第114話 王都の評判

※今回は富井多恵目線の話です。


 結局、護衛らしい働きを一度もしないまま王都まで辿り着いてしまった。

 西の街道から王都を望むと、大きな橋の向こうに石積みの堤防があり、その向こう側に多くの建物が並んでいる。


 街並みの左手奥に小高い山があり、西日に照らされた斜面に城が建っているのが見えた。

 どこの世界の国でも、権力者というものは高いところから庶民を見下ろしたいようだ。


「あれっ、検問とか無いの?」

「えぇ、ファルジーニの街に入る橋には検問はありません。勿論、有事の際には門が閉じられて橋も引き上げられますが、普段は夜間でも出入りは自由なんですよ」

「へぇ……なにか理由があるの?」

「ファルジーニは川に囲まれているので、街に入るには橋を渡らなければなりません。そこで検問をしていると、人も物も止められて長い行列ができてしまいます」

「つまり、混雑防止のために検問を無くしたんだね」

「その通りです。私たち運び屋も助かっていますよ」


 ダウードのように街から街へと荷物を運ぶ者にとって、検問の有る無しは商売に大きな影響を及ぼす。

 領地によっては検問が厳しい場所もあるそうだが、早く通れるように役人からわいろを要求されたり、無実の罪を着せられて釈放する代わりに金品を要求されたりするらしい。


「そうした土地には運び屋も行きたがらず物流が滞るので、年々寂れる一方ですね」

「ここは、どうなの?」

「ファルジーニは、来る度に新しい建物が増えてますし、賑やかになる一方ですよ」


 街に向かって川を渡る橋は広く、馬車が余裕を持ってすれ違えるし、歩行者が歩く余裕がある。

 川を渡りきる最後の部分が跳ね橋になっていて、有事の際にはここが引き上げられるそうだ。


 通りのあちこちには街灯が灯されていて、油を使ったランプではなく明かりの魔道具らしい。

 地方の街では、まだランプの方が主流だったが、ここでは魔道具の方が多く使われているように見える。


「そうなんです。ここ数年で急速に普及した感じですね」

「それだけ、経済的にも潤ってるんだろうね」


 そうした先入観をもって眺めているからか、街には活気があり、道行く人達の表情も明るく見えた。

 ダウードは迷う素振りも見せずに倉庫街へと入り、王都にいくつかある運び屋の元締めの一軒へ馬車を寄せた。


「荷物と馬の受け渡しをしちゃいますから、タエさんはここで少し待っていて下さい」

「りょーかい」


 ダウードは、待合室のような場所にあたしを残して、手続きに向かった。

 護衛として雇われて乗せて来てもらったが、運び屋の手続きなどは全く分からない。


 馬車に乗っている最中も、ちょいちょい居睡りしていたから、途中の道筋も良く覚えていない。

 カーナビも無いのに道を間違えることもなく、煩雑な手続きも全て自分でこなすダウードに比べると、自分の無能っぷりに情けなくなってくる。


「まぁ、これから色々覚えていけばいいか」


 壁際に並べられたベンチの空いているところに腰を下ろすと、近くに座っていたオッサンが話し掛けてきた。


「夫婦で運び屋かい?」

「えっ、違う違う、あたしはダウードに雇われてただけだよ」

「雇う? 夜の相手をさせるためか?」

「あー……そっちも出来なくはないけど、今回は護衛だよ」

「護衛? あぁ、あっちの兄ちゃんが護衛なのか」

「違う違う、あたしが護衛として雇われてるの」

「はぁ? 姉ちゃんが護衛だと? 馬鹿言うんじゃねぇよ」

「なら、試してみるかい。あたし一人で鋼熊三頭を倒したから雇ってもらえたんだけど……どうする?」


 右手の人差し指をクルクルと回して旋風を作ると、オッサンはぎょっとして侮るような笑みを消した。


「魔法使いか……それなら納得だが、女の魔法使いとか珍しいな」

「そうなの? 男も女も魔力の量には差が無いんじゃないの?」

「だとしても、荒事となれば腕っぷしが物を言う、そうなりゃ女は不利だろう」

「それもそっか」

「姉ちゃんも気を付けないと、山賊に捕まったりしたら悲惨だぞ」

「まぁ、その辺りは上手くやるよ」


 山賊の相手が悲惨なのは目撃したから知ってるけど、それと同等かそれ以下の状況を味わって来たから、今更だと思ってしまう。


「そうだ、おっちゃん、痣を消せる人って知ってる?」

「おぉ、守銭奴のキリカゼ卿のことか?」

「守銭奴?」

「あぁ、治療は本物らしいが、治療費がバカ高いそうだ」

「へぇ、いくらぐらいするの?」

「一日で四、五万取られるらしい、しかも一日じゃ終わらないって話だぜ」


 そう言われても、どれほど高いのかピンとこない。


「あたし、王都に来たのは初めてなんだけど、普通に働いて一日いくらぐらい稼げるの」

「日雇いの簡単な仕事じゃ、せいぜい六百程度だな」

「ほうほう……って、七十倍から八十倍?」

「そうさ、ぼったくりもいいとこだろう。そんな治療費を払えるのは、貴族様か大金持ちだけだ」


 一般の仕事を日給六千円と考えると、霧風の日給は四、五十万円になる。

 一ヶ月に二十日仕事をするとしても、月給八百万円から一千万円、年収一億円コースだ。


 確かに凄い金額だとは思うけど、霧風にしか出来ない特殊技能で、貴族や金持ち相手ならば、その程度の収入は仕方ない気がする。

 日本だって、有名なスポーツ選手ならば年収億超えは珍しくない。


 ただし、一般庶民から見れば稼ぎ過ぎなのだろう。

 痣は熱病から回復した後に残るそうで、貴族だろうと金持ちだろうと平民だろうと同じように悩み苦しんでいる。


 それなのに、貧乏人には手を差し伸べないのにはけしからんという思いがあるのだろう。

 だが、話の感じからすると痣を消せるのは霧風だけで、しかも時間が掛かるみたいだ。


 となれば、治療できる人数には限界があり、必然的に貴族や金持ちがターゲットになるのは仕方のない話だろう。

 オッサンと話をして時間を潰していると、手続きを終えたダウードが戻って来た。


「お待たせしました、タエさん。じゃあ、行きましょうか」

「あいよ」


 ダウードお薦めの宿は、倉庫街の一角にあった。


「ここは部屋も綺麗ですし、お湯浴びも出来るんですよ」

「お湯浴び?」

「魔道具でお湯が出せるんです。普通の宿だと水浴びかお湯で体を拭くぐらいですけど、やっぱり王都は進んでますよ」

「へぇ……」


 残念ながら湯船は無いそうだが、冷え込む時期にお湯を浴びられるのは有難い。

 運び屋が定宿にするらしく、部屋はベッドと小さなテーブルがあるだけの簡素な作りだが、ダウードが言う通り掃除はされているようだ。


 部屋に荷物を置いた後で、ダウードに食事に誘われた。

 宿の食事も不味くはないが、近くに串焼きの美味い店があるらしい。


 王都の飲食店事情を知りたいから、二つ返事でオッケーした。

 連れて行かれた店は、日本でいうところの居酒屋みたいな感じの店だった。


 倉庫と倉庫に挟まれた土地を利用しているらしく、間口は狭いけど奥行きがやたらと広い。

 客層は、倉庫で荷運びをするおっさん達がメインのようで、あたしが店に入るとギラついた視線が向けられたように感じたのは、自意識過剰だからではなさそうだ。


 注文はダウードに全部お任せで、飲み物もエールにした。

 日本にいた頃には未成年だからお酒を飲んだことは無かったが、戦争奴隷の頃に嫌といううほど飲まされた。


 別に酔わされなくても抵抗なんかしないのに、あたしの体に群がっていた男共は体や意識の自由を奪いたがって酒を飲ませていたようだ。

 おかげで酒にも強くなったし、酔ったふりをするのも上手くなった。


 串焼きは焼き鳥みたいな感じではなく、バーベキューサイズで肉の塊が五つ刺してあった。

 普通の肉の他に内臓と思われる物も混じっていて、とろみの付いたソースが掛かっている。


「では、無事に王都に到着したことを祝して」

「乾杯」


 エールは良く冷えていて、奴隷時代に飲まされた物よりも雑味が少なくスッキリとした味わいだった。


「んっ、地方のとは全然違うね」

「でしょう、王都は酒も洗練されてるんですよ」


 別にダウードの手柄ではないが嬉しそうに笑ってジョッキを傾けている。

 あたしももう一口エールを飲んでから、串焼きにかぶりつく。


 最初の肉は、レバーのようだ。

 少しクセのある味わいだが、辛みの効いた濃い目のソースとよく合っていて美味しい。


 レバーをじっくりと味わって、そこへエールをごくり……。


「あーっ、美味いね」

「でしょう」


 だから、ダウードの手柄じゃないよ。

 ひとしきり串焼きとエールを味わったところで、ダウードが話を切り出した。


「タエさんが探している人は、ユート・キリカゼって人ですか?」

「そうそう、キリカゼだよ」

「どうやら痣を消せるというのは本当のようですが……評判はバラバラですね

「金持ちには評判良くて、庶民から嫌われてる?」

「知ってたんですか?」

「いや、さっき元締めの所で待ってる間に聞いたの」

「そうですか、大雑把に言うとその通りなんですけど、景気良く買い物をしてくれるらしくて、贔屓にしてもらっている店などでは評判良いらしいです」

「ただの金持ちの嫌な奴って訳じゃないんだ」

「みたいですね」


 ダウードの仕入れてきた話も、待合室にいたおっさんの話と同じような感じだったが、霧風の家の場所を調べてきてくれていた。


「ここは貴族の屋敷が集まっている地区で、庶民では屋敷を構えられないはずです」

「それじゃあ霧風はフルメリンタの貴族ってこと?」

「もしくは、それに類する者ということでしょう。蒼闇の呪いの痣を消せる技術があるならば、その待遇も不思議ではないですし……その人、ワイバーン殺しの英雄とも呼ばれているらしいですよ」

「冗談でしょ、あんな化け物殺せないよ」

「えっ、タエさん、ウィバーンを見たことがあるんですか?」

「あたしの仲間が一人食われたのを見ちゃった……」


 まだ戦争奴隷になる前、中州のフルメリンタ側の領地を占領して、あたしも人を殺した負い目に浸っていた時だった。

 突然現れた巨大な生き物は、向かっていった川本の火の魔法を物ともせずに襲い掛かり、餌として捕食した。


 魔物を殺し、人も殺してきたけれど、人が他の生き物に食い殺される場面は衝撃的で、今でも鮮明に思い出してしまう。

 あれは駄目だ、生き物としての格が違うと本能的に感じてしまった。


 その後もユーレフェルトの軍勢はワイバーンに為す術も無く翻弄され、弱体化したところをフルメリンタに攻められて敗走することになった。

 あのワイバーンを霧風が殺せたとは、正直信じられない。


「そんなにワイバーンって恐ろしいものなんですね」

「うん、鋼熊も恐ろしかったけど、あいつらは飛ばないし、あたしの魔法も通用したからね」

「タエさんの魔法もワイバーンには通用しなかったんですか?」

「分からない。でも強力な風の魔法を使う兵士もやられてたから駄目じゃないかな」

「そんな奴をどうやって倒したんですかね」

「さぁ……全然見当もつかないよ」


 実際に顔を会わせれば、日本にいた頃と対して変わっていないだろうと思っていたのだが、ファルジーニでの評判を聞いていると元クラスメイトが怪物になったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る