいた、どいた、荷車が通るよ!」


 街には多くの馬車や荷車が行き交っているが、心なしか車輪の音が小さいような気がする。

 あたしの思い込みかもしれないけど、地方の街では荷車が近くを通るとギシギシと軋むような音が聞こえていたが、ファルジーニの荷車や馬車は静かだ。


 そうかと思うと、時折ギシギシ言いながら走っていく荷車もいるから、全部が全部ではないのだろう。

 街を歩きながら、数軒服屋を冷やかして、比較的仕立てが良さそうに見えた店で服を買った。


 店の人に話を聞くと、若い人は比較的暗い色、年配の人と子供は明るい色を着るのが一般的らしい。

 あたしも、暗めのグリーンを基調として、色とりどりのストライプの入ったスカートと新品の白いシャツ、濃いブラウンのベストを買った。


 これだけでは寒いので、毛織物のストールも購入。

 これに着替えれば、あたしも少しは見られるようになるだろう。


 ついでに服屋で紹介してもらった靴屋に寄って、ベストと同色の革靴を買った。

 途中の屋台で昼食を済ませ、王都見物も兼ねて霧風の屋敷があるという貴族街まで行ってみた。


「おぉ、東京でいったら田園調布みたいな感じ? でっかい屋敷ばっかりじゃん」


 宿のある倉庫街の近くでは、小さな家がひしめき合うように建てられているが、貴族街は広々とした庭のある屋敷ばかりのようだ。

 日本で生まれ育ったあたしにとって身分制度はピンと来ないが、フルメリンタには厳然とした階級が存在しているのだと実感させられる。


「もうちょい良い服を買っておけば良かったかな? まぁ、買っちゃったからいいか……」


 霧風の屋敷も見ておこうかと思ったが、今の格好のままで鉢合わせにでもなったら、服を買った意味が無くなってしまうから止めておいた。

 また明日、綺麗に着替えてから出向こう。


 貴族街を離れて、商店の建ち並ぶ通りにもどり、櫛と髪油を買った。

 頭は洗っているけど、手櫛で整えるだけでボサボサだ。


 髪を束ねるための紐も買った。

 今日買ったスカートと同じ、ダークグリーンを基調として色んな糸が編み込まれている。


「ふふっ、何やってんだか……デートに行く訳でもないのに……」


 戦争奴隷となって以来……いや、こちらの世界に来て以来、殆ど身だしなみに気を使ってこなかった。

 そんな余裕は無かったのだ。


「でも、ちょっと楽しいな」


 日本にいた頃は、人並にファッション誌に目を通したり、ネットで流行りのスタイルの研究もしていた。

 こちらの世界は、殆どの人が民族衣装を身に着けているから、日本のような奇抜なファッションとかは受け入れられないだろう。


 ただ、良く見るとイヤリングやネックレス、ブレスレットなどの装飾品でオシャレを楽しんでいるようだ。


「アクセサリーか……まぁ、今日はいいかな」


 まだ、どこで何をして生きていくとか将来の事は決まっていないから、無駄使いは控えておこう。

 宿に戻ってお湯浴びをして風の魔法で髪を乾かした後、櫛で梳かして、髪油で髪をまとめた後、ポニーテールに束ねて紐で縛ってみた。


 サイズは合わせて買ったから大丈夫だが、着た自分の姿が見られない。

 宿の部屋には鏡が無いのだ。


 そういえば、最後に鏡を見たのは何時だったろうか。

 こちらの世界では、日本のように簡単に鏡は買えないようだ。


 仕方がないから仕事から戻ってきたダウードに見てもらった。


「どう? 変じゃないかな?」

「……タエ、さん?」

「なぁに、そんなに変なの?」

「いや、いや、全然……全然変じゃないです」

「そっか、じゃあ安心して霧風に会いに行ける……どうしたの?」

「いえ、別に……」


 折角まともな服を整えられたというのに、なんだかダウードは不機嫌そうだ。

 仕方ない、夕食でも御馳走してやるか。


 昨日とは違う店を教えてもらって、そこで御馳走してあげると言ったのだが、ダウードは頑として割り勘を譲らなかった。

 意外と頑固なんだよなぁ。


 翌日、身支度を整えて貴族街へと向かった。

 あんまり早い時間に行っても迷惑だろうし、かといって治療をしている時に訪ねられても迷惑だろう。


 ダウードに聞いた、ファルジーニで一般的な店が始まる少し前の時間になるように調整した。

 霧風が所有しているという屋敷は、周囲の屋敷に比べれば小さめだが、東京だったら邸宅と呼ぶのが相応しい佇まいだった。


 馬車が通れるような大きな門が開かれていたので、そのまま敷地に入ろうとしたら、女子プロレスラーみたいな中年の女性が行く手を遮るように立ち塞がった。


「おはようございます。こちらは霧風様のお屋敷で間違いないですか?」

「そうですが、何の御用でしょう?」

「あたしは富井多恵……こちらの言い方だと多恵富井というのですが、霧風に会いたいんですが……」


 敬語なんて暫く使っていなかったし、こっちの言葉だから言い回しが怪しくなっている。

 中年の女性は硬い表情を崩さず黙ったままで、あたしを頭の天辺から足の爪先まで二往復ほど確認していた。


「ユート様に会ってどうするつもり?」

「えっと……一言礼が言いたくて」

「危害を加える気は?」

「無い無い、全然無いよ。ホント感謝してるんだって」


 なんだか面倒になってきて、早々に敬語は放棄させてもらった。

 友好的だと示すためにニカっと笑い掛けてみたけど、最後まで中年の女性は警戒を解いてくれなかった。


 なんとなくだけど、この人はマフちゃんの仲間のような気がする。

 あたしが戦争奴隷落ちしたことを恨みに思って、霧風に危害を加えるとでも思われているみたいだけど、そんなつもりなら、わざわざ服装を整えたりしないっつーの。


 先に立って歩き始めた中年の女性は、屋敷の中へと案内するかと思いきや、庭を回って建物の裏手へ向かった。

 なんで、こちらに案内されるのか、今度はあたしが警戒していると、何やら物がぶつかり合う音が聞こえてきた。


 屋敷の裏庭では、防具を付けた二人の人物が木剣を構えていた。

 一人は体のラインから見て女性のようで、こちらに背中を向けているのが霧風なのだろう。


 五メートルほどの距離を取って対峙していたかと思うと、霧風の方から踏み込んでいった。

 左からの横薙ぎを相手の女性は撥ね上げるように打ち払い、流れるような動作で霧風の胴を打ち払った。


「ぐぅ……」


 ユーレフェルトにいた頃に、あたしも散々やらされたけど、革の防具を付けていても息が詰まる。

 てっきり霧風は蹲るものだと思っていたが、素早く距離をとって木剣を構え直した。


 相手の女性はかなりの使い手に見えるし、背中しか見えていないが霧風も真剣そのものだ。

 フルメリンタに招聘されて、貴族の身分や屋敷まで与えられたはずなのに、霧風はなんで剣の訓練などをしているのだろうか。


 霧風が剣を構え直したところで、こちらに気付いた女性が手を挙げて構えを解いた。


「ユート、お客さんみたい」

「えっ……」


 くるっと振り返った霧風は、怪訝そうな表情を浮かべた直後に目を見開いて剣を手放した。


「富井さん……?」

「よっ、元気そうじゃん」

「良かった……生きててくれた……」


 霧風は右手で目元を覆うと、俯いて肩を震わせ始めた。

 剣の稽古の相手をしていた、あたし達よりも少し年上に見える女性が、霧風に歩み寄ってそっと肩を抱いた。


 それだけの仕草でも、二人が男女の関係だと察してしまった。

 別に何かを期待していた訳ではないのだが、ちょっと振られたような気分がした。


 女性に肩を抱かれながら暫く肩を震わせていた霧風は、ふーっと大きく息を吐くと目元を拭って顔を上げた。


「わざわざ訪ねて来てくれたの?」

「うん、あたしが助かったのは霧風のおかげだから、一言礼を言いたくて……あんがとね」

「あんまり役に立たなかったけどね」

「そんな事ないよ、三森や新川が助かったのだって、霧風が火薬の話を持ち出したからでしょ?」

「えっ、もしかして二人に会ったの?」

「うん、こっちに来る途中に偶然ね」

「どうしてた? まともな生活してた?」

「思ったよりも元気そうだったよ」

「そうか……」


 前のめりに話を進めようとする霧風に、パートナーらしき女性が囁いた。


「ユート、中で話をしたら?」

「あっ、そうだね。富井さん、時間は大丈夫?」

「あたしは特に用事は無いから平気だけど、霧風は治療があるんじゃないの?」

「いや、今日は治療は休みだから、寄って行って。聞きたいこと……あー、話せる範囲で構わないから聞かせてもらえるかな?」

「いいよ。色々あったから話せることだけは話すし、こっちも聞きたいことあるしね」


 霧風に案内されて屋敷の中へと入ったのだが……うん、これ豪邸だよね。

 あたしが想像していた以上に金回りが良さそうだし、寄生するつもりはないけど、牛丼屋を開く時には出資してもらおうかな。

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